甲子園コミュニケーション行進曲 〜言語バラバラのカオスな円陣〜
こまつなおと
甲子園コミュニケーション行進曲
「ハアハア、……ハア!!」
炎天下の中、俺は額の汗を拭ってバッターボックスに立つ男を睨みつける。今は夏の甲子園の決勝の舞台、俺はエースピッチャーとしてマウンドに上がっていた。1−0と1点差を死守しつつ9回の裏ツーアウトの場面で対戦校の主軸バッターの打席を迎えていた。
残りアウト一つで我が野球部は春夏を通じての甲子園制覇に王手をかけているのだ。
相手バッターは名門・詭弁和歌山(きべんわかやま)が誇る四番打者で今年のプロ野球ドラフトの目玉とも目された男、『ビッグフライ小谷山(おたにさん)』だ。強打者特有のオーラを纏って小谷山は俺を睨み返しながら打席の中で構えをとっている。
俺は女房役のキャッチャーの出したサインにコクリと小さく首を振って投球の構えをとった。
『ストライーク!!』
俺の165キロの豪速球がインコース低めに準備されたミットに収まって主審がストライクを宣言する。どうやら小谷山は初球は様子見と決めていたらしい。そのあまりにも余裕が伺える打者にキャッチャーは作戦変更のために審判にタイムを申請して俺のいるマウンドに駆け寄ってくる。
またこれなの? 俺はキャッチャーの行為にげんなりとした態度で大きくため息を吐いた。だがそれは仕方が無いと思う。俺のため息の原因は完全にキャッチャーにあるのだ。俺は嫌そうな表情で女房役をマウンドに迎え入れた。
「んちゃ只者やあらんやー。プロぬ認みたるいきがてーんぬくとーあん(やはり侮れんな。プロが認めた男だけの事はある)」
この男、実は沖縄出身でバリバリのうちなーぐちなのだ。だから作戦とかを言われても俺は何を言っているのか全く理解出来ないのだ。仕方がないので雰囲気だけで適当にウンウンと頷いて了解したと伝えた。
キャッチャーは納得したように俺の背中をポンと叩いて元に戻る。
「ちばるなよー」
え!? 沖縄なのに千葉ってどう言うこと? ああ、気張るなよね。流石は俺の女房役だけあって俺の緊張を汲んでくれたようだ。俺はマウンドからニコッと笑顔を向けてありがとうと伝えた。
「締まてぃいか!!」
多分『締まっていこう!!』とチーム内に檄を送ったと思われる。キャッチャーが大声で叫ぶとチーム全体から『おお!!』と声が返ってくる。俺はチームの士気に背を押されて再び投球の準備に取り掛かった。
だがまたしてもタイムがかかったようで主審が両手を上げてグラウンド全体にそれを伝えた。俺は引き締めたばかりの心を緩ませながら「ちっ」と軽く舌打ちをした。するとそんな俺に向かって二度目のタイムをかけた張本人であるショートが小走りで走り寄ってきた。
今度はコイツか、俺はキャッチャー同様に意思の疎通に難があるチームメイトを腰に手を当ててげんなりとした態度で迎えた。
「……何? 集中してたんだけど?」
「ユニフォームのお尻の部分が裂けてるなっしー!!」
コイツはコイツでふなっしー語を操る変態なのだ。ショートは千葉県出身らしく故郷のPRのために入学から三年もの間、ずっとふなっしー語で会話をしてくるのだ。
ハイテンションにマウンドの上でドンドンと飛び跳ねる。頼むからマウンドを荒らさないでくれないかな? そして大きい声でユニフォームが避けてるなんて宣言しないで欲しいんだけど!?
クスクスとアルプススタンドから笑われているのがマウンドからでも良く分かった。俺はイラッとしてショートのケツに蹴りを入れて追い返した。「ドンマイだなっしー」と俺に声をかけてショートは去っていくが全部お前のせいだろうが!!
まったく、うちのチームメイトは監督の方針で俺以外の全員が越境組だ。そのためコミュニケーションに難がある連中ばかりなのだ。俺は最初から反対して監督に猛抗議をしていたと言うのに、その監督自身も万葉仮名風の口調だから「徐々仁慣礼礼波良以(徐々に慣れれば良い)」と言われて却下されてしまったのだ。
徐々にどころか時間が経つに連れて余計に分かんなくなるんですけど!?
はあ、俺は心の中に住まう愚痴を全て吐き出して再びキャッチャーのミットに集中をし始めた。なるほど、次はインハイか。となるとその次に釣り球でボール一個分外してアウトローかな?
