第15話 ロッサリオの王
「一先ず、王城へ行こう」
「へ⁉」
弦義の爆弾発言に、白慈は素っ頓狂な声を上げた。
落ち着きを取り戻した弦義と共に賑やかな市場へとやって来た白慈は、目を瞬かせて真意を問う。先程までまだ行かないとは言っていなかったか。
「確かにそうなんだけど、ああいう話がここまで流れて来ているのなら、もう耳に入っているだろうから。早くしないと、ここでも捕らえられかねない」
「ああ、そうか」
幾つかの主語を意図的に省いて喋った弦義だが、結局はこういうことだ。アデリシア王国の国王と家族が殺されたという話が人々の間に広まりつつある現在、王城のロッサリオ王国国王の耳にも入っていないはずがない。早く説明の機会を設けないと、有無を言わさず捕らえられて強制送還される危険があるのだ。
しかし、白慈には懸念事項があった。
「那由他を待たなくて良いのか?」
「……待ちたい。だけど、国王をこちら側に付けられれば、探すのが楽になるから」
痛みを堪えるように眉間に力を入れた弦義は、白慈を誘う。
「行こう。恐らく、これがあればお目通りは叶う」
そう言って胸元を押さえる弦義に、白慈は無言で従った。
二人が向かった王城は、ロッサリオ王国王都フォーリドの中心部からやや北に位置する。木々に囲まれた王城は、レンガの壁が明るく日に映える。
その王城の門を前にして、弦義と白慈は二人の門番と対峙していた。身長二メートル近くあるであろう門番を、二人は見上げる。
「何だ、お前ら」
「申し訳ありませんが、
威圧してくる相手に、弦義は堂々と頼んだ。どう見ても庶民の兄弟らしき少年二人が国王に会いたいとは何事か、と門番を務める兵二人は顔を見合わせる。
「坊主、何処かと勘違いしてるなら早く帰れ」
「はぁ? 丁寧に頼んで……」
喧嘩腰になりかけた白慈を制し、弦義は門番を真っ直ぐに見上げた。
「勘違いなどしていません。お疑いになるなら」
弦義は服の内側に手を入れ、何かを引っ張り出した。黒い紐に通されたそれは、手のひらサイズの剣のレプリカだった。その鍔に嵌められた石を、弦義は門番に掲げて見せる。
「こ、これは……」
「正しく、アデリシア王国の」
白慈の立つ位置からは見えなかったが、後で弦義が見せてくれた。鮮やかな青い石の中に、銀色のマークが彫り込まれている。それは、アデリシア王国を示す龍の紋章だ。
驚愕の色に染まった門番二人に、弦義は改めて名乗る。白慈に見られないことを幸いに、少しだけ表情を工夫した。
「僕……私の名は、弦義・アデリシア。アデリシア国王
「―――は、はっ。お待ち下さい!」
敬礼をした門番の片割れが、慌てた様子で王城の中へと走る。途中で何かにつまずきバランスを崩したが、それを気にすることが出来ない程慌てふためいている。
「……あんた、本当に王子様なんだな」
「はは。まあね」
驚きと呆れをない交ぜにした表情で白慈が弦義を見て、弦義は苦笑するしかない。そして置いて行かれたもう一人の門番が顔を青くしていたが、二人が気付くことはなかった。
無事に謁見の間へと通されることになった二人は、案内人の文官の後について行く。
王城内には長い廊下が張り巡らされ、幾人もの役人が往来する。弦義と白慈に出会った誰もが、顔に「何故庶民がこんなところに」という疑念を貼り付ける。しかしそれらに一々反応することもなく、弦義と白慈の二人は部屋に通された。
「ここでしばし、お待ち下さい」
「わかりました」
案内人が退出し、部屋を見回す余裕が生まれる。座るよう促されたソファーから立ち上がった白慈がぐるりと見回すと、決して華美ではない内装が迎えた。
「なんか、拍子抜けだな」
「もっと豪奢な内装だと思ってたのかい?」
机に飾られている花は、白慈の知らない白い花だ。八重などの高級感のある花ではなく、五つの花弁を持つ慎ましく優しい花である。
更に白慈は、王城とは何処にでもシャンデリアが吊り下げられているものだと思っていた。しかし、ここにあるのは高級感はあるものの豪華なそれではない。白慈の亡き父が作りそうな照明器具だ。
「豪奢っていうか、華美? もっと飾り立てられてけばけばしいものかと思ってたんだ」
「確かにそういうのを好む王族もいるようだけど、ここの王はもっと穏やかな趣味を持つ人だよ。きっと、会えばもっと驚く」
「ふうん?」
待ち時間にと置かれたグラスの柑橘系ジュースを一気飲みし、白慈はドカッとソファーに座り直した。丁度その時、再び戸が開く。
