第18話 東雲桜子

翌朝


「連中、いなくなりましたね。」


外の水道で歯を磨き終わった様子の美和。

エジルらが乗ってきていたキャンピングカーがいなくなっていることに気づく。


晴義、則子、ロッジから出てきて

「あら、ほんとうですね。帰ったようですね。」


「でも・・・なんか違う車が停まってるよね。」


晴義の言う通り、キャンピングカーが停まっていたあたりに、別の車が停まっていた。

マセラティ レヴァンテだ。


慶子がそれを見て言う。

「あ、あ、あの車は・・・」


そのとき、一同焦げ臭い臭いを感じる。


「先生、何か焼けてませんか。」


「そうね・・・なんか焦げてるわね。」


「くんくん、この臭いは・・・」


「朝から誰か飯盒でも・・・??」


一同、ロッジ裏にある飯盒炊爨場に行くと、誰かがそこに居座り何かを焚火に放り込んで飯盒で飯を炊き、串に刺した魚を焼いていた。


「さ、桜子!!」


「ええっ!」

一同、慶子の反応に驚き、その一言で飯盒を炊いているのが誰か一瞬で理解した。


「あら、おはよう、姉さん。」


椿坂慶子の妹、東雲桜子(しののめさくらこ)は少しも驚いた様子もなく、サングラス越しにちらりと慶子らのほうを見ると目線を飯盒に戻し、ばさばさと何かを焚火にくべ続けていた。


「ちょ、ちょっと、あ、ん???ええっ!!」

「あっ、ええっ!」


桜子の脇には昨夜エジルらからもらった1億円入りのジュラルミンケースが口をぱっくりと開いた状態で置かれており、その中身はほとんどなくなっていた!

それもそのはず、桜子がさっきから焚火に投げ込んでいるのは札束だった!


「ぐっ、うっ、ちょっと待って、それあんた。」

さすがに慶子、焦りを隠せない様子。


「い、いちおく、いちおくえんが・・・」

則子、口から泡をふきながらその場に倒れ込む。


晴義、あまりのことに棒立ち。

美和も則子の身体をささえながら、言葉を失っている。


桜子、冷静な眼差しで

「なまじこんなもんがあるから迷うし、騙されるのよね。」


桜子、最後の札束を握りしめると躊躇なく焚火に放り込み、わざとジュラルミンケースをさかさまにして、焚火の上でバンバンとたたいて見せた。


「はい、すっからかん」


「すっからかんって、あんたねえ・・・」


唖然呆然状態の4人を前にして桜子、立ち上がりながら

「改めまして、東雲桜子です。よろしくね。」


「いちおく・・・いり、いるお、いち・・・」

美和に抱きかかえられたまま、なにか叫んでいる則子。


晴義、昨夜のスリーカラと大学入学資金のことを思い出す。

(晴義君、お金いるわよね)


ガラガラと心の中で何かが崩れ、その場でひざをついて、泣き出してしまう晴義。


そんな彼らの様子を見て桜子

「・・・シャット・アップ!連中に騙されないで!みんな、わたしを見て。」


「・・・。」


「暗黒の未来とか言ってたと思うけど、あんなの嘘っぱちだから!」


一同、あまりの状況に言葉も出なければ、微動だにもできない。


桜子、その様子を見て呟く。

「ま、寝ぼけた頭にはちょっとショックだったかしらね・・・」


焚火が札束で火力を高め、飯盒からぶくぶくと泡がふきはじめた。




「う、ううっ、ううっ・・・!!」


燃える札束を見つめていた晴義、突然立ち上がると時の瞳を開眼させ、別の時間軸を形成させはじめる。


「くううううっ!!!」


「晴義?!」


一同、驚きの中、飯盒からぶくぶくと垂れていた汁や煙が逆転し、灰から札束が復活していく!


「く、くああああっ!」


晴義、渾身の力を左目に集中させ、時の流れに逆らうが、復活する札束の動きが止まっていき、やがてまた灰に戻っていく・・・!!