俺は集中力を極限まで高めてインハイにキレの乗ったストレートを、続いてキャッチャーの要求通りにスライダーでアウトローに球を放った。カウントは1−2、バッテリー有利の場面だ。
おっと、ここでキャッチャーが主審にタイムを申請している。またか、俺はうちなーぐちに辟易して大きくため息を吐く。だがどうやらそれは俺の早とちりだったようでキャッチャーは俺の後ろを指差しているのだ。
今度はお前か……、センター。
「抜汰ー仁配球乎読魔礼帝留曽(バッターに配球を読まれているぞ)」
お前はお前で夜露死苦語を使うんじゃねえ!! コイツは元々暴走族崩れで道端で喧嘩を繰り広げていたところを監督が直にスカウトしたらしい。だから入学当時から暴走族の時の癖でこんな口調で会話をするのだ。
そんな仲間に泣き崩れる俺だったが、ここに来てさらに追い討ちをかけられるのだ。センターに釣られるようにライトまでもが俺に走り寄ってくる。そして案の定、理解不能な口調で俺に注意を促すのだ。
「そうだにゃー。アイツは目が死んでにゃいにゃ」
テメエはまず人間語をマスターしてから話しかけやがれ!! ライトから猫のように四足歩行で近づいて来るんじゃねえよ!! それでもコイツらは曲がりなりにも三年間同じ釜の飯を分け合った仲間で、心の底から俺を心配してくれている。
それが俺にとっての悩みの種なのだ。これが自分勝手な連中で好き勝手プレーするようなら俺も面と向かって文句も言うが、全員良い奴過ぎて何も言えないんだよ!!
俺は「分かった、気を引き締め直そう」と言いながらセンターとライトのケツを蹴り上げて追い返した。
さてと、またしても小谷山と俺は対峙する事となった。……どうやら仲間の忠告通りだったらしい。コイツはずっと俺たちの配球を読んでいたらしく次の投球が勝負とばかりに緊張感を高めていた。プロの選手になる人間特有の濃厚な勝負強さを辺りに撒き散らしながら俺に念を押してくるのだ。
勝負から逃げるなよ、と。
俺は振りかぶりながら背中に冷や汗が滴る感覚を覚えていた。だが俺は己の決め球を信じている。そして女房役も俺の球を信じてくれているのだ。ならば俺は全力でミットに目掛けて最高の球を放るのみ!!
俺の決め球はフォークボールだあ!!
MAX169キロの高校野球最速を誇る俺のストレートと最高速度が僅かに10キロしか差がない平均155キロを誇る俺のフォークボール。打てるものなら打ってみろと俺は小谷山を睨みつけて腕を振り切った。
カキーン!!
何だと!? 俺のフォークボールが打たれた!?
いや、違った。どうやらファールだったらしい、サードがライナー性の当たりに飛びかかっていたが届かなかったようで悔しそうな表情を浮かばせていた。サードの奴は英語しか話せない奴で「Bastard!!」と言って悔しがっている。
つまり「馬鹿野郎!!」と自分自身に言っているわけだ。アイツは口は悪いがパソコンのメールアドレスに『sekainoheiwa4649japan@』を設定している徹底した平和主義者なのだ。うん、悪い奴じゃない。それは分かるけど英語のテスト万年赤点の俺からすれば最もコミュニケーションのハードルが高い奴なのだ。
はあ、なんかやる気出ないなー。俺はサードの奮闘に適当な英語で檄を送った。
「ノープロブレム」
「Oh!! Thank you so much!! But、I'm sorry I couldn't response to your hard work!!(ありがとう!! だけどあなたの頑張りに答えられなくてすいません!!)」
なんだって!? 感謝のつもりで一言送っただけなのにまさかの全力英会話で返されてしまった。しかもラッパーの如くヒップホップを踊りながら定位置に戻っていく。
ヤッベ、もしかして俺は藪蛇を突いたかな?
サードの言葉が皮切りとなって我が野球部のナインは興奮を高めていった。ファーストはフィンランド語で俺に何かを伝えようとし始めた。
「Vielä vähän, tee parhaasi!!(もう少しだ、頑張って!!)」
は? フィンランド語なんて分からねえよ!!
次の俺に檄を送ってきたセカンドは山口弁だから「あと残りワンアウトじゃ!!」と比較的分かり易かった、だが問題はレフトだ。アイツは問題外なのだ、何しろアイツの操る言語は『宇宙人語』なのだ。
どう言う経緯で宇宙人が日本の高校に入学して野球部でレギュラーを張っているのか、そしてコイツもまた小谷山同様にプロ野球のドラフト候補にまで上り詰めたかなど納得の行かない事は山のようにある。
だがそれでもレフトが俺のチームメイトであり、この試合でも主砲として貴重な先制ホームランを放ってくれたことに変わりはない。ならば俺もレフトの仕事に答えるべきと、彼の檄に僅かに視線を送って親指を立てながら「任せろ」と心の中で答えた。
「ワレワレハウチュウジンダ、コノホシヲシンリャクシニキタノダ」
何だって!? 今レフトはすごい物騒な事を口走らなかった!?
ダメだ、俺は集中力がキレかかっている。俺はブンブンと首を振ってまずは落ち着けと己に言い聞かせた。だが俺がそうやって自制心を取り戻そうとしたタイミングでベンチからまさかの指示が出されていたのだ。俺は目を疑って監督を見開くように凝視していた。
そして信じられないと言う思いから小さく言葉を呟いた。
「申告……敬遠?」
どう言う事だ!! 監督はエースピッチャーの俺にプライドを捨てろと言うのか!?