「お待たせしました。こちらへ」
先程と同じ案内人だ。弦義に続いて白慈もついて行こうとして、何故か案内人に止められる。
「何だよ?」
「申し訳ない。きみは王族ではないから、少しここで」
「問題ありません。彼は、私の連れですから」
案内人の言葉を遮り、弦義は微笑む。ほっとした白慈とは反対に、案内人はわずかに頬を引きつらせた。しかし「わかりました」と白慈の同行を許可すると、落ち着いて二人を謁見の間へと連れて行く。
二人が連れて来られたのは、四メートルはあろうかという大きな扉の前だった。扉には緻密な彫刻がなされ、動植物がまるで生きているかのように彫り込まれている。
「アデリシア王国の弦義・アデリシア様、並びにお連れの方にお越し頂きました」
「入れ」
ピンッと張り詰めた空気が漂う。思わず白慈は弦義の服の裾を握ったが、弦義は彼を安心させるようにその方を軽く叩いた。
「大丈夫」
「わかった」
扉が開き、大広間が姿を見せる。赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれ、広間の奥へと続いている。
絨毯の両側には何人もの壮年の男たちが並び立ち、弦義と白慈を睨みつけるように見ている。その整えられ立派な服装を見れば、彼らがこの国の重臣だとわかった。
その内の一人が「あっ」という目で二人を見たが、弦義たちは緊張していて気付かない。
弦義はガチガチに固まった白慈よりは落ち着いていたが、流石にこの人数に見つめられると冷汗が背中を伝う。
(大丈夫。僕は、独りじゃない)
すがって来る白慈に苦笑し、弦義は前を向く。彼らが進む先には、王座に腰を落ち着けた男性がいた。
「やあ、久しいね。弦義殿下」
「お久し振りでございます。海里様」
王座の手前で、弦義は膝を折った。それに倣い、白慈も同様にして頭を下げた。
「きみが訪ねて来たということは、そういうことなのかな」
愁いを帯びた声色に、弦義はそっと顔を上げた。
ロッサリオ王国の国王・海里は、ふくよかな体躯を持つ穏やかな気質の人だ。弦義の父は厳格な人で、体も筋肉質であったから、真逆の人だと言えるだろう。
ギシリ、と王座を鳴らした海里は、体を揺らしながら弦義の目の前へとやって来た。そして、目線を同じくしてそっと王子の頭を撫でる。
「……っ」
突然のことで言葉もない弦義に、海里は穏やかで慈愛に満ちた声をかけた。
「父上が亡くなられたのだろう。よく、ここまで来てくれた。よく、頑張った。あの手紙を送られて来た時は冗談かと思ったが……そうか、本当だったのか」
「海里、様」
「ああ、すまない。年頃の男の子にこれは恥ずかしいか」
ようやく海里から解放された弦義は、表情を改めて海里を見上げた。彼に、野棘からの知らせの内容を聞くために。
「海里様。私たちは、野棘に命を狙われてここまで来ました。幸い、まだ刺客には一度しか会っていませんが。……海里様が読まれたという手紙を、見せて頂くことは出来ませんか?」
「勿論、手配しよう。その前に」
海里は「よっこらしょ」と立ち上がると、並ぶ家臣の中から一人の名を呼んだ。
「
「はい」
海里に呼ばれ、千寿という男が許されて弦義と白慈の前に立つ。
千寿は海里の補佐を務める大臣の一人で、世界創造の神を祀る社に末娘を仕えさせているという。その大臣が何の用か、と弦義が首を捻っていると、海里が種明かしをしてくれた。
「驚かせてしまったね。実は、彼に今朝きみたちが来ていることは聞いていたんだ」
「……どういうこと、ですか?」
「うん。ここからは、千寿に頼もう」
「承りました」
一礼した千寿は、弦義と白慈に立ち上がるよう促した。二人が立つと、千寿は彼ら二人が最も欲しかった情報をくれた。
「昨日、末娘から火急の知らせがあると早馬が来たのです。手紙を読み、すぐさま王にお伝えしました。弦義殿下、あなた様のご友人が、我が娘の元に居ります」
「友人……それは、那由他という名ですか?」
震えを抑えきれない声で、弦義は問う。その問いに、千寿は確かに首肯した。
「はい。先程こちらからも馬を走らせ、娘と共に彼もこちらに来て頂くように手配しました。ですので、半日ほどお待ち頂きたいのです」
「その間に、わしとも話をしよう。あなたにしか話せないこともあるだろう、弦義殿下」
「はい」
二人の提案に、弦義が反する理由もなかった。
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