第9話 時間巫女

美和、時間犬を恐れる素振りなく、神楽鈴をならしながら晴義らに近づいていく。

時間犬はうろたえた様子となり、首をたれると後ずさりしながら、時間の狭間に消えていった・・・。


シャリン!!


美和が鈴をひときわ強く鳴らすと、時間の狭間が閉じていく動きを見せ、晴義らを囲んでいた時間ゾンビたちが苦しそうな声をあげはじめた。


「ぐおおおおおん!!」


「じ、時間犬とゾンビが・・・」


「みて、時間の裂け目も・・・」


時間ゾンビ数体は時間の狭間に戻っていったが、数体は時間の狭間が閉じるまで戻れずにその場で力尽き、地面と同化するように消えていった。


「うおおおおおおおん!」


まるで地獄の苦しみを受けているかのような断末魔の悲鳴をあげる時間ゾンビたち・・・!!

晴義、聞きたくないという表情で必死に耳を塞いでいる。


ごごごごごごご・・・・

時間の狭間が閉じていく・・・狭間の隙間から数体の時間ゾンビがまだこちらを見ている・・・


「ふう・・・」


汗だくだが、落ち着いた表情で晴義らに歩み寄る美和。

一方、ひざがガクガクと震え、何が何だかわからないという様子の晴義。


「み、美和、きみはいったい・・・」


「・・・バレちゃったね。もう少し隠しておくつもりだったんだけど」


「き、きみもルーデンスなのかい?」


慶子がややうかぬ顔で即否定した。

「ちがうわ」


その声を聞いて、ちらりと慶子を睨む美和。


「彼女は時間巫女・・・古代日本から存在する 時間を司る行事を遂行する時間神官、つまりわたしたちルーデンスをサポートする役目を負った者のことよ。」


「時間・・・巫女さん・・・?」


「ええ、そもそも古代日本では、時間を司る神事は日常的でありふれた儀式だったの。」


開き直った態度で話を続ける美和。

「『時祭』で神官が扱う時間の流れを見守り、神官の精神と時の流れに誤りが生じないように見守る役目を負う・・・それがわたしたち時間巫女の役目。」


美和、慶子をちらりと見ながら

「・・・まるでコイルがあの物質で安定化するかのようにね。」


檍美和のそのセリフを聞いて、はっとする慶子。


(何、この子、そこまで知っているとは・・・)


晴義がさらに質問する

「み、美和はまさかその古代の時間巫女さんの末裔・・・とか」


「・・・そうだと思うわ」


そのとき、ごうごうと音をたてていた時間の裂け目がピタリと閉じようとしていた。

モノトーンだった周囲の風景が元の色合いを取り戻しはじめる。


慶子が慌てた表情で叫ぶ。

「いけない。ここ一帯の時間が正常に戻るわ。」


「せ、先生、殺された生徒の死体が・・・」


「大丈夫、もう無いわよ・・・」


「え?あれ?」


さっきまで血の海が広がっていた校庭に、血の跡も殺された生徒の影も形もなくなっていた・・・!