俺はふざけるなと、どう言うつもりなのかと問いただすつもりで腕を組んでベンチに座る監督に食ってかかった。慌てたキャッチャーが即座に主審にタイムを申請する。グランドの俺を除くメンバー全員が騒然となって俺と監督の間に割って入ろうとする。
俺を制止しようと必死になって声をかけてくるが、全員が別々の言語で言うからカオスだよ!! 俺はさらに気分を悪くして監督に抗議を口にした。
「監督、俺はまだ勝負出来たぞ!!」
「於前波出来天毛千引牟加加多加多太(お前は出来てもチームがガタガタだ)」
何だって!? だから監督も万葉仮名語で話すんじゃねえよ!!
「チームが崩れた時こそエースの俺が踏ん張るんだよ!!」
「己乃千引牟仁波決定的奈弱点加安留。曽礼加今末左仁浮幾彫利止奈川太乃太(このチームには決定的な弱点がある。それが今まさに浮き彫りとなったのだ)」
「ざっけんなよ!! このチームは全員が勝ちたいって気持ちを全面に押し出す、そうやって気持ちで勝ち上がってきたんだろうが!! どこに弱点があるんだよ!!」
「己三由仁介引之與尓加図礼奈以(コミュニケーションが図れない)」
それは俺がチーム結成当時に言ったよね!? それを今更言うの!?
ああ、もうやってらんない。俺は諦めました、はいはい、あれだけ進言した事を甲子園の決勝戦の最中に言っちゃうんだ? 俺はこの三年間、そのコミュニケーションに苦労して髪の毛が全て抜け落ちたと言うのに監督はそれをサラッと無かった事にするんだ?
野球部は坊主頭が当たり前みたいな文化があるからこれまでは誤魔化して来れたけど、その苦労を無かった事にすると?
もうやってらんない、と俺は抗議を続けると監督は人目を憚らず俺をぶん殴ってきた。俺はその勢いのままズザザッとマウンドに放り出された、そして監督は鬼の形相となって俺に胸グラを掴んでくる。
監督が……泣いてる?
「江引須乃於前加諦女留乃加!! 諦女太良曽己天試合終了奈无太曽!?(エースのお前が諦めるのか!! 諦めたらそこで試合終了なんだぞ!?)」
だから何を言ってる分からないんだってば。でも、それでも監督の心が俺に語りかけてくるんだ。お前がうちのエースだって、次のバッターとの勝負で挽回して優勝を掴んで来いって目が語りかけてくるんだ!!
ああ、そうかよ。分かったよ、俺はアンタにここまで信頼されていたんだな。申告敬遠の件もエースなら頭を冷やせって事ね。
俺は呆然となって快晴の空を見上げていた。そして周囲には俺を信じてくれる仲間たち、そうだ!! 俺はこのかけがえの無い仲間たちと一緒に戦って正々堂々と優勝旗を母校に持ち帰るんだ!!
おっしゃああ!! だったらまずはマウンドに戻って次のバッターを打ち取るのみ、次のバッターは小谷山と肩を並べる詭弁和歌山の主砲『マジシャン・ジロー』だ。確実性は小谷山に劣るもののそのパワーは計り知れない男だ。
だが俺はアイツを打ち取って監督を胴上げしてやるぞ!!
仲間たちと改めて円陣を組みながら全員バラバラの言語で気合を入れた。その矢先だった、主審が俺ちのベンチに駆け寄ってきて監督と何かを言い合っているのだ。どうしたのだろうと俺が首を傾げていると突如として甲子園にサイレンが鳴り響く。
え!? 試合終了のサイレンか、だけどどうして!?
俺が信じられないと言った様子で主審に話しかけると彼は申し訳なさそうな表情で俺に標準語で事の顛末を説明してくれた。それによると先ほど監督が俺を殴った行為が原因で没収試合となってしまったらしいのだ。
言われてみればそうだよね。監督が部員を公衆の面前で殴打したとなれば大問題だ、特に高校野球はそう言った事に厳格だ。それを原因にされては流石の俺も抗議すら出来ず肩を落として敗戦を受け入れた。
だが話はここで終わる事は無かったのだ。
なんとレフトの宇宙人がこの不祥事が原因でプロ野球のドラフト候補から外されてしまったのだ。それに怒り狂ったレフトによって地球は侵略される事となってプロ野球どころか甲子園すらもまともに出来ない状態に陥ったのだった。
この後、甲子園常連高だった我が母校『バイリンガル学院』は宇宙人の侵略下で弱小校と成り果てて二度と甲子園の土を踏む事は無かった。だって宇宙人主体のチームとか出来たら太刀打ち出来ないじゃん?
日本規模どころか銀河規模となった甲子園はスペースベースボールとして発展をしていくのだ。
俺も最初からチームメイトの言語を覚えようと努力すれば良かった!!
甲子園コミュニケーション行進曲 〜言語バラバラのカオスな円陣〜 こまつなおと @bbs3104bSb3838
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