第16話
今日は十月二十日、文化祭は十一月半ばで既に準備期間に入っている。
動機が不純だから、合同で行うための明快な理念みたいなものも持ち合わせていない。
「石上、いくらなんでも今からでは」
「出し物を共同でやるのは無理だと判ってます。でも、全日制の文化祭終了間際に、定時制の出店やイベントを被らせることは可能です」
定時制の出し物のメインは屋台だ。
本職の卒業生も手伝いに来てくれる本格的なもので、数はともかくクオリティは祭の夜店に遜色ないレベルになる。
他は、クラス毎の展示物と軽音部のライブがあるくらいで、合同というには物足りない。
けれど、それくらいでいい。
全日制の生徒が、ついで程度に立ち寄るくらいの方が細かな調整の必要も無いし、彼らの文化祭を邪魔することも無い。
言わば、全日制にとっては後夜祭のようなもの。
グラウンドに火を焚いて、ダンスの催しくらいはしてもいいかも知れない。
「日程はどうするんだ?」
全日制の文化祭は十一月第二週の金、土の二日間。
定時制は第三週の金曜、その一日だけ。
動かすとすれば定時制の方だが、事は簡単ではない。
沢山の卒業生が協力してくれるということは、社会人の準備と日程を変更してもらわなければならないということだ。
「定時制の日程を全日制の二日目に被せて、OBの方々には頭を下げに行きます」
「……本当に、やる気なんだな?」
「はい」
「判った。全日制の先生には俺から話を通しておく」
「お願いします」
「卒業生のほうも、まあ俺に任せておけ」
「でも、それは」
「お前は全日制の生徒会と話を詰めろ」
「……」
「あと、安川にも協力してもらえ。アイツは学年問わずみんなに慕われているし、卒業生にも顔が利く」
「ありがとうございます」
頭を下げた。
下げたまま、思った。
彼女と会いたいためだけに、多くの人の手を煩わせていいのだろうか?
彼女を喜ばせたいためだけに、多くの人に迷惑をかけていいのだろうか?
「楽しみだな」
先生が言った。
「え?」
僕は顔を上げる。
「いつか、定時制と全日制が、交流できるときが来ればいいと思ってたんだ」
僕自身は、大義名分としてそれは考えてはいたけれど。
「本当は教師がそれをしなきゃならないんだろうけど、生徒から言い出してくれるなんて俺は嬉しいよ」
動機は不純でも、付いてくる結果のために頑張れば、それは許されるだろうか。
「石上」
「はい」
「お前、知ってるか?」
「何をですか?」
「安川が髪型を変えた理由」
以前は、元ヤクザと言われるだけあって、パンチパーマを今風にアレンジしたような髪型だった。
最近は、顔はやっぱり怖いけどおとなしい髪型になっている。
「あれは、美紗ちゃんの美容院に行ったからって聞きましたけど」
「アイツの仕事の応援もあるけど、あの髪型にした理由だよ」
照れ臭そうに笑っていた安川さんの顔が思い浮かぶ。
「定時制のイメージを良くしなきゃな、だってさ」
「え?」
「南野と神前達が早く登校してるのは知ってるか?」
前に彼女が机に書いた問い掛け。
その答に、僕が挙げた可愛いと思う二人の子だ。
「いえ?」
「挨拶してるんだ」
「は?」
「全日制の女の子を迎えに来るお姉さんに、いい印象を与えるためらしい」
「え? いや、なんで……?」
「その日仕事が休みの子も加わって、毎日三、四人が早めに登校して、おはようございます、お疲れ様です、こんにちは、って、てんでバラバラの挨拶をしてるんだ」
……定時制の人達にお礼を言っておいて。
彼女が電話で言っていたのは、このことだろうか。
「最初は訝しげな顔をしていたお姉さんも、最近は挨拶を返してくれてるみたいだぞ」
あの子達は、どうしてそこまで……。
「お前の、校門でのやり取りを聞いていた子がいて、どうにか出来ないかとクラスメートに相談した」
あの日の、彼女のお姉さんと僕との会話。
「悔しいじゃないか」
「え?」
「定時制だから、全日制だからって区別されて、会うこともままならないなんて」
「でもそれは、僕が何とかしなきゃならないことで──」
「みんな、悔しかったんだ」
「……みんな、が?」
先生が僕の肩を叩いた。
「みんな、お前と一緒なんだ。頑張れ。それから、働きながら学んでいることを誇れ」
僕は二十歳だ。
たった二十年なのか、二十年も、なのか判らないけれど、それなりに辛いことや悲しいことは経験してきた。
でも、僕は二十年生きてきて初めて覚える感情に戸惑う。
嬉しいのか喜びなのか、有難いのか申し訳ないのか判らない色んな感情が綯い混ぜになって、何故か判らないまま僕は泣いた。
二十歳の僕は、子供みたいに泣きじゃくった。
※多忙につき更新ペースを落とします。すみません。
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