第16話 判断を下す者
その後、弦義と白慈は王の私室へと案内された。その場で白慈の紹介を済ませると、弦義は海里相手にここに来た経緯を話すことにした。
もう何日も経つのかという驚きと共に、思いの外落ち着いている自分への冷めた感情が入り混じる。
真剣な顔で聞いてくれる海里と、目を丸くしてこちらを見てくる白慈に向け、弦義は努めて冷静に語る。
「……そして私は、那由他と白慈と共に国を出てここまで来たのです」
話し終えると、体が熱かった。そんなに熱弁したつもりはなかったが、弦義の顔は傍から見れば興奮で赤くなっていた。
出された水を一口飲み、弦義は「ですから」と腕を組む海里に頭を下げた。
「海里王にお願い致します。私に、祖国を取り返す力を貸して頂けませんでしょうか?」
具体的には、野棘への説得。しかしそれが叶うとは思えないため、相手を脅す戦力としての軍を。
「人の命全てを背負う覚悟を持ち、戦う所存です。どうか、ご検討頂けませんか」
「―――わかった」
弦義の必死さが伝わったのか、海里が首肯する。しかし「ただし」と一つ条件を加えた。とある人物の信頼を勝ち得ろ、と言うのである。
「わしとて、一国の主だ。友好関係にあるとはいえ、他国の為に我が国の人民を戦いに出すのは苦しい判断となる」
それに、と海里は手元にある一通の手紙を弦義に差し出した。
海里から受け取り、弦義はそれに目を走らせた。隣に座る白慈も覗き込むが、難しい文字が多くて途中で諦めた。
「……野棘は、このような手紙を」
「ああ、そうだよ。殿下の話と食い違う点が多々あるが、それは仕方のないことだろうね。わしは、きみを信じるよ」
「ありがとう、ございます」
野棘は、ロッサリオ王国宛の手紙にこう書いていた。曰く、国王は病死し、王子や姫は第一王子によって殺されたと。その第一王子を追うために追っ手を放っているが、貴国に立ち寄ることがあれば捕まえて引き渡して欲しいというのだ。
くしゃり、と弦義は便箋を握り潰す。自分が弟や妹を殺す訳がないだろう、と怒りに震えて。
「弦義……」
「ああ、ごめん」
服の裾を引かれ、弦義は我に返った。心配そうにこちらを見つめる白慈に、無理矢理笑みを見せる。それでも白慈は顔を曇らせたままだったが、弦義の意識は息を吸い込んだ海里に向けられた。
「それを読み、門番からの報告に驚きもしたが、わしはあなたを信じると決めた。だからこそ、条件がある」
「その条件、とは?」
「―――入りなさい」
弦義の問いに直接は答えず、海里は誰かを呼んだ。その声に応じ、扉が開く。
「失礼致します」
入って来たのは、一人の青年だった。
襟足で切り揃えられた銀髪が照明を反射して輝き、意志の強そうな紅眼が弦義を射抜く。服装は軽装の鎧姿であることから、彼が軍の関係者であることは一目瞭然だ。
弦義と白慈が何と言葉を発して良いかわからずに困惑していると、海里が青年を紹介するために彼の隣に立った。
「彼は、
「「「は⁉」」」
思いも寄らない海里の申し出に、弦義だけではなく、白慈と和世も声を揃えた。唖然とした様子の三人を見て、海里は「あれ?」と首を傾げた。
「何か変なことを言ったかな?」
「変なことと言うか……突然の申し出で驚いただけです」
「わ、私がこの者と共に、ですか?」
弦義以上に困惑している様子の和世は、主である海里に説明を求めた。思えば、彼は弦義たちが何者かも知らされずに来たのだろう。
海里もそれに気が付いたらしく、改めて弦義と白慈について説明する。更に那由他についても話す海里に、弦義は待ったをかけた。
「海里様、那由他についてもご存知で……?」
「ああ。以前一度だけ、亡き雪守様に処刑戦を見せて頂いたことがある」
雪守と海里が見たのは、処刑戦が始まって間もなくの試合だったという。連続殺人事件の犯人だった男と、処刑人である那由他の戦いだった。結果は那由他の勝利だった。
憂いを帯びた目を伏せ、海里は独白する。
「あの時遠目に見ただけだが、彼はここにいるべきではないのだろうと思ったよ。理由なんてものはないが、きっと不本意だろう、とね。後で雪守様に経緯を聞いたが、内心可哀そうだと思っていた。だから、殿下と共にいると今日知って、安堵したよ」
「海里様……」
弦義は、自分が感じていた違和感を同じように感じていた海里に驚いた。そして、やはり処刑戦は止めるべき悪だと改めて考えた。
「話はわかりました」
全体を把握した和世は、海里に提案を受け入れる旨を伝えた。
「私が共に行き、仕えるべき者か判別してみせましょう」
にこりと微笑みながらも、その目は笑っていない。ただ海里への忠誠心のみで、弦義との同行を決めたのだ。
「宜しくお願い致します。弦義殿下」
「はい。あなたに認めてもらえるよう、善慮します。和世どの」
「オレもいる。忘れるなよ?」
「ああ。宜しく、白慈」
何処か他人行儀の和世の態度を寂しく思いながらも、弦義はようやく掴んだ祖国奪還の糸口を手放さないよう、手をしっかり握り締めた。
その時、王の私室の戸を叩く音がした。入室の許可を与えられると、一人の文官が入って来た。急いで来たのか、額に汗が光る。
海里は前に出て、文官に尋ねた。
「どうした?」
「申し上げます。社の巫女、
「わかった。ここへ……ではなく、中庭に通してくれ」
「承りました。あっ、でも……」
「?」
「少し、汚れておいでで」
美しい中庭に通すにはあまりにも汚れている。そう言って躊躇する文官に、海里は「気にするな」と笑った。
「我が客人だ。きみが気に病むことはないよ」
「はっ」
文官が退出し、海里は弦義たちを振り返った。
「さあ、お仲間との再会だ」
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