「・・・!!!」


汗だくの晴義、自分の力が及ばないとわかったのか、またがっくりと膝をつく。


慶子、さっと桜子の顔をみる。

彼女の右目がサングラスの奥で赤く光っていたのを見逃さなかった。


桜子、悟られまいとサングラスをぐいと額におしつけるようにしながら、

「九月晴義くん、諦めなさい。このお金はここにあってはいけないお金よ。」


晴義、だらだらと涙をこぼしながら、うなだれる。


美和、たまらなくなって

「晴義、ご両親がいないから、あれの一部を大学資金にしようと思って・・・」


「それとこれとは関係ないです。連中の作戦にのってはダメなの。」


飯盒が炊け、炊きたての白米と焼けた魚の香りがあたりに立ち込める。


やるせなさ感100%漂う慶子、晴義らを目の前に叫ぶ桜子。


「さあ、できたわ。1億円の朝ごはんよ!」



ロッジ外、キャンプテーブル

一同、まるでお葬式のような雰囲気で朝ごはんを食べている。


桜子だけすがすがしい表情で

「なんて清々しい朝でしょう・・・記念すべき朝食になったわね!」

とか言いながら、バシャバシャとスマホで料理やテーブルの風景を写真に撮っている。


美和がつぶやく

「そうね、1億の札束を朝っぱらから灰にすることってそうそうないですから

ね・・・。」


則子、しみじみとした表情で

「このお米1粒で100円ぐらいの価値があるのかしら・・・あむあむ・・・」


慶子、桜子を見ながら

「あなた、ひょっとして昨夜からわたしたちの様子を見てた?」


「ええ、まあ、そうね。」


「なら連中を止めるとかしなさいよ。」


「あの女子らが何を話すのか、まずは聞いてみたかったのよ。別にいいじゃない。それにここはわたしの土地と別荘よ、自分の所有地でどうふるまおうとわたしの勝手ですから。」


「くっ・・・」


何も言い返せない慶子


桜子、一通り朝ごはんを食べた様子で口元をナプキンで拭きながら

「さて、わたしの今回の役目は終わったかな。」


「え?」

「えっ??」


「ではこの辺でおいとまいたします。またね、姉さん、そしてルーデンスの皆さん。」


「ちょ、ちょっとまだ色々聞きたいことが・・・」


「ごめんなさい、急ぎの用があるので、これでー。」


立ち上がり、止めてある車のほうへと歩き出す桜子。


「あ、そうそう。」


ふと、ぴた、と立ち止まり


「ロッジの使い方が最近雑よー、掃除、後片付けが行き届いていません!あれはわたしの別荘です。そこんところ、よろしくね。」


一同が唖然とした態度で見送る中、レヴァンテのエンジンをボボボボとかけ、何処かに走り去っていく桜子。


「しょ、衝撃的すぎますね。」


「あれが桜子よ。」


「・・・・。」







高速道路

レヴァンテを運転中の桜子

ダッシュボードのスマホで何かを見ている。

GPSアプリで何かの位置をマップ上でトレースしている様子だ。


「みーつけたっと。」


ガフゥッ!

レヴァンテのギアを1段落としてアクセルを派手にふかす桜子。




都内某所 アチョークの邸宅 周りを林に囲まれている

かなり豪華な門構えだ。


車庫にエジルたちが乗っていたキャンピングカーが停まっている。

キャンピングカーの下部フレームに接着粘度で固定されているスマートウォッチが見える。

桜子の手によってGPS発信機として使われた様子だ。


キャンピングカーから降ろされる時間犬のケージと超伝導コイル「No.8」。


アチョークが邸宅から出てきてエジルらと話をしている。


「交渉は決裂ですか。」

「どうかなあ・・・彼ら次第?」

「九月晴義くん次第かも。」

「九月晴義・・・DNAt(ディーナット)の適正あった少年ですね。」


ケージから時間犬が降ろされたそのとき、さっと3人の右目がほぼ同時に赤く輝きだす。


(はっ!)


アチョーク、モノトーンとなった枯葉舞う木陰にフラッシュ現象でスナイパーの影を見る。


「隠れろ!」


バンッ!  パン、 パン、 パン・・・!!

アチョークがそう叫んだ瞬間に邸宅外の茂みの中からセミオートスナイパーライフル(M3カービン)で連続する激しい銃撃音!

時間犬もさっと身構え、ぐるると喉を鳴らすと目が青く輝きだすが


ギャウン!


狙撃音と同時に地面に倒れる1匹の時間犬、

そしてもう1匹!・・・2匹とも脳天を撃たれている!即死の様子!