「時間軸の狭間で無かったものとして扱われたわ。」


「え?え?」


「思い出して、わたしの主人も消えたと言ったでしょ」


「!!!・・・。」


「こういうことよ。彼らはこの時間軸では存在しない者として扱われたの。」


「そ、そんな・・・じゃあ、僕がさっきの闘いで死んでも・・・」


「同じように消えたかもね。さあ、こんな薄汚れた恰好で校庭に突っ立っていると不信に思われるわ。一旦、保健室に行きましょう。・・・檍さんもいいかしら」


「はい・・・」


美和、そういうと、ぐらりと身体がよろけ、地面に倒れる

「!!!」


晴義、気が付いて振り返り、倒れた美和の身体を咄嗟に支えた。


「美和!どうした!」


「先輩!大丈夫?」


「久しぶりに・・・力を使ったから、疲れた・・・かな」


横荻則子も晴義も青白い顔のままだ


「うぷっ、それ言われると、わたしも倒れそう。連鎖で」


晴義は身体がまだガクガクしている

「ぼ、僕はどちらかというと、ゾンビにやられた生徒が目に焼き付いて・・・」


「いけない、みんな精神と体力を消耗したのね。今日は解散しましょう。わたしが車で皆を自宅まで送るわ。」


倒れていた美和、ふと校庭の上を飛ぶ小型の物体に気づくが、声を出せない。


とりあえず見ないふりをして慶子に身体を起こされ、肩を借りながらふらふらと歩いていく。




校庭の上を飛ぶ小型のドローン


それから送られてきた映像を某所の暗い部屋に備え付けられたモニターで見ている輩がいる。

皆タミル語で喋っている。


「なんだ九月晴義、期待外れだな」

「でもDNAt(ディーナット)の調査では、素質ありなんでしょう?」

「そうだ。先日入手した奴の血液と細胞を調べた。先に追っていた横荻則子よりも恐らく数十倍の力を持っている可能性がある。」

「あんな小僧に『デモゲ』をコントロールする力があるのだろうか?」

「ああ、我々の希望を託すほどの力は無さそうに見えるが・・・」

「さっきの闘いを見ている限りは望み薄そうよね・・・」


ドローンの映像、運ばれていく檍美和の姿をフォローしている。


「それよりも、儲けものがいたな。」


「ああ、檍美和・・・うまく隠れていたな。タイム・シャーマン(時間巫女)め・・・。」


「あの女はこちらに取り込まんとな」




夜、晴義の自宅前


慶子の車からはっきりしない足取りで降りる晴義


「先生、送ってもらっちゃって・・・ありがとうございました。」


慶子、晴義の自宅を見上げて少し怪訝な表情。


(やはり家に明かりがついていない・・・)


慶子、何かを感じたか、わざと晴義に話しかける。


「お母さんに少し栄養のある食事作ってもらいなさい。」


「あ、うち、両親はいないので・・・」


「え、そうだったの。ごめんなさい。」


「いえ、いいんです・・・」


そのやりとりを黙って聞いている檍美和。


「明日ちょうど学校ないし、今日のこととか檍さんを交えて明日みんなでテレカンで話せるかしら。疲れてるし、なんか今っぽいでしょ。」


「わかりました。」


「同意します」


「了解です」


「OK、では晴義君、また明日。」


車を発進させる慶子


(あんなに大きい家に・・・彼一人??)


バックミラーに映る九月家に違和感を抱く慶子





九月家、玄関

ガチャリとドアが開いて晴義が入ってくる

玄関のあかりをつけながら、誰もいない空間に向かって帰宅を告げる晴義


「ただいまー・・・」


ゴミ屋敷とまではいかないが、そこそこ散らかった部屋の中


晴義、さっきの戦闘を思い出し、悪寒が走る。

時間ゾンビに噛まれ、倒れていく生徒たちの姿が脳裏にフラッシュバックするが、何故かその記憶がかき消えていくような印象を覚える。

「あれ・・・??!!さっきまで、あんなに恐ろしいと思っていた記憶が・・・消えていく・・・これが異なる時間軸で生きているということか??・・・彼らは・・・あの生徒の家族や友人は・・・」


その先を考える晴義の脳裏で彼らの存在がどんどん消えていく・・・


数分後、ケロッとした表情になる晴義。


冷蔵庫をあけて、ラップをかけた惣菜の臭いをくんくんと嗅ぐ。

さっきと違って笑顔になっている・・・。


「今夜はこれだな」


インスタントのご飯と、お惣菜をレンジにかける。

リビングの電気をつけると、蛍光灯が切れかかっていて、チカチカと瞬きを繰り替えしている。


「新しい蛍光灯、また買ってくるのを忘れていた・・・」


晴義、電気を消してテレビの明かりだけで食事をとる。


もしゃもしゃと無表情で夕食をとる晴義。


テレビの脇にあるシェルフに写真立てがいくつか置かれてある。

写真立ての表面にテレビの明かりがちらちらと反射している。

どの写真立てにも写真が飾られていない・・・

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