第17話

「翔太、そういやお前、今日は有給届け出してなかったか?」

「あ、はい」

工場の前の道は、交通量も少ないし、昼休みになれば意外と静かな環境だ。

「何でいるんだよ」

弁当を食べながら、緒方さんは怪訝な顔を僕に向ける。

「全日制の生徒会と話し合いがあるので、いつもより二時間くらい早く学校に行かなきゃならないんです」

「……」

「どうかしました?」

「アホか!」

「え?」

「そんなのは有給とは言わないんだよ! 半日有給にしとくから今から帰れ」

「でも、車検の依頼が多いですし」

「……その話し合いってやつに、あの子も来るのか?」

最近、彼女が工場に顔を出さないことに緒方さんも気付いている。

「緒方さん」

「何だ?」

「僕、定時制の生徒会長なんですよ」

「へ? ……凄いじゃないか!」

「いえ、全然凄くないです」

僕は苦笑しながら答える。

「ただ、無遅刻無欠席の子が僕くらいしかいないし、それだって職場のお陰なんです」

「……翔太、お前、それ本気で言ってんのか?」

「……? はい」

緒方さんが頭を掻き毟る。

何故かイライラさせてしまったみたいで困惑する。

「あのなあ翔太」

「何ですか?」

「お前はここの職場でだって、働き出してから四年半、無遅刻無欠勤なんだよ」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ。だから無遅刻無欠席なのは、お前という人間の生き方が出した結果だ」

「まあ、祖母のお陰か両親のお陰か健康ですし、それくらいしか取り柄もありませんし」

「アホ! 立派な取り柄だよ! 健康一番! 真面目にコツコツ誠実に、それが出来ないヤツがどれだけいると思ってるんだ」

「そんなものでしょうか」

「後はアレだよ、真面目にコツコツ女を落とす努力をすりゃあいいんだ」

「例えばどんな?」

「さっさと帰って風呂入って、服と髪をバッチリ決めるとかさ」

「緒方さんはどうして……」

奥さんがいないんですか、と自然に訊きかけて、慌てて口を閉じる。

「うっせーよ!」

「な、何も言ってませんが?」

「言いたいことは判んだよ!」

「す、すみません」

「つーわけで、さっさと帰れ!」

弁当を食べ終わるや否や、僕は工場を追い出されてしまった。


今日、全日制の授業が終わった後に、全日制の生徒会の話し合いが行われる。

定例会議のようで、そこに無理やり僕が参加させてもらう形だ。

定時制には生徒会長はいても、副会長とか書記とか、他の役員はいない。

先生と生徒の橋渡し役として生徒会長がいるだけで、それだって形式上みたいなものだ。

だから僕は一人で全日制の役員会に参加することになる。

ただ、こういう機会も結局は先生が用意してくれたものだ。

全日制の生徒会と交渉するといったところで、いきなり僕が乗り込むわけにはいかないし、お膳立てが無ければどうにもならない。

仕事先でも学校でも、色んなところで色んな人に迷惑をかけることになる。

でも、それは仕方ないと割り切った。

彼女に関することなら僕は、我儘にも図々しくもなろうと決めたのだ。


生徒会室の存在は知っていたが、使ったことは無い。

やや緊張しながらその扉をノックすると、「どうぞ」と言う意外と柔らかい声が返ってきた。

扉を開ける。

あまり広くもない部屋に六、七人の生徒が座っていた。

正面にいるのは恐らく生徒会長で、彼女が「わからず屋」と称していたから、堅物そうな男子のイメージを抱いていたが、それとは逆の、穏やかな雰囲気を纏った女子生徒だった。

「どうぞ、お掛け下さい」

見た目通り、穏やかな口調だ。

僕がこの会議に参加することを知っていたのは生徒会長であるその女子生徒だけだったらしく、他の生徒は訝しげな顔を僕に向ける。

そして彼女は──

僕は、必ず会いに行くと言った。

待っててとも言った。

彼女は、待ってると言ってくれた。

沢山の人に恩返しして、文化祭を成功させて、定時制と全日制の交流が進んで……それらは僕の望みではあるけれど、僕の目的はそうじゃない。

僕は彼女に、会いに来たんだ。

彼女が目を見開く。

驚きの声を上げそうになって、口許を手で覆う。

立ち上がりかけて、慌てて腰を下ろす。

彼女は、泣き笑いみたいな表情を浮かべて、俯いて、そして、いつもの強い眼差しに戻ると、その唇を小さく動かした。

──すき。

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