第8話 人造的存在
「俺は作られた存在だって話はした」
だからその経緯を話す、と那由他は言った。全て、彼を作り出した
「俺は、ある子どもを元に作られた。それは
「十代で……」
「そうだ。だが何を血迷ったか、そいつの父親だった遠磨は息子を生き返らせる研究に没頭したらしい。研究は息子が死ぬ前から始めて、息子が死んでからも続いた。死後の姿を留めるために葬儀も出来ず、母親は息子を失ったことで精神を病み、やがて遠磨の元から去った。それでも研究を続けた遠磨は、ついに俺を作り出すことに成功した。この……」
那由他は自分の左目を覆う眼帯に触れた。眼帯には『封』の字が縫い付けられている。コロシアムでの処刑戦の時には気付かなかった文字だが、泥や地で汚れたためにかすんでいたのだと推測される。
「この場所に、夏優咫の左目が埋め込まれている。元になった人間の一部を取り込むことで、俺は新たな命を得た。……息子の代わりを作ることに成功した遠磨は喜んだが、次第に俺を
突き放すような物言いをしながらも、那由他の瞳は揺れている。弦義はその痛々しさに胸を痛めたが、何も言わずに先を促した。
「放置され、見向きもされないようになってからも、俺は生きなければならなかった。だから家の近くで見様見真似をして、釣りや狩りのやり方を学んだ。遠磨は俺の存在を無視して研究を続けていたが、ある時王城から一人の男がやって来た」
お前も知っているはずだ、と那由他は弦義に向かって言う。弦義は首を傾げたが、男の特徴を聞いてすぐに名を言い当てた。短く刈った黒髪に、鋭く光る茶色の瞳。そして軍服を着た壮年の男となれば、一人しか思い浮かばない。
「きみを見付けたのは、
「俺に対しては名乗らなかったから、わからない。だけど、そいつは俺に言った。『お前はつくられた存在であり、理から外れた存在だ。そんなお前の力を見込んで、道を外れた者たちを処せ』と」
そう言うと、那由他は勇と初めて出会った頃を思い出した。
勇が言っている意味が、最初那由他にはわからなかった。自分が作られた存在だということは目覚めた時に教えられて知っていたが、自分に悪人を処す力があるとは思えなかった。
那由他がなかなか返事をせずにいると、突然勇が腰の剣を抜いて襲い掛かって来た。那由他は剣が動くと見るや、厚く硬い靴の裏で刃を受け止めた。更に軸足を変えると同時に回し蹴りを食らわせ、勇を近くの木の幹にぶつけた。
「ぐっ」
「……お前、何者だ」
痛むのか、呻くだけの勇は答えない。那由他は彼に近付き、胸倉を掴んで言葉を吐かせようとした。
しかし勇は那由他の伸ばした手を掴み、反対に那由他を組み伏せた。どうにかして動こうともがく那由他だったが、勇はびくともしない。
「くっ。どうして、名乗らない」
「お前に名乗ったところで、無駄だからだ。拒否権など、お前には無いのだ。ただオレの命令に従い、罪人を殺せばいい」
「殺す、だと?」
自分は殺人の道具ではない。那由他がそう反論しようとした途端、腕が捻り上げられ声を出せなくなる。ホムンクルスとはいえ痛覚を持つ那由他は、声にならない声で悲鳴を上げた。
「……お前は、力を使うこと以外での問題解決の方法を知らない。そのように作られてしまったことがお前の不幸であり、アデリシア王国の幸運だ」
「アデリシア……?」
苦し紛れに呟いた言葉に対する返答を聞くことなく、那由他はその場で意識を失った。彼の口に薬品を染み込ませた布をあてがっていた勇はそれを外すと、布を懐に忍ばせて立ち上がる。地面に倒れ目を閉じている那由他を肩に担ぐと、勇はその目を那由他の家だった建物へと向けた。
「……」
「貰い受けるぞ、達磨どの」
家の前には、呆然と勇を見詰める男の姿があった。一人息子を亡くし、時間をかけて息子の代わりを創り出した哀れな父親でもある人だ。彼は手を伸ばしかけ、それを途中でやめた。
「……仰せのままに」
たった一言。それだけを呟くと、達磨は踵を返して自宅の中へと消えて行った。
父であったはずの男の後姿は、やけに寂しく空しい。勇はその背に一瞥をくれると、踵を返した。
それからしばらくのことを、那由他は覚えていない。気が付けば牢の中に捨て置かれ、処刑すべき罪人を処す時のみ呼び出されるようになった。
罪人と血を交え、殺し合う。その日々が元々希薄だった那由他の感情を更に消えそうな程薄くさせ、生きる意味を失わせた。ただ息をしているのみであった。
「……だが、何故か弦義は逢いに来た。あの時は驚いた」
誰かと親交を持った経験など持たない那由他は、弦義に「きみのことが知りたくなった」と言われて度肝を抜かれた。
眉間にしわを寄せる那由他に、弦義はぽかんとしながら首を傾げた。
「顔には出ていなかったと思うけど」
「出ないんだ。どんな顔をしたら良いのか、わからない」
更に眉間のしわを深くして、那由他は深刻な顔をした。川原に落ちていた大きな石の上に腰を下ろしたまま、両手で髪をかき上げる。
「だけど、多分これは嬉しかったんだと思う」
「嬉し、かった?」
「ああ」
怪訝な顔をする弦義に、那由他は頷く。その表情は少しだけ晴れているように見えた。
「初めてのことで、戸惑った。気持ちなんてものはわからないから、どう言って良いのかもわからない。だが、嫌じゃない。……きっと、弦義と出逢えてよかったんだと思う」
アデリシアに来て初めてだ、と那由他は不器用に微笑む。殺伐とした色のない暮らしをしていた那由他にとっての、唯一の光なのだと。
「だから、お前が困っているのなら助けたい。共に立ち向かいたいと思った」
「ありがとう、那由他」
無表情に近い顔で恥ずかしげもなく言ってのける那由他に、弦義の方が赤面する。無性に嬉しくて、弦義はささくれた心が少しだけ落ち着いたように感じられた。
夜空を見上げると、星が瞬いている。同じ空の下で、野棘が自分を追討する指示を出しているのかと思うと、不思議な気分だ。
「野棘は、幼い頃からの剣の師匠だ。まさか、父を殺して国を奪うなんて思いもしなかった。いつの間に、恨みを抱えさせてしまったんだろうか。いつの間に、あの笑顔が嘘に―――」
「もう寝ろ」
涙声になっていた弦義に背を向け、那由他は近くの木の幹に背を預けた。丁度草のない砂地となっているそこくらいしか、眠れる場所がない。
目を閉じて何も言わない那由他が気を使ってくれたのだと察し、弦義は静かに涙を流した。その涙の理由は幾つもあったが、ただ泣かせてくれることが有難かった。
「ありがとう、那由他」
小さく感謝を伝えると、弦義は那由他の隣に腰を下ろした。そして、負担をかけないよう少しだけ間を空け、目を閉じる。
荒れ狂っていた感情の波はどうしようもないが、心と体が疲弊していたのだろう。間もなく、弦義は眠りの世界に誘われた。
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