第12話 時間銃
数日後、伊豆山中にあるロッジ
慶子が運転する車(パジェロ46Wロング)が到着し、則子、美和が降りる。
美和が後部座席で寝ている晴義を起こす。
「晴義、着いたわよ」
「え、あ・・・ほんとだ」
「よだれたらしてる」
「え、お、おっとと」
おっかなそうな表情の則子
「ここが合宿の場ですか?」
慶子、荷物を降ろしながら
「そう、ここの地下ね」
「地下??」
「なんでわたしまで・・・」
全然乗り気ではない様子の美和、のろのろと3人の後をついていく。
ロッジに入ると、広々としたリビングと複数のベッドルームが目に入り、はしゃぐメンバ。虚ろだった美和の目も輝きだした。
「すごいですね。先生の妹さんの別荘って言ってましたっけ」
「そうね。あまり散らかしたり傷つけたりすると、妹の怒りにふれるわよ。気をつけてね。」
「はーい。」
ドカドカと荷物を部屋に置いて、ロッジ内を散策しはじめる3人。
慶子はリビングテーブルの上に置かれた荷物を空けながら、それに挟まったメモを見ている。
「さて、では今回の合宿の趣旨を説明するから、早速全員地下室に集合!」
「えー、湖も近いし、初日はキャンプでもするかと思ったのに・・・」
ぶつぶつと言いながらも地下室という物珍しさも加わって、慶子について階段を降りていくメンバ。
地下に降りるといかにも厚そうなコンクリートに囲まれた1本の廊下、そしてその廊下にはいくつかの部屋があり、一番奥の部屋がとても広い空間になっていた。
その空間には人の形をした「的」と耳栓用のイヤーマフが壁からいくつかぶら下がっていて、人型の的にはいくつか銃弾がうちこまれたままになっているものがあった。
分厚い扉からして、おそらく周囲への防音も完璧だろう。
「先生、これってまさか・・・」
「見るからに銃器の練習場よね。」
「そう。ここで銃を撃つ訓練をしてもらうわ」
「え、本物の銃?!」
晴義、真っ青な顔で
「ちょ、先生、仲間意識を高めるための合宿じゃないんですか?これ。」
慶子、その疑問には答えず、先ほどリビングテーブル上にあった荷物を空け、中身をメンバに披露した。
「・・・これは『時間銃』と言ってね、普通の銃に少し手を加えたものよ。」
「時間銃・・・」
そのワードを聞いてざわつきが一瞬で収まる3人。
「通常の銃だと時の瞳の効果下の時間戦では、時間の流れの影響を受けやすいため、ターゲットをはずしやすんだけど、この時間銃は対応チップが搭載されていて、トリガーがひかれてから撃鉄が下りるまでのタイミングを自動で制御し、ターゲットにあてやすくする機能が備わっているの。」
先日の時間ゾンビとの戦いを思い出す晴義
「・・・僕は時間を操作して、敵の攻撃を避けたんですが、ああいう挙動をする相手に対し、弾を当てやすくする機能ですか」
慶子、箱から一丁の銃を取り出し、銃口についているレーザーサイトのような部分を指しながら
「そうよ。相対性理論やら、ドップラー効果やら、なんちゃらかんちゃらのセンサーがこれ。これ大事。」
「今、一言でものすごくまとめましたね。」
「弾は普通に殺傷能力のある弾が出るのですか?」
「・・・そうよ。人も殺すことができるわ」
「・・・・!!」
それを聞いて絶句する一同
「まあ、それだけに使うものでもないんだけどね。」
「え??」
慶子は淡々と説明を続けた。
「時間銃はわたしたちの手元には今は3丁だけあるわ。晴義君はこれがいいかな。」
晴義、無言でクロアチア製のHS2000を慶子から受け取る。
「手に入った市販品を改造したものなので、銃の種類は各自ばらばらよ。女子は軽いほうがいいから、これね」
則子はグロック17を受け取った。
