第8話 時間ゾンビ
翌日の放課後
「担当不在」の看板がかかった保健室のドア
保健室に集まった九月晴義、椿坂慶子、横荻則子の3名
ホワイトボードの前で慶子がコーヒーカップを片手に2人へ話しかけている
「とまあ、かくかくしかじかで今までの経緯とわたしたちの紹介がおわったところで、横荻さん、何か質問はありますか。」
「わたしたちが『ルーデンス』と呼ばれる『時の瞳』の術者であることはわかりました。というか、わたしも自分の力には気づいてましたので。でも、時間軸の概念がいまいちよくわかりません。」
「まあ、わたしにもホントのところわからないんだけどね。でも、わたしの考えはこうよ」
慶子はホワイトボードに大きな矢印と、それから分岐してはまた大きい矢印に交わる小さな矢印を書き始めた。
「『時間』ってのは大きな塊で動いていて、その方向はあくまで一方通行よ。後戻りはないわ。わたしたちが時の瞳を使って見たり感じたりしているものは、あくまでその塊の中にある過去の産物というか、古いコピーデータのようなものよ。」
慶子はまたわざと手に持っていたコーヒーカップを床に落とした。
音をたてて割れるカップと床に飛び散るコーヒー。
慶子の左目が青く輝きだすと、割れたはずのカップが宙を舞いながら形をとり戻し、中に入っていたコーヒーもカップの中に戻っていく。
(カップは完全にはもとの形には戻っていない)
その様子を見せながら話を続ける慶子
「そして『時間』はふわっとしたものではなく、案外はっきりしているわ。わたしたちの周囲にある全ての物質1つ1つも『時間』をもった存在よ。このカップ、このコーヒーも『時間』という概念の一部なの。そしてそれを意識することで、時の瞳の力も発揮されるわ。」
カップとコーヒーが逆転する様をじっと見ている晴義と則子。
「時の瞳は使用者の力によって、その取り戻す時間の量が異なるわ。なので、今見ている割れたカップがもとの形をとりもどしたのは、あくまで私の力が及ぶ範囲内での出来事で、宇宙そのものの時間が戻ったわけではないの。」
慶子の掌に戻っていくコーヒーカップを見ながら晴義が発言する。
「映画とかでよくあるような・・・全ての時間が戻る原理とは違うってことですね。」
「そうよ。数秒の時間のブレや矛盾が生じることになるけど、たった数秒の時間がこの地球上の一部でブレたところで、大きな時間の流れに影響はないのよ。」
「時間の分岐もそうだ、ということですね。」
慶子はホワイトボードの矢印の流れに細かい流れを足しながら話し続けた
「そう、細かい時間分岐は時間の大きな流れにとって、どうでもいいことなのよ。大河に細かい支流が生まれ、やがて結局大河に統合されるかのようにね」
則子が怪訝そうな顔で質問する
「じゃあ、わたしたちの存在や行動なんてどうでもいいじゃないですか。なんでわたしたちを付け狙う連中がいるのですか?」
「それがねー、まだわからないのよね。」
「はい?」
「たぶんなんだけど、わたしは雑魚なの。なので連中はわたしの存在は見ていたけど、相手にはしないでいた。でもそこにあなたたちが現れて、なんかいろいろ忙しくなってきたってことは、連中はあなたたちに注目しているってことよね。」
「はぁ・・・」
「で、先日時の瞳に開眼したばかりの晴義君に急接近してきたってわけ。まるで晴義君の開眼を待ってましたとばかりにね。」
時間犬に噛まれる瞬間を思い出しながら、噛まれた手をさする晴義
「僕らはこれからどうすれば・・・」
「とりあえず色々注目されちゃって、存在がもうバレバレ。あとはなるようにしかならないかな。わたしの力じゃたぶんあなたたちを守り切れない。」
「そんなぁ・・・」
「なので自己防衛の仕方を学んでいくしかないわ。あと、ルーデンス代々伝わるこのアタッシュケース。この中にはまだわたしも使ったことのないアイテムが眠っているの。追々役に立つと思うわ。」
「使ったこともないアイテムって・・・不安だらけじゃないですか。今日から眠れやしないですよ」
則子が泣き言を言い出した晴義にちゃちゃを入れる
「先輩、額に初心者マークでもはっておけば?連中も見逃してくれるんじゃないですかぁ」
「はあ?きみは時間犬に襲われたことあるのかい?僕はあの犬に腕を噛まれてすごい出血をしたんだ!あ、あんなのがまた来たら・・・」
慶子、恐れおののく晴義に少しイラッとしながら
「落ち着け男子。腹をくくりなさい。命とられると決まったわけじゃなし。たぶん連中はわたしたちを何かに利用しようとしているのよ」
「利用って、いったい何に・・・」
「まだわからないけど、たぶんロクなことじゃないんでしょうね」
「ロクなことじゃないって・・・」
「たぶん次はわたしたち、いや、晴義くんと横荻さんを試してくるはずよ。連中のお眼鏡にかなう存在かどうかってね」
(カチャリ!)
