第11話 Ludens in INDIA

インド チェンナイ


海岸の傍にある朽ちたインド人学校の一角

藤棚の下、木漏れ日が落ちている。

その先に見える教室に数名のインド系の人々が集まっている。


教室には壁がなく、良く言えばオープンテラス カフェのような雰囲気で、教室と校庭がそのまま繋がっている。


校庭といっても、バスケットボールコートほどの小さくて狭い校庭だ。雑草もあちこち生えている。

周囲にある林から小鳥のさえずりや風にそよぐ樹々の葉音が聞こえてくる、極めてのどかな風景・・・。


黒板の前の椅子に腰掛けるルーデンスのリーダー、ジュリア。

先日、ポーランドでナチスの黄金列車を地中から引き上げた一件とほぼ同じメンバがジュリアのほうを見ながら各々椅子や机の上に腰掛けて話をしている。

教壇の横には大きなモニターがあり、何かが映っている。


「九月晴義が覚醒しかかっている・・・よね?」

「どうだろう?そうなのかな。」

「もし彼が覚醒したら、檍とセットになると面倒よ。どう扱うの?」

「時間巫女・・・檍美和は我々の側につけたいところだが・・・九月晴義と幼馴染じゃ、我々につく可能性は低いな。」

「消しますか」

「時間巫女を消すのは惜しい。なんとかこっちにつけるべき」

「とりあえず檍をさらってこよう。それから考えるか」

「洗脳できるかもしれんしね。」

「ああ、洗脳いいね。」


「アチョーク、聞いてた?」


パソコンのテレカン画面に東洋人らしき顔つきのごつい身体をした男が映っている。

アチョークと呼ばれたその男が答える。


「ああ、聞いてた。あと2ヵ月ほど日本にいるので、その間にやるか。葛桐(くずきり)に連絡するよ。」


「・・・『NART』の準備、もっと加速したほうがいいのでは」


「九月晴義がそんなに気になるか」


「少しでも計画の邪魔をしそうなやつは、消しておいたほうがいいと思って」


教室の隅に座っていたインド人男性のバランとプラカシュがちらりとジュリアの表情をうかがう。

ジュリア、一点を見つめ黙っている・・・。


アチョークがモニターごしに発言する。

「だが、万が一『デモゲ』がうまく機動しない場合、九月のようなやつの力を借りる必要があるぞ。」


「ちっ、いまいましい・・・」


「・・・何度も言うけど、説得できないかしら。」


「九月たちをかい?」


「またその話か」


「わたしたちの組織に入れてしまえば、こんなふうに彼らの行動を気にする必要がなくなるわ」


「我々の目的と思想は理解できんよ」


「彼らと一度も会話しないうちに、決めつけるの?」


「そうよ、あんなゾンビまで使って怖がらせておいてさ」


「あれはわたしも反対だった」


「やっぱり調和から入っていったほうがいいわよ」


「こんなガキどもになにがわかる!」


「対話したところで時間の無駄だろう。それは前も話し合ったはずだ。我々に必要なのは時間だ。」


「そうだ。こうしてる間にも時間はどんどんと過ぎ去っていく。計画そのものが難しくなるのだ。」


「ああ、時間をかけて調和を目指すよりも手っ取り早い手法がいい。この議論はもう蒸し返さないでほしい。」


エジルという名のインド人女性が手をあげながら話す

「・・・わたしも日本に行こうかしら。ちょっと色々見てくるわ。スリーカラもどう?」


スリーカラと呼ばれたインド人女性、クッションに寝そべっていた体制から身体を起こしながら

「いいわね、じゃあ姉さんと観光がてら彼らにコンタクトしてみよっと」


プラカシュが質問する

「そもそも何と言って彼らに近づくんだ。」


スリーカラが少しとぼけた素振りで答える

「そうね・・・『地球環境問題について』!でどうかしら。」


「ありきたりすぎじゃないか。そんな内容で彼らが興味を示すかね」


「我々の仲間に誘うんだろ?そんな口実じゃ嘘をついていると逆に思われるだろう。」


「じゃあ、他にいい口実がある??わたしたちの思想や本当の目的をそのまま伝えるよりはマシでしょ?」


「まあ、そうかもしれんが」


脇にいたインド人男性のマニカワサガムが否定する

「・・・いや、やはり彼らに会う必要性を感じない。さっさと片づけて前に進もう」


エジル、その声を無視して

「ねえ、日本に行っていいでしょ?ジュリア」


ジュリア、ゆらりと顔をあげながら

「・・・あらゆる可能性を試しましょう。許可するわ」


「やったあ」


ジュリアの判断に面白くなさそうなマニカワサガム

