第14話 食事処
「うわ。王子とは思えないくらい似合ってるな」
「それ、褒めてる?」
白慈の言葉に微妙な顔をした弦義だったが、王族に見えないのならと思い直す。元々着ていた服は、旅の途中で譲り受けたリュックに仕舞い込んだ。
未だ、那由他とは会えていない。それが不安の種だったが、二人はとりあえず王都の飯屋に行くことにした。
弦義は最初王城に行こうとしたが、捕らえられることを恐れて方針を転換した。飯屋を選んだのは空腹と、もう一つ理由がある。飯屋のような食事処は、情報の宝庫なのだ。もしかしたら、那由他の噂も聞けるかもしれない。
白慈が選んだのは、住民や旅人でごった返す店だった。
「いらっしゃい」
「二人で」
「あいよ。好きな席に座っとくれ」
接客に手慣れた恰幅の良い女性に促され、弦義と白慈は壁側の席を選んだ。傍では商人の旅団らしき一行が、昼間から酒を傾けている。
わいわいと騒がしい店内を物珍しく見ていた弦義は、白慈に呼ばれて彼を見る。すると白慈は、弦義に向かって一枚の紙を突き出した。
「『お品書き』?」
「そう。ここから注文したいものを選ぶんだ。……弦義は多分、そういうのしたことないだろ」
「ないね、確かに。……どれにしようか」
店の主人の手書きなのか、見事な達筆で書かれたお品書きを見詰める弦義。その真剣な眼差しを可笑しそうに見ていた白慈は、品書きを読んだ弦義の質問攻めにあった。王子としての食事しか知らない弦義にとって、市井の食事処は未知の空間らしい。
「……でお願いします」
「はいよ。少し待っててね」
先程案内してくれた女性に注文を伝え、白慈は頬杖をついた。
「弦義ってさ、世間知らずだよな」
「……まあ、知らずに来たことは認めるよ。だけど、これから学んでいくから教えて欲しい」
頼む、と頭を下げられてしまい、白慈は慌てた。
「頭なんか下げるなよ。オレたちは……仲間、なんだろ?」
「ああ、そうだね」
王都フォーリドへ入る直前に弦義が白慈にした『お願い』とは、白慈に旅の仲間に加わって欲しいというものだった。
「オレの目的は復讐だけど良いのかって聞いたけど、弦義は『僕も同じようなものだ』なんて言うし。受けるしかないだろ」
「僕としては、目的の為に一人でも多くの協力者が欲しいんだ。だけど、ただの協力者だけでなく、心を通わせた友や仲間も傍にいて欲しい。我儘だが、受けてくれて本当に嬉しいよ」
「よせ、照れる」
白慈は皮肉を言いたかったが、それを許さない程に真っ直ぐな言葉を聞いて顔を赤くした。弦義には自覚がなく、首を傾げるばかりだ。
「……はぁ。とりあえず、今後の方針を話し合っておこうぜ。那由他と合流した後、その方が動きやす――」
「お待ちどう様」
白慈の言葉を遮るようにして、女性が二人の前に皿を置いた。ほかほかと湯気を立てるそれは、白慈の好きな鶏揚げ丼だ。
鶏肉に小麦粉と卵とパン粉をつけて揚げ、それをご飯に乗せて特製ソースをかけるというシンプルなメニューである。しかし美味しくて腹が膨れるため、白慈のオススメだった。
「うまいから、食ってみなよ」
「いただきます」
きちんと手を合わせてから、弦義は箸を持った。そんな所にも育ちの良さを感じて、白慈も真似をする。
この飯屋の鶏揚げ丼には、小さなサラダも付属していた。そちらを食べ終えてから、丼を手に取る。その重量感に驚きと楽しさを感じつつ、白慈は弦義の反応を待った。
「どうだ?」
「うん、美味しいよ。温かくて、鶏肉とソースの相性が最高だ」
「よかった。久し振りに食事らしい食事だからな」
ニコニコ笑いながら頬張る弦義に安堵し、白慈も丼をかき込んだ。温かいご飯と甘辛いソースがからみ、鶏肉の味を更に引き立てる。
「……」
「……」
食事に満足して水を飲みながら、二人は周囲の会話に耳を傾ける。それらは大抵、仕事の愚痴や夫婦間の話、所謂世間話だ。しかしその中で、一つだけ気になる話をしている人々を見付けた。
「そりゃ、災難だったな」
「ああ。アデリシアは国王が急死したらしくてな、国内が大騒ぎで商売どころじゃない」