慶子、残りの銃、ユーゴスラビア製トカレフM57を手にとりながら
「わたしはこれ・・・美和ちゃん用の銃はとりあえず今はなしで」
美和、少しほっとした表情で
「あー、いえ、わたしの分はなくてもいいので」
「でも、練習だけはしてもらうわ。練習はとりあえず則子ちゃんの銃でやってもらえるかしら」
むすっとした表情になる美和。
「・・・・。」
その一方で顔に縦線が入っている晴義。
(キャンプ、BBQ、釣り、湖畔でのアクティビティ・・・)
友情を深めるための楽しい合宿の図を想像していた晴義の頭の中で、がらがらと音を立ててその絵ずら達が崩れていった。
銃を握りしめながら半泣きの晴義をよそに話を進める女子たち。
「いきなり実弾撃つ練習をするのですか?」
「まさかまさか。あそこの戸棚に今渡した銃と同じモデルガンがあるわ。まずはそれで銃の構造や弾のこめかた、セイフティ機構などを学んでもらうわ。」
「先生は銃に詳しいのですか?」
「まさかまさか。わたしも銃をいじるのははじめてよ。」
一同
「えーーーーー!」
「時間銃のことは主人や馬酔木くんからは聞いていたけどね。こういう日が来るとは思ってなかったので・・・わたしもあなたたちに教えられたものではないのよ。」
「って、じゃ、誰が教えてくれるんですか。撃ち方とか、敵の倒し方とか。」
「銃の安全な扱い方とか、銃の基本的な使い方、撃ち方は各自ネット検索で調べてくだっさいっ!」
「またネットですか!」
慶子、開き直って
「わたしもちょっと調べたけど、ネットにだいたい書いてあったわ。あとはそれらをよく読んで、独学で覚えてください。まずは銃の安全な扱い方から学んでね。」
「て、敵が出てきたらどう対処するんですか。銃の講師の教えなしで!」
「普通こういうときって、コーチつきますよね!?」
「そうですよ。わたし、パニックでまともに狙えもしないと思うわ。」
「なら、時間犬に噛み殺されるか時間ゾンビになるしかないわねー」
「いや、そんな・・・」
慶子、どこか悲しげな表情になって
「連中は何を考えているかわからないの。明日殺されるかもしれない。今は少しでも対処方法を自分たちで身に着けるしかないの。わかってちょうだい」
晴義、呆然とした表情で
「連中は僕らを殺す気があるかどうか・・・、まだはっきりわからないんじゃないですか?」
「そうですよ、試されているだけかもしれないって、先生言ってましたよね。」
「いえ、先日のゾンビらを見て、対話する気はないと思ったわ。少なくともまともな扱いを受けるとは思えない。あと・・・」
慶子、美和のほうをちらりと見て
「殺されないにしても、拉致られて彼らの策略に利用されるのかもね。」
「彼らの策略・・・??」
「ええ、わたしのカンだけど。でもすべては今のところ謎よ、わたしにもわからない。」
地下室 共有スペース
慶子のいない場所でモデルガンをいじる晴義、則子、美和の3人。
晴義と則子、ソファーに座りながらなにかぶつぶつと言っている。
美和はゴーグルをかけて、モデルガンに弾をこめているような仕草。
「・・・なんでこんなことになったんだろう。」
不貞腐れた表情で銃をかちゃかちゃ、くるくるさせる晴義に向かって則子
「先輩、銃で遊ぶとツキが落ちますよ」
「これ以上ツキが落ちるわけないよ。普通に高校生したい・・・」
「椿坂先生も言ってましたけど、そろそろ覚悟決めなきゃいけないのでは・・・」
「僕ってそんなに重要なポジションをしめる人間のように思えないんだけど」
「いや、ゾンビやら犬やらに襲われてるんです。なんかあるんですよ。」
「だいたい平和な日本でこんな銃を振り回す訓練なんて・・・」
パン、パン、パン!
