ラストクリスマス(改訂版)

スミンズ

ラストクリスマス

 「最後のお願いを聞いてくれ」僕は彼女にそう言った。別れを告げられたあとにそんなことをしゃしゃっていたんだ。まともでないと自分でもわかっていた。だけれども、その最後のお願いさえ叶えば、スッキリと彼女と別れられる。そんな気がした。


 「明日のクリスマスは、一緒に過ごして欲しい」


 きっと僕は一人のクリスマスというものに怯えていた。


 だけど彼女の答えは、すぐに返ってきた。


 「もう嫌だよ」



 久しぶりの温もりのないクリスマスの朝が来る。起きるなり早速、冷蔵庫を開けて、食べ物がないことに気がつく。面倒臭いが仕方がない。そういって重い腰を上げて、着替えをして近所のコンビニへと歩いていく。


 日曜の朝っぱらから、早起きの子供たちはワイワイと遊んでいた。子供とは無垢で良いものだ。何も考えていないと言うか。


 ……それはただの嫌みだ。大人げない。子供たちは今日サンタさんからプレゼントを貰ったんだ。だから天に上ってしまうくらい、幸せそうな顔をしている。


 だが僕にはプレゼントなど無かった。去年はあった。彼女の編んだ小さなストラップ。「お揃いだよ」と言われて、不器用に笑い返していた。


 コンビニにつく。パンコーナーに行って、甘い菓子パンばっかりをかごに入れていく。たまにはサラダも食べなさいと言われて、意地になって食っていた野菜とももうおさらばだ。〆に鳥の唐揚げに珈琲を買って、本当に健康に悪いような彩りの食べ物ばっかりを袋をぶら下げて帰路につく。


 まだ朝っぱらだというのにいちゃいちゃと手を繋いで笑いあってる恋人たちとすれ違う。久しぶりにみる他人の幸せに、僕は苦渋を飲む。きっとしばらく人の幸せなんて気にしなくて良いくらい幸せだったからだろう。だからこそ、人の幸せが、なにか遠いもののように感じる。


 そんなことを思いながら歩いていると、突然ポケットのスマホが着信を伝えた。僕は馴れた手つきでスマホをポケットから出す。いままでなら彼女かな?何て思いながらワクワクしていたものだが、それがないのは何か虚しい。しかし誰であろうと電話してくれるというだけで、何か救われるような気がした。


 着信画面を見る。そこには高校時代の友人、満田の名が表示されていた。僕は通話ボタンをスワイプした。


 「どうした、満田」


 僕はそういって話を始める。すると彼は悲しそうな声で「やべえ、彼女に振られた」何て言ってわめいてきた。


 とてつもない奇遇に、友人ながらとてつもなく波長があってるななんて思ってしまう。ともかく僕は、それじゃあさ、といって切り出す。


 「今夜、家に遊びにこいよ」そう言った。


 「あれ?お前、彼女居なかったっけか?」そういう彼に僕はこうこたえた。


 「俺にもクリスマスは来なかったんだ」



街の灯りが消えていく。いや、中心街ではきっと昼間よりも明るいくらいに煌めいているのだろう。そしてカップルたちを明るく照らし出しているんだ。だが、住宅街はクリスマスだろうが、なんだろうがいつものように暗くなっていく。


 17時になる。12月ともなると最早夜も同然の暗闇が空を包む。部屋の灯りを灯し、誰もいない部屋を眺める。


 彼女の置いていったもの。僕らふたりのアルバム。僕はそれをパラパラとめくる。彼女のはっちゃけた笑顔と、僕の不器用な笑顔がそこには埋め尽くされていた。きっと僕はそんな不器用だったから、彼女を器用に受け入れられなかった。クリスマスの目の前に、その笑みを溢してしまった。そんなことを思うと、不意に笑いが出てしまう。自分への皮肉の笑いなら、こんな器用にできるのに、バカみたいだ。


 そんな風に呆けていると、来客のチャイムがなった。僕はアルバムを放り投げて、玄関へ駆けていく。


 扉を開けると、そこにはワインの瓶の入った袋を片手にぶら下げた満田が立っていた。


 「よう、満田」そういうと、彼も少し間を置いて返事してきた。


 「年食ったな」


 「お互い様さ」



 そのワインは北海道の、それこそ僕らが生まれた年のものであった。


 「実はさ、彼女と北海道旅行行ったとき池田町によってよ、俺らの生まれた年のワインを買ったんだ。それはさ、このクリスマスに飲むよう約束したんだが」そういって彼はコルク栓を引っこ抜いた。


 「残念だったなあ」そういって僕は強く同情する。


 「クリスマスイブに揃って振られる男ふたり、クリスマスパーティーなんてそれこそ残念だがな」彼はそういうなりフフッと笑った。全くそうであったので反論の余地もない。


 僕らは僕らが生まれた年のワインをワイングラスに注いで、軽くグラスをぶつけあった。


 「メリークリスマス」僕は小さく言った。


 「こんなのムリークリスマスってね」


 「今日は冷えるな」僕はワインを口に流した。



 気がつかぬうちに不器用な僕らのクリスマスは、静かに朝を迎えていた。


 「それじゃあまたな」満田はそういうなり、玄関先で僕に不敵の笑みをかけてきた。何故か得意気に。


 「全く、何故こんなに楽しかったのだろうな」僕はそういってみた。


 「何故だろうなあ」満田は少し考えるような格好を取る。


 「きっと、俺らはもう吹っ切れているんだ」そういうなり、彼は小さく歌って、僕の家から離れていく。


 何故、友人との関係とは、恋人の関係より長く続くのだろうか?僕は彼の後ろ姿を見てふと考える。それはきっと、いつも一緒にいなくて良い分、不器用にならなくて済むからだろう。


 そう考えると、僕が奥さんに出会える日が、まるで遥か遠くのように感じてしまう。


 だが、いいんだ。今回の恋に、ラストクリスマス。また、いつか来る筈のハッピークリスマスへ向かっていくしかないのだから。

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