死んだ僕と残された君

@kanzakiyato

死んだ僕と残された君

静まり返る水面を、ひらひらと花弁が揺らした。

ぽつり、ぽつり。

顔が波紋の広がる水面に映る。

揺らいだ水面ですら気付いてしまう程、ひどく歪んだ表情を浮かべていた。


『またいつか、君とこの景色を観られたら。』

『次の春には、きっと良くなるから。』

『だから、待っていて。』


そう言って、手と手は離れてしまった。辛いのは君の筈なのに。

余りにも優しげな顔を浮かべるものだから。

僕は、きっと幸せだった。例え、其れが永くなかったとしても。


「嘘つき。」

『ごめんね。独りにさせて。』

「またいつか、桜を見るって。」

『うん。約束したね。』

「なのに。どうして。」

『どうしたの。泣かないで。』

「どうして、先に逝ってしまったの。ねぇ!」


君が独り言を呟く。泣きじゃくる君を慰めたくて手を伸ばす。

しかし、透けゆく僕の手は呆気なく空を切った。


不甲斐なくてごめんね。

一緒に居るって言ったのにね。


━━━━━━━━━━死んでしまって、ごめんね。


去年の春、此処で君と見た桜ノ雨。病室の窓からうっすらとだけ見えた桜が、

最期だと思うと辛くて。

ガラッと開いた扉に驚いて、先に見えたモノにはさらに驚いた。


「花見行こっ!一緒にさ!」


車椅子を携え、満開の桜に負けないくらいの笑顔を咲かせた君がいたから。


電車に乗って、遠い遠い場所まで。着いた先は、人気ない山奥の神社。

苔むしたお稲荷様と、無骨な鳥居が印象的だった。

神社の縁側に座って、大きな桜を見た。

桃色に色付いた、満開の桜が綺麗だった。

けれど、キラキラと輝く君の瞳が一番綺麗だった。


「ねぇ、またここに来ようよ!」

『えー?またここに来るの?』

「そーだよ!また来よう?」

『、、、。』


僕は、すぐには答えられなかった。だって、僕はもう永くない。

最近食も細くなってきて、だんだんと匂いも感じなくなってきた。

今年を越せるか。

それが先生の答えだった。


『わかった。またここに来よう。』

「ほんとっ?」

『うん。約束。』

「うんっ!約束!」


勿論、許可すらとっていない外出だったから、主治医の先生には怒られたけど。

僕が微笑むと、先生は暗い顔をしていた。


結局僕は、君と桜を見ることができなかった。

僕は年を越えても喋れたし動けた。奇跡だった。

桜を見に行く予定を立てて、先生は渋々許可を出してくれた。

約束を果たせる。そう思っていた。


━━━━━━━━━━しかし、神様は僕にその日を与えてはくれなかった。


前日の夜、容態が急変した。息が出来なくて、上手く動けなくて。

必死にナースコールに手を伸ばしたけれど、

もう随分と病に侵されていたのだろう。体が言うことを聞くことはなかった。


次の日の朝、はしゃいだ君が既に息絶えた僕を見つけた。

目の色を変えて、ナースコールを押した。バタバタと入ってくる先生や看護師。

先生の言葉に、君が崩れ落ちた。

なんで、なんで。

その日を迎えられなかったまま、僕はこの世を去った。


僕の体を、花弁がすり抜けていく。消えかかった手足。

もう、此処には居られない。


僕の心に呼応するように、桜吹雪が僕らを襲った。

その瞬間。


━━━━━━━━━君が、僕を見た。


そして君は、涙に濡れた瞳で静かに微笑んで言う。


「ありがとう。愛してるよ。」

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