「ふん・・・」


「馬酔木ー、『コイル』3つほど買うよ。準備しておいて。」


テレカンの画面に「MASUKI」の文字が出る


「了解。コイル3基・・・お買い上げありがとうございます。」


「あと、『4番』コイル、レンタルさせてくれる?」


「・・・4番は必ずHMとセットで運用すると約束してくれますかね。」


「するする。」


バランが会話に割って入る。


「馬酔木」


「はい、なんでしょう」


「3か月後ぐらいに予定している例の『実験』には立ち会えるんだろうな」


「ええ、立ち会いますよ。では『ルーデンス』の皆さま、『実験場』で会いましょう。僕はこれにて」


テレカンの画面から消える馬酔木のアイコン


「・・・ジュリア、奴らと馬酔木の関係、なんとかならんのか」


「もともと馬酔木は奴らについていたんだ。どうしようもないだろう」


「馬酔木の代替えもおらんしな。」


「ある意味奴のダブルがいつまで続くか見ものだな」


ジュリア、目を閉じながら

「今度の『実験』は前哨戦でもある。なにがなんでも成功させねばならないわ。馬酔木のフォローが必要です。」


プラカシュ、手元の『実験』用書類を見ながら

「・・・なんだこのオペレーション”M”って」


「馬酔木がつけた実験名よ」


「やつの名前の頭文字か?図々しい」


「いや、なんでも日本の宗教団体が昔街中で行った実験からとったとか言ってたな。」


「日本人はどうでもいいところにこだわるわよね。」


「我々のようにおおらかにはなれないのよ。」


「海に囲われ、守られ、ぬくぬくと育った小民族の宿命だな。」


インカムで盗聴しながら聞いている馬酔木


「ふん、裏金とおかしな国家権力でがんじがらめの連中がよく言うぜ。」


馬酔木、ラップトップPCを閉じ、インカムを置くと部屋を出る。


部屋の外はすぐエレベーターホールになっており、馬酔木はエレベーターを使ってそのまま下の階へと降りていく。

古く、狭いエレベーターだ。


エレベーターを降りると、ビルの1Fがそのまま工場になっており、目の前に色々な車のエンジンや船のディーゼル機関が置かれているスペースがある。

どのエンジンもきちんと動くのかどうかわからない朽ちた状態だ。

そのスペースの奥にある工作テーブルの上で数人の主婦が何かを組み立てている。


馬酔木、タバコを吸いながらビル入り口のほうへと歩いていき、日の光を浴びると大きく"のび”をする。


「くっ、ふぁああああ」


昭和の臭いがするビルの壁に「花田モータース」という看板がかかっている。


ビルは港に面して立っており、大きな貨物用倉庫がビルの1Fと直結して、そのまま工場となっている外観だ。


運送屋の倉庫構造と同じで、トラックに荷物を積みやすい高さに出庫口がある。


工場の入り口付近には錆びた車のボディ、エンジン、鉄骨、鉄パイプが散乱していて、その片隅には大きな荷台を持つトレーラーと黄色いリフトが数台停まっている。


「あら、馬酔木さん、お顔を見るのは久しぶり」

主婦の一人が馬酔木に気づき、話しかけてきた。


「ああ、アキさん、こんにちは。たまにはお日様の光をあびるないと、ですからね」


アキさんと呼ばれた主婦はニコニコした表情で馬酔木に近づいてくる

「そうですよ。部屋にこもりきりは身体によくないですよ。」


「・・・コイルの在庫っていくつありました?」


「5つです」


「3つ売れたので、3つ新たに作っておいてもらえますか。」


「わかりました。材料足りたかしら。」


「足りなければ調達してくるので、言ってください。」


「わかりました。」


「あのディーゼル、動くようになった?」


馬酔木の目線の先にはレストアされた巨大な船舶用ディーゼルエンジンが大型のエンジンクレーン下に鎮座していた。


「なりました。完璧です。」


「さすがはアキさんだ。出荷時期きたら連絡します」


「はーい」


タバコを投げ捨て、エレベーターに戻る馬酔木


工作テーブルを囲んで何か楽しそうに話をしながら主婦らが働いている様子をちらりと見る。


うち、一人の主婦が馬酔木の目線に気づき、少し微笑む。

馬酔木、スマホを少し振りながらその主婦にアイコンタクトを送る。


「やっぱ主婦とアナログが一番だねえ」


閉まるエレベータードアの奥に消える馬酔木

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