第27話 未来は出逢いで変化する
鍵を閉める音を聞いた瞬間、弦義の頭が冷静になった。そして、顔を青くする。
「……ごめん、那由他。折角故郷に来たのに、喧嘩別れみたいになった」
「構わない。というか、嬉しかった」
弦義の言葉に頭を振ると、那由他は座ったまま弦義を見た。
「こんな中途半端なホムンクルスでも、お前は必要だって言ってくれるんだな」
「中途半端でもないし、僕は完璧を求めない。それに、那由他だからだ」
「?」
「僕は誰でもない、那由他だから共にいて欲しいんだ」
珍しく、那由他の表情が緩む。その変化はさざ波程度のわずかなものではあったが、その場にいた四人にとっては珍事以外の何ものでもない。
「ふっ。お前、その言葉忘れるなよ」
「そっちこそ」
ニッと歯を見せて笑うと、弦義はリュックからハンカチを取り出した。それを、白慈に手渡す。リュックもハンカチも、この旅を始めてから購入したものだ。
「白慈、そこの川で濡らしてきてくれ。殴られたところを冷やす」
「わかった」
「おい。別に何もしなくても」
白慈の背を見送り、那由他は赤く腫れた左頬にそっと手をあてた。熱を持つものの、痛みはほとんどない。だから心配はないと言う。
しかし、弦義は譲らない。
「腫れてる。冷やして、少しでも早く治せ。和世どの、アレシスさん、足を止めてすみません」
弦義の謝罪に、二人は驚いた顔をした。そして、共に首を横に振る。
「構いません。それに、あの人の行為は私にとっても許し難いことでしたから」
「そうそう。ぼくらにとっても、那由他くんは仲間だからね」
ぼくが言うのは気が早いか、とアレシスはおどけて見せる。
そんな二人に弦義が感謝を伝えた頃、白慈が水浸しにしたハンカチと共に戻って来た。軽く絞り、ハンカチを那由他に渡す。
「ほら、これで冷やして」
「……ありがとう」
不器用に礼を言うと、那由他はそっぽを向いて素直に頬を冷やし始めた。冷たくて気持ちが良いのか、少し険が取れている。
那由他の様子に安堵した弦義は、和世たちと共に今後の進路を確認することにした。
「……お前も、あの社の巫女みたいなこと言うよな」
「巫女? 巫女って、常磐さんのことか?」
ロッサリオ王国で出会った巫女姫の名前が那由他の口から出て来たことに驚きつつ、弦義は聞き返す。すると、頷いた那由他はハンカチを頬にあてたまま空を見上げた。
「あいつは、俺が怪我をしたらおろおろしていた。丁度、さっきのお前のように」
「お前が女の子の話をするなんて、珍しいこともあるもんだな」
「……今まで関わりがなかったからな」
那由他が今まで関わりのあった女は、男も含めてほとんどが大罪人だ。殺すか殺されるかという瀬戸際にあって、そこに複雑な感情は介在しない。
だから那由他にとって、柔らかい雰囲気を持つ常磐という存在は衝撃だったのだ。その話をしていると、那由他は弦義が楽しそうな顔をしていることに気付く。
「……何だよ?」
気味が悪いと言う風に体を引く那由他に、弦義は苦笑した。
「いや。きっと、彼女は那由他を変えるきっかけなんだろうなって思ったんだ」
「俺だけじゃないだろ」
「え?」
驚いて目を丸くする弦義に、仏頂面のままの那由他が言う。
「お前にも、きっとある。その時、俺との会話を思い出すだろうな」
「今までも充分劇的な出逢いばかりなんだけど。……そうかもしれないね」
那由他の耳が赤く見えるのは、傾きつつある日が見せる幻影だろうか。そうではないと知りつつも、弦義があえて口にすることはなかった。
遠磨との出会いを経て、五人は遂にグーベルク王国との国境に差し掛かっていた。
グーベルク王国とロッサリオ王国は、大河を境界として定めている。暴れ川とも称される崩れ川は、何度も洪水によって反乱を起こして川幅も進路も変えて来たという。
隣国のグーベルク王国に行くためには、ここより上流か下流の橋を渡るか、渡し船に乗るかの選択肢がある。弦義たちは迂回せずに行くために渡し船を選択したのだが。
「すまんな、兄さん方。船が出るのは明朝だ」
「……ということで、今夜はここの宿に泊まろう」
弦義の判断を経て、五人は船宿で一泊することになった。
この先にことを考えて薬草を採取しに行くという白慈に、弦義は後学の為にとついて行くことを希望した。彼らの護衛として、那由他も同行する。
「では、お二人は留守をお願いします」
「ああ、いってらっしゃい」
「お気を付けて」
アレシスと和世は宿で留守番をすることになり、初めて二人だけになった。
「こんな風にきみと過ごすのは初めてだね、和世くん」
「ええ、そうですね」
しばらくの間、二人はそれぞれに時間を過ごした。和世は武器の手入れをし、アレシスはハープと弓を手入れし、ハープの調律をした。
「……一つ、訊いても良いですか?」
留守番を始めて一時間が経った頃、気持ちよくハープを弾いていたアレシスに和世が言った。演奏の手を止め、アレシスは首を傾げる。
「どうかしたの? 何でも訊いて」
「……アレシスさんは、何故殿下たちと共に行こうと思われたんですか?」
アレシスの腕は男性としては細い。しかし華奢なのではなく、細やかな筋肉が張り巡らされているが故の細さなのだ。その腕で強弓を扱えるのならば、誰かと同行せずともグーベルク王国に辿り着くことは容易だろう。
和世の推理に、アレシスは頷く。反論もない。
「ぼくが同行した理由、か。師匠に会いたいんだと言ったところで、きみには見破られているようだし」
目を閉じれば、共に行こうと提案した時の弦義が浮かぶ。あなたの本当の音を聞きたいと笑った、無邪気にすら見える子どもの笑みだ。
しかし、彼は一国を背負う覚悟を持った王子でもある。国を奪われ、追われ、奪還のために旅をする一人の復讐者。二つの側面を持つ弦義を面白いと考えたのも事実。
「きみたちが創る、変えていく未来に興味が出たんだ」
「未来?」
ぽかんとした和世が問い返す。だからアレシスは、問いに問いで返した。
「じゃあ、和世くんは?」
「おっ……私、ですか?」
まさか自分が聞き返されるとは思わず、和世は目を見開く。しばし口を閉ざしていたが、アレシスが引く様子を見せないために諦めた。
「……私が同行しているのは、殿下たちがロッサリオ王国と手を結ぶのに相応しい人物かどうかを判断するためです」
「それ以外の他意はない、と?」
「ええ」
何処か目を逸らしながら、和世は断言する。しかし真正面から目が合わない以上、彼の中で変化が起こっているのだろう。
(本当に、きみたちは面白い)
クスクスと品良く微笑むと、アレシスはそれ以上尋ねることなく目を閉じた。
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