第2話

次にその子を見掛けたのは、それから十日ほど経った日のことだった。

部活帰りの全日制の生徒が下校する中を、流れに逆らうように登校していた僕は、校門前で立ち話するグループの中に彼女の姿を見つけた。

男子が二人に女子が三人。

とても楽しそうで、いかにも高校生の放課後を謳歌している姿に見えた。

一瞬、目が合って、彼女が胸の辺りで手をひらひらさせる。

彼女の友達が怪訝な表情を僕に向ける中で、彼女は一人、笑っていた。

僕にはそれがひどく眩しく見えて、顔を背けるようにして昇降口に向かった。

「ちょっと!」

昇降口には、定時制の生徒の姿もちらほら見えた。

「ちょっと待ちなさいよ!」

追いかけてくる声が、僕に対するものとは思わずにいると、腕を掴まれ強引に振り向かされた。

正面に、はっとするほど綺麗な彼女の顔があって、僕は息を呑む。

強気な瞳は、どこまでも真っ直ぐに僕を見ていた。

「どうして無視するのよ!」

さっき見た笑顔が嘘みたいに彼女は怒っていた。

「無視っていうか、定時制の生徒と関わってると、君が変に思われるかなって」

実際、全日制の生徒と定時制の生徒が関わることなんてまず無い。

同じ学校でありながら、お互いの存在なんて無いかのように振る舞っている。

いや、同じ学校どころか教室だって共用なのに、言葉を交わすなんてことは皆無だ。

昼と夜とは、厳然と分けられている。

それなりに学業レベルの高い全日制の生徒と、落ちこぼれやヤンキー、家庭の事情を抱えた定時制の生徒とは隔絶している。

僕らには引け目や反発みたいなものがあり、彼らには侮蔑や恐怖みたいなものがある。

でも──

「はあ? 私が誰と関わろうと私の勝手でしょう!」

そんな空気や僕の思惑などお構い無しに、彼女は憤っている。

怒っていても眩しいんだな。

そんな馬鹿なことを僕は思う。

「今度、無視したら承知しないわ」

射るような視線と、凛とした声。

思えば、彼女の「承知しない」という言葉を聞いたのは、この時が初めてだった。

ずっと後になって、それが彼女の口癖みたいなものだと知ることになるのだけど、僕はそれまで、こんなにも真っ直ぐに訴えかけてくる人を知らなかったし、ただただ圧倒されて頷くことしか出来なかった。

「えっと」

憤りは収まったのだろうか。

彼女は、その長い睫毛を伏せた。

「その、生意気なこと言ってごめんなさい。それから、お疲れ様」

それは、魔法の言葉みたいに、仕事で疲れた僕の身体を癒してくれた。

定時制の生徒の大半は、昼間は働いて、仕事を終えてから学校に来る。

それも、早退させてもらわないと学校に間に合わない職場が多いから、仕事先では肩身の狭い思いをする子も多い。

そうでなくても、正直、眠くて怠い。

何で学校に通うのだろう、サボろうか、と毎日のように思う。

「それから」

彼女は視線を上げた。

まだ何かあるのだろうか。

その唇を見つめると、次の言葉を躊躇うように口をもごもごさせた。

まともに会話するのはまだ二度目だけど、そんな姿は彼女にとって珍しいことのように思えた。

「それから……あの、授業、頑張ってね」

彼女はそう言うと、背中を向けて友達のところへ走り出した。

弾む背中と揺れる黒髪。

彼女を待つ友達の訝しむ視線など気にもならないくらい、僕にはその後ろ姿ばかりが目に入った。

この時から僕は、彼女の姿が目に焼き付いて離れなくなった。

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