第3話 友だちと親子

 「おい……」

 「おい、お前!」

 誰かに呼ばれている気がします。でもお父さんやお母さんはそんな言葉使わないので、他の誰か悪い人かもしれません。目を開けない方が安全かもしれません。

 「紗菜って言ったか?」

 「え?」

 名前を呼んできました。私のことを知っているのは、お父さんとお母さんとお友だちのみんなだけなので、おそるおそるですが、目を開けてみることにしました。そこで、彼を目にした瞬間、問いにも答えてあげました。

 「うん!私、さなだよ!」

 なんとクラゲさんが話し掛けてくれたのです。あのお友だちだと言ってくれなかったクラゲさんです。

 「クラゲのお姉さんは?」

 「いるわよ」

 「あ!お姉さん、また会ったね!うれしい!」

 「私も嬉しいわ」

 ふふふ、と私のお母さんと同じように笑いました。

 「おい、俺の話を聞けよ!」

 「うん?なあに?」

 「その……友達になってやっても良いかなって思ったんだよ……」

 クラゲさんが自分からその話題を出してくるとは思いませんでした。

 「気に入らねえか?」

 クラゲさんはもじもじしながら問いかけてきます。ただでさえにゅるにゅるしていそうなのに、もじもじしたら余計に可愛らしく見えます。

 「え!いいの!」

 「あたしと仲良くしている紗菜を見てたら、友だちになりたくなったんだってさ。それをここまで言えないなんてねえ」

 「おい!」

 クラゲのお姉さんが全部教えてくれました。クラゲさんは恥ずかしそうだったけど、私は構わず返事をしました。

 「それじゃあこれからはクラゲさんもお友だちね!」

 あとで一人泣かれても困るので、仕方なくお友だちになってあげました。

 そのことを二人に伝えると、クラゲさんはいつものように強い口調で顔を赤らめていましたが、お姉さんは笑ってくれました。お友だちみたいで、私はとても幸せになりました。

 「そろそろ時間みたいだ」

 「そうね。あたしたちもお家に帰らないと」

 「また会おうね!」

 「そうしましょう」

 二度目のお別れをして、クラゲさんたちを心の中に閉じ込めました。ペンギンさんやジンベイザメさんも一緒に閉じ込めました。きっと水槽の中よりも快適だと思います。


 「よく寝るなあ」

 「ふふふ」

 ぱちりと目を開けると、すぐ横のドアからお父さんとお母さんがぱちりと目を開けていました。起こすつもりはなく、小声で話していたのでしょう。

私を起こしてしまったことに罪悪感を覚えながら慌てる様子が、寝ぼけ眼ながらに見えていました。

 「ごめん、起こしちゃったかあ」

 そろそろ起きる頃だと思っていた私には、別に何も悪いことはされていません。

 「お家に着いたよお」

 「降りよっか?」

 すぐそこまでの道なので、今度はお母さんに抱かれることにしました。温かくてまた眠ってしまいそうなくらいでしたが、今からご飯を食べるとの声を聞いて、食べるのが好きな私には起きている他ありませんでした。

 寝てしまっては、二人で先にご飯を食べてしまうかもしれません。そうなれば、楽しいご飯の時間ではなくなってしまいます。


 「待っててね」

 淡いピンク色のラグが敷かれた遊ぶ一角に私は放たれて、お母さんは台所へ向かいました。いわゆるアイランドキッチンなので、お料理をしているお母さんの真剣そうな顔も見ることができます。いつもはお父さんがお仕事に出ている間にご飯を作っているので、その時のお母さんに限っては、お父さんより私の方が知っています。それに、私の方がお母さんのことが好きだと思います。

 おいしそうな匂いが漂ってきます。

 今日はやめておきますが、時々、お母さんの近くに行って、下から覗くこともあります。集中している時は、私が近付いても気付かないのです。

 その時に、お母さんはお料理がそんなに上手ではないことが分かりました。お料理をすること自体苦手なのか、自己流ではよくならないのかは分かりませんが、携帯や本を見ながらお料理をしています。

 何を見ているかは見せてもらったことがないので知る由もないですが、きっとお料理が上手になる秘訣や方法が書かれているのでしょう。

 それのおかげか、お母さんの作るご飯はいつもとてもおいしいです。お父さんも「美味しいなあ、ありがとう」と言いながら食べるほどです。私にとっては、たまごボーロの方がおいしくて大好きです。

 将来、お母さんの作るご飯がたまごボーロに勝った時は、きちんと「作ってくれてありがとう」と伝えようと思います。今は伝えることが難しいので、その時まで取っておきます。そして、感謝を伝えられるようになった時には、私にもお母さんの努力が分かっているはずです。


 私は今日もおいしいご飯を食べることができました。お父さんもお母さんも幸せそうです。そして、私が誰よりも幸せです。

 私は気が早いので、時間があれば保育園というのはどういうところか考えます。行きたいと言ってしまうと私を一番に愛してくれるお母さんに悪いですし、行きたくないと言えばそれもまた嘘のようなものになってしまいます。天性のお友だちづくりの才能は、保育園で活かすべきだと思うからです。お家でお母さんと居るだけなら、お友だちをつくる才能が活かせず、正直もったいないと思います。

 でもよく考えてみると、世の子どもたちには「小学校」というものがあるらしいので、そこでたくさんお友だちをつくればいいかという結論に至ります。

 いつになれば小学校へ通えるのか、いくら計算しても《6歳》と答えが示してきます。あと4年かと思いますが、それは長いようで短い気もします。だって、あと4回、私のお誕生日パーティーをすれば、その時には6歳になれるからです。


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こどもの目 小谷聡明 @kotani_kyo

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