話しているのは、商人らしき二人組だ。片方は数日前にアデリシア王国を訪れたらしく、その時のことをもう片方に話して聞かせている。
「でも俺が聞いたのは、政権を誰かが代行しているって話だぜ」
「野棘って名前の、国軍第二将軍の地位にあった男だっていう話だよな。その話は俺もアデリシア王国の王都で聞いたよ。何でも、国王に後を任された賢人だっていうじゃないか。今は混乱していても、そういう人が上に立つのなら大丈夫か、なんて思うよ」
「違いない。落ち着いたら、また商売に行こうぜ」
二人組は話題を変えると、今後の商談を始めた。専門用語が飛び交う会話を聞く気にもならず、弦義と白慈は意識を自分の側に戻した。
「まだ国内は荒れてるみたいだな。野……あいつも全てを丸め込んでいるわけじゃないらしい」
野棘という名前を、口を滑らせて言いかけた。危ない、と弦義は水を飲み干す。
人心掌握は、王城内では終わっているのだろう。そうでなければ、あの日王城で国王を殺せるはずがない。もしくは、その場にいて欲しくない人間を外に出していたか。
難しい顔をして考えに耽る弦義を見ていて、白慈は声をかける。
「弦義さん、これからどうするんだ?」
「これから……」
この食事処での情報を集め終えたら、一先ずは宿を取るべきだろうか。那由他とも何処かで合流出来ればと思うが、待ち合わせ場所も決めていないために難しい。
しかし、これからすべきことは国主への協力要請だ。速やかに王城へ向かい事情を説明すべきだろう。そう思った弦義が口を開いた時、先程の二人組にもう一人加わってアデリシア王国の話をし始めた。
「そういや、あの国の跡取りはどうしたんだ? 一人いたように記憶してるんだが」
「そういや、いたな。子どもは男三人と女一人だったか」
「その子どもたちだがな……殺されて死んじまったらしいぞ」
「死んだ? おいおいおい、国王の血を引く者たちが、どうして全員一気にいなくなるんだよ」
おかしいだろう、と最後に喋った言葉は尻すぼむ。近くを非番か休憩らしき衛兵が通りかかったからだ。他国のこととはいえ、友好国のことを批判していれば注意くらいはされる可能性がある。商人たちはそれきり、アデリシア王国の話題には触れなかった。
「白慈、出ようか」
「わかった」
弦義が席から立ち上がると、白慈もそれに倣った。商人たちの横をすり抜け、代金を支払って店から出る。
追われるままに王城を出た弦義だったが、山で採ったものや狩ったものを村で売るなどして小銭を稼いでいた。すぐに底をつくだろうが、役に立った。
店を出てすぐ、白慈は弦義の顔を見上げて首を傾げた。
「弦義さん?」
「ごめん、白慈。……人があまり来ない所に行きたい」
やけに早口に言う弦義の気持ちを察し、白慈は彼の手を引く。素直について来る弦義の手が、かすかに震えている。
キョロキョロと見回しながら人目につきにくい路地を探していた白慈は、丁度良い道を見付けて入り込む。おあつらえ向きに空き箱が打ち捨てられていた。
「……はぁ。ありがとう、白慈」
促されて腰を下ろし、弦義はため息をついた。自分の前にしゃがみ込んでこちらを見上げて来る白慈に、苦笑いを見せる。
食事処で叫び出しそうだった自分を律する。叫ぼうが泣きわめこうが、弟妹も両親も帰ってくるわけがない。今すべきことは別にあるだろう、と気持ちを抑え付けた。
「こんな所まで連れて来てくれてありがとう。ちょっとあのままじゃ収まらなかったから、助かったよ」
「うん」
じっと見詰めてくる白慈に、弦義は無言の圧力を感じた。何があったのか、全て話せということだろうか。
「白慈、ごめん。市中で話せるような内容じゃないんだ。……この国の王の前で、包み隠さず全て話す。だから、それまで待っていてくれないかな」
「わかった。だけど、絶対聞かせてくれよ。オレも自分のこと話したし、弦義さんとあの那由他って人の話も聞きたいから。王子だっていうのは聞いたけど、きっとそれだけじゃないんだろ?」
紫に輝く白慈の瞳を見詰め、弦義はしっかりと頷いた。
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