第22話 母なる、証明

美和の幼き日の記憶

公園で遊んでいる小学生時代の九月晴義と近所の男子たち


とっくみあいの喧嘩をする晴義と同年代のガキ大将クラスの男子


その様子を遠くではらはらしながら見ている小学生時代の檍美和。


喧嘩で負け、悔し涙を浮かべながら地面にうずくまる九月晴義の左目が微かに青白く光る。


その光にハッ、と気付く檍美和と、美和の傍に立つ祖母の檍依葡。


美和、祖母の手をぎゅっと握りしめる・・・。






現在

慶子の車の中


美和から聞いた九月晴義の過去に関するコメントが整理しきれない様子でいる慶子。


「ちょっと待って・・・晴義くんの母親は・・・そのあとどうなったの??」


「晴義のお母様が何者かに銃で撃たれたところは確かに見ました。そしてそのまま別の時間軸に連れ去られていって・・・その後の行方はわたしにはわかりません・・・」


美和の表情に違和感を感じる慶子


「あなた、まだ何か隠そうとしている?」


「・・・晴義は・・・」


「・・・。」


「晴義の本当のお母様は・・・わたしたちには誰なのかわからないのです。」


「え!!・・・!!!まって、庭園で銃に撃たれたのは晴義くんの本当の母親じゃないってこと??」


「はい・・・祖母の話では、晴義のお父様がシンガポール滞在中に出来た子供が晴義だったと・・・聞かされています。」


「証拠はあるの?」


「ブルックリン計画の受け皿になったシンガポール政府の・・・高官の1人に女性が居て、その女性が晴義のお父様の恋仲だったと・・・。その女性が妊娠し、身ごもった姿を祖母が何度か目撃しています。たぶん、その女性が晴義の本当のお母様です。」


「!!!!」


研究施設の影で密会している晴義の父、若き日の九月二郎と政府高官の女性の姿を遠くから見ている若き日の檍依葡。


「じゃあ、時間軸に連れ去られた女性は一体誰・・・」


「誰かはわかっていません・・・ですが彼女が晴義の育ての親・・・晴義との血縁関係は無い女性であることは確かです。」


「何故そう言い切れるの??」


「晴義のお父様と本当のお母様がその記録を残しているからです。」


「どういうこと??!!」


「・・・・・・・・晴義の実母、そして育ての親は・・・・・・ルーデンスの一員だったからです。」


「!!!!!」





一般道

パジェロを運転する慶子、先ほど美和の口から聞いた晴義の両親に関する驚愕の事実をかみしめながら


「くっ、うっ、うっ・・・」


こらえていたのか、ぼろぼろと涙を流しはじめる慶子


涙で前が見えなくなり、うっかりセンターラインを越えて対向車にクラクションを鳴らされる。


慶子の心にリフレインする美和のセリフ

(晴義は・・・これを知ったら・・・きっと心が・・・)


がずっ!ごとん!

ハンドルを切り損ね、路肩に乗り上げてしまうパジェロ


慶子、車を停め、ステアリングにつっぷしながら泣き続ける

「なんてこと・・・なんてことなの・・・」





10分後

九月家前


パジェロを晴義の家の前に駐車し、降りてくる慶子


「晴義くん・・・!!」


九月家を見上げる慶子

リビングルームと思われる部屋の窓に、ぼんやりとした明かりを確認する。


慶子、九月家の玄関に立つと腕時計を見る


「晴義くんを降ろしたのが20時ぐらいだったから・・・!!」


慶子、九月家の鍵のかかった玄関ドアを見つめると、左目を青白く輝かせ始める。


(晴義くんがさっきこのドアを開けた・・・時間軸を・・・!!)


慶子、必死の形相で時間軸を制御し、鍵の開いたドアの時間軸を呼び出そうとする慶子


しかし、ドアの施錠はびくともしない・・・!!


(くっ・・・なによ、わたしの力って、こんな小さな鍵穴1つの空間、数分前の時間軸も制御できないほどヘボいっていうの??!!)


慶子の左目、強烈な青白い光を放ち始める!!


晴義がドアをくぐった瞬間をイメージする慶子


ぐぐぐぐぐ・・・


ドアノブ周辺の空間が歪み始め、鈍い音がする


(ガチャリ・・・、ガチャリ・・・!!)