モデルガンの空砲が二人の会話をさえぎった。
美和が試し打ちをしたのだ。
「なんだよ、美和か。びっくりしたな、もう」
「これ空砲よ、実弾じゃないわ。」
「美和先輩、様になってますー」
「ふふ、そうかしら。」
このあと3人は慶子から銃器類はモデルガン含め、絶対に地下室から出してはいけないという注意を受けた上で練習を開始した。
敵に銃を扱っていることはもちろん、ロッジ周辺の住民にも銃の存在や発射音を気づかれたくないからだ。
最初はモデルガンを用い、銃の構造、安全な取扱いから練習を開始し、モデルガンの空砲やBB弾を使うことで実弾発射の感覚と射的の感覚を学んでいった。
平日は練習できないので、週末、祝日になると4人が集まり、慶子の車でロッジに行くという日々がしばらくの間続いた。
慶子が本業の職務で週末時間が作れないときは、3人で電車に乗り、ロッジに向かった。
ーロッジの外で記念写真を撮る4人ー
ーおぼつかないテクで薪を割る晴義ー
ー白樺の樹に記念として自分の名前を掘り、慶子から樹々を大事にしなさい、と注意を受けている則子ー
ー夜のキャンプでBBQをして、鉄板大臣を務める美和ー
ーそして時の瞳を使いながらの「時間戦」サバイバルゲームー
最初は嫌々だった3人も、この合宿を通じ銃の扱いに慣れ、時の瞳を使った摸擬戦を行うことによる時間銃への適応と、フェローシップの意識が生まれようとしていた。
特に「時間戦」サバイバルゲームは晴義たちの「時間戦」に対する意識とポテンシャルを高めた。
そしていつまた先日のような襲撃をうけるかもわからない・・・その恐怖心も彼らを突き動かした。
「今日はペイント弾を使うわ。BB弾とは違って、撃たれた箇所や回数、誰に撃たれたか、などがはっきりしますので!」
「なんか集中攻撃されそうな気配・・・。」
2チームに分かれ、ペイント弾を用いて実際に撃ち合っている4人。
1時間後・・・身体じゅうにペイント弾をくらい、どろどろになっている晴義。
それを見て笑う女子3人・・・。
時間ゾンビ戦で見せた動きに銃さばきが加わり、もちろん戦闘はド素人だが、一連の訓練が無駄ではないことが彼らの勇気と自信につながっていった。
ゲーム後、ロッジ内のシャワールームでシャワーをあびている女子たち。
「あの銃があれば、またあんなふうな戦闘になっても・・・」
「そうね、勝てるかもしれないね。」
また、檍美和の態度の軟化は慶子をほっとさせた。
シャワー後、地下室で談話している美和と則子
則子、美和の着替えの中に古い懐中時計があることを見つけて
「わあ先輩、素敵な時計ですね。」
「ああ、これ・・・これは先祖代々わたしの家に伝わる時計なの。お祖母ちゃんが18世紀のものだって言ってたわ。」
「それってすごいです。超骨董品ですね。」
「わたしのお祖母ちゃんがそのまたお祖母ちゃんから譲り受けたものだって言ってたわ。肌身離さず持ってなさいって・・・今じゃお守りのように持ち歩いているわ。」
「すっごい価値がありそう。外国製ですか?」
「スイスらしいわ。」
「すっごい綺麗です。ちゃんと動いているんですね。」
「1年前に調子が悪くなって、お祖母ちゃんの知り合いがメンテしてくれたの。今でも元気に動いているわ。」
「へえ・・・」
則子、美和から時計を受け取ると、ピリリと静電気のような痺れを感じる。
「うわっ、びっくり!」
「静電気?」
しげしげと時計を見つめる則子
裏に英文が刻まれているが、擦れ切っていて読めない。
「先輩、何か文字が掘られてありますね。」
「ええ、そうなの。でも文字が擦れすぎてて読めないのよね。」
