第7話 生き残る為に
「申し上げます!」
「何事だ」
執務室とした以前の王の仕事部屋で、
「申し訳ございません。
「何、だと?」
ドスのきいた野棘の声に震え上がった青年兵士は、もう一つ報告しなければならないことがあることを思い出した。それを言えばまた怒られることはわかっていたが、言わなければ後々大変なことになりかねない。
「もう一つ……」
「まだあるのか。言え」
被せるように言われ、兵士はもう一度頭を深く下げた。そのまま、一息で言い放つ。
「しょ、処刑人が弦義と共に逃げ出しました」
「処刑人、が」
目を見開いた野棘は、徐々に眉間にしわを寄せていく。処刑人をこちら側に置いておけなかったことが、戦力という意味において失策だとわかっていたからだ。
しかし、と野棘は疑問を禁じ得ない。
(何故、弦義は処刑人と共に逃げたのだ。二人に接点など……)
野棘は知らなかったのだ。否、弦義と那由他以外の誰もが二人の接点など知らなかった。
二人の親交など知らないまま、野棘は頭を下げ続ける兵士に告ぐ。
「即刻、全体に告げよ。弦義のみならず、処刑人も捜索せよ、と。捕え次第殺し、証拠を持ち帰れ」
「はっ」
逃げるように執務室を出て行った兵士を見送り、野棘は拳を握り締めていた。
タッタッタッ。朝焼けの空の下、二人の青年がアデリシア王国から遠くへと駆けていた。
息が切れても走り続け、酸素を十分に吸い込まずに走り続ける。追っ手の姿はないとわかってはいたが、逃げられるだけ逃げなければ、と懸命に足を動かし続けた。
「あっ」
足がもつれ、弦義は山道で転んでしまう。彼を助け起こそうと、先を行っていた
「大丈夫、か」
「あ、ああ。ありが……ゴホッゴホッ」
那由他の手を掴んで立ち上がった弦義は、礼を言おうとした拍子に激しく咳き込んだ。無理をしてここまで走って来た為だが、しばらくしゃがんで咳に耐えた。彼のその背を、那由他の手が不器用にさする。
「……ごめん、那由他。もう、大丈夫」
「そうか」
あっさりと離れ立ち上がった那由他は、あまり呼吸を乱していない。体力が違い過ぎると内心凹む弦義に、那由他は「落ち込む必要はない」と淡々と告げる。
「俺はホムンクルスだから。お前よりも強くできている。だから、気に病む必要はない」
「そ、それはそうなんだけど」
心中を言い当てられて二の句が継げない弦義に背を向け、那由他は進行方向を指差した。彼が指を向ける先には、隣国とアデリシア王国を隔てる山がそびえ立っていた。
「この先を抜けるのか?」
「えっ」
「俺は、元いた場所のことと王城の一部しか知らない。だから、ここからは弦義について行く」
「わかった。……この山を抜けたら、ロッサリオという王国がある。父も僕も何度も訪れたことのある国だ。この反乱は今朝起こった。ロッサリオに野棘の使者が向かう前に辿り着ければ、助力を乞えるかも知れない」
「わかった」
一つ頷いた那由他が弦義に道を開ける。二人は祖国を離れ、山へと分け入りロッサリオ王国を目指すことにした。
冬でないことが幸いし、山の中で食べられる木の実を採って食べながら進む。弦義は採った木の実をそのまま食べることを躊躇ったが、生きるためだと割り切った。勘なのか経験なのか、那由他が食べられるもの食べられないものを見分ける目を持っていたことも幸いした。
「この先に川がある。水を汲もう」
「わかった」
弦義よりも遥かに軽い動作で山道を登る那由他は、大きな岩に飛び乗って川のありかを指差した。確かに近付くほど水の流れる清々しい音が耳に届き、弦義の焦りを少し穏やかにしてくれる。
「うわ、思った以上に川原が広いな」
「日も暮れて来た。ここで休むか」
「賛成。……って、夕食はどうするんだ?」
野宿などしたことがない弦義が首を傾げると、那由他はその辺りに生えていた蔦をむしり取って来た。端に結び目を作り、それから川原の意志を幾つかひっくり返している。その行動の意味がわからず、弦義はゆっくりと那由他に近付く。
「那由他」
「あ、いた」
「何が……っ!」
思わず一歩退いた弦義の前で、那由他は石の下から出て来た小さなミミズを結び目の方にくっつけ、蔦を絡ませるようにして固定した。そしてもう一方の端を持ち、川の中に放り込む。
ポチャンと水音がして、辺りは急に静かになった。
「釣り。知らないか?」
「話に聞くだけだ。これで、魚が釣れるのか」
「やってみれば良い」
那由他に蔦を渡され、弦義も簡易釣竿を作る。ただし、ミミズは触れずに那由他が括りつけた。
「……」
「……」
ひたすらに、竿に魚が食いつくのを待つ。時間がかかると判断し、弦義は以前から気になっていたことを口にした。
「那由他。魚が無事に釣れたら、きみのことを教えて欲しい。僕は、助けてくれたきみのことを何も知れていないから」
「わかった。だけど、聞いて気分の良いものじゃないと思うけどな」
「良いんだ、それでも」
「……そうか」
那由他の了承を得て、弦義はほっと安堵した。それからしばらく、静かな時間が流れていく。
魚が何匹か釣れた頃には、日が落ち始めていた。那由他が薪を集めて火を起こしてくれ、二人分の魚を焼く。枝で作った串に刺した魚に焼き色がつくのを眺めながら、弦義は那由他が話してくれるのを待った。
「焼けた。食えよ」
「ありがとう」
差し出された魚は身が詰まっているのかどっしりとしていて、弦義は那由他の真似をしてかぶりついた。すると、魚の美味しさがダイレクトに五感に訴えかけてくる。
「美味しい……。熱々の魚なんて初めて食べた」
「俺が昔いた所では普通だったけど、王子ってのは大変だな」
「そうかもしれない。だから、那由他が先生になってくれよ」
弦義は、釣りも料理も戦いすらも那由他に遠く及ばない。だから教えて欲しいと頼む弦義に那由他は頷いた。
「わかった」
魚を食べ終わった頃には日は完全に暮れ、焚火の明かりだけが視界を照らす。その時になってようやく、那由他が己のことを話し始めた。
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