第20話

「私から、よろしいですか?」

書記らしき女の子が手を上げた。

「どうぞ」

会長は、僕の怒りなど意にも介していないのか、先ほど見せた動揺など無かったかのように柔らかで落ち着いた口調だ。

「あの、私は全日制の総意とは思ってほしくないです。どのような人との出会いでも、それを活かすのも殺すのも自分次第だと思ってます」

たぶん二年生なのだろう。

少し幼い顔立ちに、緊張の色が見えた。

「俺は単純に面白そうかなぁと」

男子も発言する。

「メリット、デメリットとかじゃなくて、自分達が一つの伝統を作るって感じもするし?」

「夜の校舎が使えるなら、本格的なお化け屋敷とか出来そうだよね」

「私は定時制の人と、ちょっと仲良くなりたいなって思ってて……」

「勿体無いっていうのも解る気がする。三年近くの間、毎日だよ? 同じ校舎から出て、同じ校舎に入って行くのに、会話どころか挨拶もしたことないし」

「でも、それを言ったら全日制同士だって、同じクラスでさえ話さないヤツとかいるじゃん」

「それはそうなんだけど、きっかけがあるなら何も潰す必要は無いかなって。だって、席替えだって、体育祭や文化祭、修学旅行とかも、要は交友範囲を広げるためのきっかけって側面もあるでしょう?」

一人が発言すると、次から次へと声が上がる。

概ね肯定的なもので、僕の怒りもどこかへ消し飛んでしまう。

あとは会長の考えを覆せるかどうか。

定時制から出席しているのは僕一人だし、まさか多数決で決めるわけでは無いだろうが、出来ることなら全員の賛同を得たい。

ましてや頭の切れそうな会長は、敵には回したくない。

「では、皆さんの意見をまとめましょうか」

え? このタイミングで?

流れは完全にこちら側にある。

会長としては空気を変えたいところなのでは?

「来月に行われる文化祭について、定時制と合同で行うことに賛成の方は挙手してください」

これも少し変だ。

反対を先に訊いて、会長自身が挙手して周りを引き込む方が有利なのに。

会長以外、全員が手を挙げるのを見て、会長が頷く。

「それでは、初めての合同文化祭ということで進めて行きます」

決まった……のか?

拍子抜けというか、意外というか、思わず、本当にいいんですかと問い質してしまいそうになる。

「石上さん」

「は、はい」

「申し訳ありませんが、手前共はそれぞれ生徒会役員としての仕事を抱えております。こちらから割く人員は一人に限らせていただきます」

「あ、はい。お願いします」

「担当は副会長の水瀬が当たります」

「え?」

「え?」

僕と彼女は顔を見合わせる。

「何かご不満が?」

「い、いえ」

「じゃあ水瀬、文化祭までの期間、細かな調整や進行は定時制の会長と協力して進めてください。何かありましたら逐次報告を。以上で会議を終わります」

皆が席を立ち、僕に挨拶をして生徒会室を出ていく。

部屋には、僕達三人だけが残った。

彼女と二人で喜びを分かち合いたい気もしたし、生徒会長に真意を問いたい気もした。

「石上さん」

会長が僕を呼ぶ。

「はい」

不思議な人だ。

さっきまでと口調も笑みも同じように見えるのに、とても親しみやすい雰囲気に変わる。

「普段は何時に登校されてますか?」

「え? 五時前くらいですが」

「仕事を終えて、真っ直ぐ最短で登校すれば、何時になりますか?」

意図が読めない。

緒方さんは、いつも四時には上がれと言ってくれるけれど、その言葉に甘えたとしたら……。

「四時十五分……くらいですね」

シャワーも浴びず、作業服のまま学校に駆け込めば、だが。

「では、明日から文化祭が終わるまで、四時十五分でお願いします」

「は?」

「ちょっとミヤ! 彼の都合も──」

「水瀬は打ち合わせの時間が長い方がいいのでは?」

「え? それって、つまり、文化祭まで毎日話し合いをしろってこと?」

「そのつもりですが?」

「明日から……毎日……」

赤い顔をして、彼女が僕を見る。

僕としては願ったり叶ったりというか、本当なら、交渉が決裂しても何度も話し合いをするつもりだった。

話し合いの回数だけ、彼女と会えるとすら考えていたのだけど、それは顔を合わせるだけで私的な会話が出来るわけじゃない。

「あの、もしかして、会長は最初から狙っていたんですか?」

「狙って、という言葉は適当ではありません。我が生徒会役員は面倒くさがりが多いのですが、そのくせ少しばかり正義感が強い者が揃っているので、そこをちょっとつついただけで、結果は彼らが出したものです」

それを狙ったと言うのでは……。

「教師の中には反対派もいましたから、生徒会としては全会一致で可決したかったのです」

年上で社会人である僕が、高校生の女の子にたじたじである。

「それから」

「それから?」

「お互い生徒会長でもありますし、年上の方に会長と呼ばれるのは好みません。私のことは宮ちゃんとお呼びください」

「ちょっと、ミヤ!」

彼女が睨み付けると、初めて宮永さんは笑った。

いや、何度も笑っていたし、決して作り笑いには見えなかったけれど、今の笑顔が宮永さんの本当の笑顔なのだろう。

「では水瀬、すみませんが逢瀬を楽しむのは明日からにしてください。今日はまだ仕事が残っています」

「ちょ、変な言い方しないでよ。ていうか仕事って?」

「そろそろあなたのお姉さんが迎えに来られるので、明日以降、下校は五時過ぎになることを生徒会から伝えねばなりません」

……つくづく凄い人だ。

最初から最後まで、この人の筋書き通りに事が運んでいる気がする。

「最後に、本日は数々の非礼、申し訳ありませんでした。お詫びいたします」

少し、痛そうな顔。

僕が両親の話を切り出した時、宮永さんは一瞬ではあったけど動揺を見せた。

あれだけが、宮永さんの筋書きには無かったことなのだろう。

いや、そうじゃなくても最初から言いたくは無いことばかりだったに違いない。

だから最初から、謝ることも筋書きだったのだ。

失礼や無礼ではなく、非礼と言うところが宮永さんらしいと思えたし、こちらが恐縮してしまうくらい丁寧に頭を下げる姿も、宮永さんの人となりを窺わせた。

僕は感謝を忘れて、いや、怒りを顕わにしてしまったことの謝罪もせずに、廊下を歩いていくその後ろ姿に見入った。

「見すぎ!」

怒った彼女が思いっきり僕の足を踏んで、僕は我に返る。

何故だろう、痛いのに僕は笑ってしまった。

出会いが出会いを呼んで、世界が更に広がって、そしてまた明日、君が隣にいるからかも知れない。

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