第19話

僕は初めて働き出した時のことから、人との出会い、成長、お金を稼ぐということ、それに伴う責任感みたいなものを語った。

要領よく話せたとは思えないけれど、特に出会いと成長については多くの言葉を費やした。

考えてみれば、何も働いているからとか、そんな理由は必要ないのかも知れない。

知らない人と知り合うということは、世界が広がることに繋がる。

すぐ身近に、それこそ触れ合う近さにいて、知らん顔をして関わりを避けるのは勿体無いではないか。

僕が彼女と出会って世界が広がったように、人と出会った数のぶんだけ、その可能性は広がるのだ。

そしてその可能性は、心の成長を促してくれる。

自分と違った立場、違った境遇にある人間となら尚のこと。

昼と夜とが重なる夕暮れ時に、空が最も多彩な表情を見せるように、僕達もまた、その日々を豊かに彩ることが出来るのだと思う。

さすがに彼女との出会いについては触れなかったが、僕の話したことは大凡そのようなことだった。

「なるほど、今のお話から仕事の大切さ、そこから築き上げた人間関係、そしてあなた自身の成長がよく理解出来ました」

人当たりが良く品行方正。

恐らく、それが宮永さんに対する周りの一般的な評価だろう。

ただ座って話を聞いているだけでも、その佇まいは優等生のそれだったし、頷く仕草や随所で見せる笑みも高校生とは思えない落ち着きがある。

「ですが、先程も申しましたように、今のようなお話は親御さんから聞いてもらいたい内容ですね。高校生というのは親と疎遠になりがちですし、家族とのコミュニケーションを取る上でもそれが望ましい形です」

この人は、わざとはぐらかしているのだろうか。

僕が言っているのはそんなことじゃなくて、同じ高校に通う僕らが、知り合うきっかけさえ無く成長の可能性を失うのは勿体無いということであって──

「更に付け加えるならば、ご存知かとは思いますが、全日制は公立校としては県内でも有数の進学校です。殆どの生徒が大学に進学し、その後は事務や営業、研究開発への道へと進みます。定時制の方々と、職種が違い過ぎませんか?」

まるで、人種が違うとでも言いたげだ。

だから交わる必要は無いと。

水瀬さんはキレる寸前だし、さっきまで無関心な様子だった他の役員達も、今は何か言いたげに会長の方を見て眉を顰めている。

でも……もしかしたら、それが勝因に繋がるのではないか?

卑怯かも知れないけれど、僕は同情を誘う手段に出ることにした。

「僕には両親がいません」

初めて会長の装いに綻びが生じたように見えた。

ほんの一瞬、ちくりと針が刺さったような顔をする。

「見てきたのは親の背中ではなく、祖母の背中です。それから、級友達や先生、職場の先輩、そういった方達の背中を見て育ってきました。いえ、育てられたのです」

あれ?

話しながら僕は、何故か混乱した。

同情を誘う?

何をもって?

僕は祖母に育てられて幸せだし、周りの人達にも恵まれている。

同情されることなど何一つ無いのに、じゃあ僕は、いったい何を訴えようとしているのか?

そんな迷いとは裏腹に、口をついて出る言葉は止まらない。

「あなたのさっきの発言は、そういった人達を侮辱している。取り消してください」

拳を握り締め、いつになく尖った声を出し、あろうことか、まだ高校生である女の子を睨み付けていた。

「あなたの発言が全日制の総意なら、そんな人達と交流する必要なんて無い!」

気付けば僕は、言葉に怒りを込めていた。

そうか……僕はただ、怒っていたんだ。

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