第6話

『クラスに可愛いと思う女子が何人いるか正直に答えなさい』。

その日の机の上の書き込みは、いつもとは少し違っていた。

どういう思惑があるのか判らないけれど、僕は正直に『二人』と書いた。

僕の前の席の子、その隣に座る子。

客観的に見れば、その二人になるだろうけど、教室を見渡せば、それぞれ個性があって、みんなが可愛いと言えなくもない。

あまりに節操が無いと思われるのもあれなので、だから二人というのが妥当なところ。

翌日の机の上には、『……』と書かれていた。

一つ一つの『・』がやたらと大きい。

批判なのか沈黙なのか熟考なのか。

やっぱりもどかしいな、と思う。

意図も心情も判らないし、あの、心を揺さぶる表情も見えない。

彼女にも悩みがあったり、相談する相手がいたりするのだろうか。

他愛のないやりとりの相手としての僕が、彼女のそういった存在になることを想像するのは難しかった。


そんな僕でも、時々、クラスメートの悩みを聞くことがある。

何となくそういう役回り、というか、肩書きだけは生徒会長で、三年生になったときに先生が「やってくれるか?」と聞き、それに対して「僕で良ければ」と答えたら決まってしまった。

そんな嘘みたいに簡単な経緯で宛がわれた立場に相応しく、実際に仕事らしい仕事なんて殆ど無い。

生徒数も知れているし、学校行事もささやかなものばかりだ。

これから体育祭や文化祭が控えているが、生徒の参加は自由だし、せいぜい段取りを組むくらいが生徒会長の仕事らしい。

ただ、どういうわけか、その肩書きだけの生徒会長に頼ってくる生徒もいる。

大半は職場の悩みで、学校の悩みが少ないことは喜んでいいと思うけれど、それだけ解決が難しい悩みでもある。


美容院で働くクラスの女子が泣き腫らした目をして学校に来たときも、何故か僕も関わることになった。

みんなから美紗ちゃんと呼ばれているその子は僕より一つ年下で、多くの生徒よりは一つ年上の、女子からはお姉さん的存在として慕われている子だ。

美紗ちゃんには沢山の友人がいるし、僕に頼ってきたわけでは無いけれど、生徒会長としてクラスメートの悩みには付き合うべき、という流れがあって、担任の教師と、クラスのリーダー的存在である最年長者と僕とで悩みを聞いた。

美紗ちゃんはそこで働き出して一年ほどで、技術的にはまだまだで、でも、腕のいい新人が入ってきてクビになりそうだと言う。

そこには技術的な問題だけでなく、お客さんが増える夕方に美紗ちゃんが退勤せねばならないことが影響しているようだ。

まあ美容院だって商売だし、美紗ちゃんを育てつつ高校卒業を待つよりも、腕のいい新人がいるならそちらを優先したいだろう。

正直、僕達がどうこう出来る問題では無いと思える。

ただ、そういった悩みを話すことで、幾分かは美紗ちゃんの表情は明るくなったし、とにかく勤め先よりも高校を優先するよう先生は力説した。

勤め先は他にもあるし、高校を卒業すれば更に選択肢は広がる。

それに何より、この担任の先生がいる。

今まで何度も、生徒の勤め先に頭を下げに行ったり、新しい就職先を探してくれたりした先生で、頭の上がらない卒業生も多いらしい。

実際、先生に会いに来る卒業生は何度も見掛けた。

つまりまあ、やっぱり僕に出来ることなど無いのである。


後日、僕は生まれて初めて美容院なるものに足を踏み入れた。

同じことを考える人はいるもので、僕で三人目のクラスメートの来店らしい。

美紗ちゃんに髪を任せながら、その言葉に耳を傾ける。

美紗ちゃんを慕う子達の中には、髪を切ったりセットする練習台になってくれたり、これからは定期的に店に来ると言ってくれる子もいるそうだ。

美紗ちゃんがクラスメートの名前を口にする度、その声は慈しむように響いた。

美紗ちゃんの声は、力強くて、優しくて、耳に心地よかった。


『美容院に行った』と机に書くと、彼女からは『イメージと違う!』『どういう風の吹き回し!?』『さては女絡みか!』という三つの返事が返ってきた。

美紗ちゃんは僕のイメージを残しつつ、ちょっとお洒落な感じに仕上げてくれたので、彼女が見たとしてもそんなに違和感は無いと思う。

腕の良し悪しは判らないものの、美紗ちゃんはお客さんを見て、その人となりを活かすセンスはあるのだろう。

いつか彼女の髪を美紗ちゃんの手で仕上げてほしいなぁ、なんて考えるけれど、より綺麗になった彼女を思い描くと何故かまた胸が痛くなって、僕は少し途方に暮れてしまうのだ。

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