ギャン!


もう1匹は胴体を撃たれ、その場に倒れ込む!


アチョーク、エジル、スリーカラ、あわてて車の影や犬のケージの影に隠れる。

アチョーク、撃たれた犬たちを見て激高しはじめる。


「くそっ!!なんだ、何処からだ?」


「わたしから見て1時、塀の傍の・・・木の枝にいるわ!」


「あんな不安定なところから狙撃してるのか・・・!!」


「一体何者・・・」


パン!パン!パン!


狙撃は続いている。


アチョーク、車に隠れながら運転席ダッシュボードを開けて、ハンドガンを数丁出し、エジルらに投げ渡す。


「ちょっとぉ、こんな銃じゃ・・・。」


「なにもないよりマシ、そろそろ奴がリロードするわ。」


「アチョーク、援護して。わたし門の方に走る。」


「いや、俺に行かせてくれ」


「そんなでかい身体、いい的になるわよ!」


エジル、そういうとケージの影から飛び出して邸宅の門のほうへと走り出す。

狙撃者が潜む木の下にいくつもりだ。


狙撃者、あわてて木から飛び降りると、スモーク弾を2個、門前の地面に投げる。


エジル、門前に到達すると煙幕に向かってメクラ滅法にハンドガンを撃ちまくる。


パン!パン!パン!パン!パン!


しかし手ごたえのない中、

ガルン!

アクセルを吹かす音がし、タイヤが土を噛む急発進音がしたかと思うと、現場は一気に静寂を取り戻した・・・。


「くそっ・・・・」


舌打ちするエジルの傍に、スリーカラ、アチョークと邸宅にいた部下らしき男たちが駆け寄ってきた。


「姉さん、大丈夫?どんな奴か見た?」


「いや、見えなかったけど・・・この門前につながる監視カメラがあるから、それに映っているかも。」



邸宅前に狙撃されて倒れている3匹の時間犬


アチョークが涙目で3匹を見ている。

スリーカラがアチョークをなだめると、がくっと腰を落として、声をあげて泣き始める。


エジル、腹部を撃たれ、虫の息の時間犬に近づいてきて

「こいつの傷はもとに戻せるだろうけど・・・」

エジルの左目が青く光はじめる。

銃創から弾が出てきて、傷口が塞がっていく・・・。


目線を頭を撃たれた2匹に向ける

「あの2匹は頭を撃ち抜かれている・・・」


左目が光っているスリーカラ、泣いているアチョークに

「難しいと思うけど、やるだけやってみる?」


「いや、いい、いいんだ・・・。」


アチョーク、死んでいる時間犬の首をなでながら見開いた目をクローズさせる。


スリーカラ、その様子を見ながら

「これで連中との交渉は完全に決裂ですわね。」


「そうなるわね。」


エジル、スリーカラ、邸宅の入口ドア脇に立つ人影に気づく


「なんだ葛桐、いたのね。手伝ってよ。」


邸宅のドア内側から話す葛桐壮太(くずきりそうた)、外には出てこないでいる

「すいません、寝てたので・・・」


「うそつき、どうせ高見の見物でもしてたんでしょ。」


「僕が気づいたときには、もう門前で煙が出てましたし」


「あっそ」


「ちょうどいいわ葛桐、前に話していたプランB、発動よ。」


「・・・わかりました。」




アチョークの邸宅

映像室


監視カメラ映像を見ているスリーカラとエジル、アチョーク


「映ってる?」


「映ってるけど・・・あんまりはっきり映ってないわね。」


「車のナンバーは?」


「なんか特殊なコーティングでもしているのか・・・カメラに映ってない。」


「なにそれ・・・。」


アチョークは無言でモニターを見ている。

愛情を注いで育てた時間犬たちが殺された怒りを何処にやることもできないでいるが、その立ち姿からは恐ろしいほどの復讐の念を感じる。


カメラ映像の一角を拡大してスローで再生するスリーカラ。


「スナイパーポンチョに身体を包んではいるけど、身のこなし方からして女性よね。」


「まるで防犯カメラの位置をある程度予測しているかのような・・・」


モニタ上にぼんやりと映った人影を見ているエジル


「こいつ、何者なの・・・?」

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