「なんだろう。S・・・サラ・・・ブリッグ??ド?? to S・・・O・・・ソフィア・・・M・・・」
「以前の所有者の名前でしょうね。遠いご先祖様かも。」
「すごい、本当に外国のものなのですね。ご先祖様のものだとしたら、美和先輩の血に外国人の血が?」
「だとしたらロマンよねー、どんな方たちだったのか・・・」
コチコチと時を刻む美しい懐中時計の表面に、時計を眺めながらニコニコしている美和と則子の顔が映っている。
時計の文字盤に小さな青い光の筋が走ったが、2人ともそれに気づいていない。
「・・・美和先輩、よかったです。」
「何が?」
「いや、最初にこのロッジに来た日、めっちゃむっすりとした顔をしていたけど、最近なんか笑顔ばかりで。」
「ああ、まあね・・・あのときはね。不安だらけだったし。それに・・・」
「それに?」
「彼氏と別れたばかりだったし」
「え、彼氏さん?!いたんですか!?」
「晴義にはナイショね。」
「ナイショなんですね。」
「あいつ最近鼻息荒いし、わたしに男がいること、知ってるふうだったので、今のままの距離がいいかなと思って。」
「そうですかー」
「でも、ここに来て、銃の練習しているうちに、なんかすっきりしてきたわ。わたし、こういうの好きなのかも。」
「最初はわたしたちに合流することも躊躇されてましたよね。」
手にした銃を見ながら、
「そうなんだよね。なんか怖くてね。正体を晒すのがね。でも、影で晴義を見ていると、いつまでも隠れていられなくなってね。」
「・・・ところで美和先輩は、休日泊りで出かけること、ご両親に何て言ってるんですか?」
「ダンスサークルの合宿練習。」(笑)
「そんなんで外泊許可出るんですか!」
「わたしが週末いなくなって、夫婦水入らずの時間が増えたってことで、それなりにいいかんじっぽいわよ。」
「まあ、お父様、お母様、まだまだお若いのでございますわね!」
「ええ、弟か妹ができたらどうしましょう。おほほほ!・・・って、あなたはどうなのよ。」
「わたしは母子家庭ですけど母がそれなりになんでも許容してくれる人なので」
「そうなの?」
「かえってわたしがいないほうが、母も週末時間を自由に使えますから!?」
「まあ、あなたのお母様も、まだまだお若くてお盛んでございますわね!?」
「そのようでございますです!おほほほ!」
パン!パン!パン!
二人の会話をよそに、ガスガンで射撃の訓練を続ける晴義
「・・・晴義先輩はどうなんだろ。ご両親、心配してないのかな・・・」
「・・・」
その質問には答えず、黙り込む美和。
先日晴義の自宅前に慶子と車で行ったときの風景を思いだす。
暗く静まり返った家・・・
晴義、二人の視線をよそに、黙々と射撃の訓練を続ける・・・
夜 ロッジの外
野良犬型の時間犬がロッジの傍で聞き耳をたてたり、臭いをかいだりしている。
一瞬、何かに気づき、頭をあげる時間犬。
左目が青く輝きだし、時の瞳を使う仕草を見せたその次の瞬間!
バスッ!
小さな射出音がしたかと思うと「キャン!」と声をあげてドサリとその場に倒れ込む時間犬。
白樺林の向こうから、小型の折りたたみ式ボウガンを持った人影が近づいてきて、犬の死骸を見る。
「・・・。」
女性らしき人影は少し周囲を見回しながらボウガンを折りたたみ、バックパックにしまうと、犬の死骸をまさぐって刺さった矢と首輪をとり、耳から何か小さな機械を引き抜いた。
そしてそのまま死骸を引きずり、ロッジ脇の川にぼちゃりと投げ捨てた。
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