開錠したドアの時間軸の呼び出しに成功した慶子


「晴義くん!!」


ドアを慌ただしく開け、玄関に飛び込み、晴義の名前を呼びながら奥の明かりを頼りに九月家のリビングへと向かう慶子



九月家 リビング

過去の記憶によって混乱しはじめ、食べたものを嘔吐している晴義


「ぐっ、ぐふっ、げほっ!!」


晴義、嘔吐しながら過去の慶子との会話が晴義の脳内でリフレインしている


(お母さんに少し栄養のある食事作ってもらいなさい。)


(あ、うち、両親はいないので・・・)


(え、そうだったの。ごめんなさい。)


(いえ、いいんです・・・)


((遠くから、晴義を見つめる美和の顔・・・))


「ぐふっ、げほっ・・・!!」


床に倒れ込んでしまう晴義



そこに飛び込んでくる慶子


「晴義くん・・・!!大丈夫!!しっかりして!!」


驚きの表情の晴義、だが心労と胸につまった吐しゃ物で咳きこみ続ける。


「ぐふっ、げほっ、・・・け、慶子先生・・・??!!」


床に倒れ込んだ晴義を抱きかかえる慶子

周囲を見渡すと、長かった1人暮らしで荒れた部屋の様子が目に飛び込んでくる。


「げほっ、げはっ・・・け、慶子先生・・・ごほっ!・・・何故・・・、いえ、何故・・・ぼ、僕の両親は・・・何処に・・・」


「今は・・・今は考えないでいいのよ、晴義くん!!」


「ごほっ、ぼ、僕の・・・両親・・・、母さん・・・母さんは・・・何処に・・・!!」


晴義、慶子の膝の上でがくがくと震えだし、右目と左目を双方赤と青白い色に鈍く光らせながら、パニック状態となる。


がたがたと揺れ始める周囲の空間と家具類


「は、晴義くん・・・・!!!??」


パニック状態下で両眼の時の瞳が解放され、時間軸が振動しはじめる。

リビングテーブルにあった料理が消えると一瞬で元の食材の姿へと戻っていく!


(すごい、なんていう時間軸を操る力なの・・・わたしのそれとは比べ物にならないほどの力・・・そして成長している!!)


「先生、僕は・・・僕はどうすれば・・・!!」


慶子、パニック状態の晴義を強く抱きしめながら


「晴義くん・・・!!ご両親は・・・あなたのいう通り、もうこの時間軸からはいないの・・・でも、どうすることもできない。ごめんなさい、受け止めるしかないの!」


「先生・・・やっぱり、僕の両親は・・・消えたのですね!!」


激しい光を放つ晴義の両目!!

長手方向の時間軸と、過去の時間軸が入り乱れ、リビングルーム全体の時間軸が荒れ始める!!


空気が対流し、家具ががたがたと揺れる。


次の瞬間・・・ひっくりかえる食器棚、大型のテレビ、床に飛び散る割れた食器類、落下したショックで崩壊するオーディオ機器類、しかしまた時間軸が逆行をはじめ、もとの姿へと戻り、そしてまたひっくりかえり、崩壊する姿を繰り返す。


「晴義くん、落ち着いて・・・お願い、落ち着いて・・・!!」


慶子、晴義を抱き寄せ、胸に強く抱く


「寂しかったわね・・・辛かったわね・・・でも、もう大丈夫よ・・・わたしたちがいるわ・・・!!」


慶子の目から涙がこぼれ、晴義の頬に落ちる・・・


慶子の涙にハッと気が付く晴義。


晴義、痙攣していた身体が徐々に徐々に落ち着きを見せていく・・・


何かを感じ取ったか、いつのまにか檍美和が九月家に到着し、慶子と晴義の様子を傍らで見ていた。


「・・・。」


自分がやろうとしていたことを慶子が先にやっていたので、少し驚いた表情でいる美和。


晴義、身体に入っていた力みが消え、慶子をぎゅうと掴んでいた腕をふわりと離した。


晴義、ようやく落ち着いた表情になって


「ごほっ、はぁ、はぁ・・・少し・・・思い出せたんです・・・両親のことを・・・そして・・・・・・母の顔を・・・」


「え??!!」


涙をこぼしながら晴義


「母の顔が・・・少しだけ・・・」


美和、その言葉を聞くと、何故かものすごい悪寒に襲われる。


(何・・・何なの・・・晴義が母親の顔を思い出したって聞いただけなのに・・・なによ、この得体のしれない感覚は・・・!!)



慶子の膝の上で、疲れ果てたのかぐったりとして、そのまま眠りに入ってしまう晴義。


その晴義を優しく膝に抱き、頭をなでる慶子・・・




インド チェンナイのどこか

雨天、ジュリアの邸宅


大嵐の窓の外、何かを感じ取り、ベッドから身を起こすジュリア

無言で窓をうつ雨をじっと見ている。


「・・・・・・・。」


(ぴぴぴぴぴ・・・)


スマートウォッチのアラームがなりはじめ、ゆっくりとそれを止めるジュリア

その画面に何かの数値が出ている。


ジュリア、ベッド脇の小型冷蔵庫を開けると、小さなケースに入った注射器と透明な液体の入った小瓶を取り出す。


「・・・。」


慣れた手つきで注射を用意すると、脇腹をアルコールで拭き、そこに製剤らしきものを打つジュリア


冷や汗まじりの表情で、スマートウォッチの画面を見ると、先ほどの画面上の数値が少しずつ上がっていく変化を見せはじめる。


「ふー・・・・・・・」


長いため息をつき、再び外の嵐の様子を見つめるジュリア・・・

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