そのとき、さっき時の瞳の力で戻したはずのコーヒーカップにひびが入り、テーブルの上で二つに割れた!
「??!!ちょっとまって」
「え?え?」
「何かおかしいわ!」
(ぎゅん!)
周囲の風景がモノトーンになり、3人の動きがスローモーになる。
落ち着いた表情で普通に動き出す慶子と則子。
やや遅れて動き出す晴義。
保健室を飛び出し、モノトーンの空間となった校舎内を走る3人
「あれを見て!」
校庭に出ると、慶子が指さす方向に大きな歪が見える。時間軸の裂け目だ。
「なんですか・・・あれは」
「時間軸の裂け目・・・かな」
「ええっ??!!」
「言った尻から早速テスト開始っぽいわね!」
「え?いや、ちょっと待ってください」
「やっぱりこの学校に、わたしたちのことを常に見ているやつがいるわね。」
横荻則子の左目が青く光りだした
「先輩、初心者マークを貼る暇ありませんでしたね」(笑)
「そ、そういえば、昨日、横荻さんの家を出るとき、もう1人いるって・・・そいつの仕業とか?」
慶子、砂時計をアタッシュケースから取り出し、2人に1つずつ渡す。
晴義に声をかける慶子、優しく微笑みながら
「晴義君にわたしの役目を引き継げば終わりと思ってたけど・・・こりゃしばらくお付き合いするしかなさそうね。」
「先生・・・」
慶子、不安を払拭できないでいる晴義の表情を見ながら
(わたしの主人がわたしの命を救ったことは、やはり意味あることだったのかしらね・・・。)
「見て、何か時間の裂け目から出てくるわよ。集中して!」
「!!」
ごうごうと音をたてながら空気やチリを吸い込んでいるように見える時間の裂け目・・・その裂け目の奥に何か怪しくうごめく影が見える。
それは人のかたちをした異形のものだった。
海軍の制服を着ているような姿の者もいれば、白衣を着ている者もいた。
が、どの人間も身体のほとんどを壁や扉、鉄パイプなどに浸食された姿で、まるで生きたまま近くにあった無機体と同化しかかっているような姿をしていた。
「おおおおおお・・・ん」
不気味な声をあげながら時間軸の狭間からぞろぞろと10体ほど出てくる怪物たち。
絶句する晴義
「な、なんですかこいつら・・・」
「時間ゾンビだわ!フィラデルフィア現象の犠牲者、または人口的にこのように作られた生きる屍・・・噂には聞いていたけど、実際におがむのはわたしも初めてね。」
「じ、時間ゾンビぃ??」
「時間の狭間に閉じ込められたまま、人としての形も失い、苦しみもがくあまり、もとの肉体をとりもどそうとして、人間に襲い掛かってくる・・・まさにゾンビよ。」
「き、きもちわるい・・・わたし、ああいうの・・・だめ、おえっ!」
晴義らに背をむけ、急に嘔吐しはじめる則子。
「よ、横荻さん!?と、時の瞳が?」
見ると則子の時の瞳が暴発したらしく、左目がちかちかと青く瞬いている。
「せ、先輩のばか、こんなところ、み、見られたくないんだから! こ、こっち見ないで、おえっ!」
則子、パニクって、時の瞳の力で、自分の嘔吐を間違って逆転させるが、かえってとんでもない光景になってしまう。
その間にもゆらゆらと3人にせまってくる時間ゾンビ!
「あ、ちがいます、こうしたいんじゃないのに、見ないで、いやっ!ゾンビ、こっちこないで、おえっ!」
パニクったままの則子、目を光らせたまま嘔吐、その逆転、そしてまた嘔吐を繰り返している。
「せ、先生!横荻さんが!」(苦笑)
「無理もないわ。ここはわたしたちでなんとかするわよ!」
「どうするって・・・」
「これから対応をネット検索で探すわ」
「どういうことですか!」(泣)
「何度も言うけど、わたしは雑魚なのであんなのに会うとは考えてもいなかったのよ!がたがた言ってないで、とりあえず奴らから逃げるとか!守るとか!男子なりの対応!」
不気味な声をあげながら、晴義らを追いかけ始める時間ゾンビたち
「おおおおおおお・・・ん」
その声にびびりまくる晴義
「いや、いくらなんでも丸腰なんですけど!」
「とりあえず時の瞳を使って!」
「や、やってみますけどぉ!」
晴義、砂時計を握りしめながら、時の瞳を発動!
噛まれそう、ひっかかれそうになると、うまく時間をずらしてゾンビの攻撃を回避する。
「いーじゃない、その調子!」
「だ、だんだんコツがわかってきたぞ。でも、このままじゃ、よけたり逃げたりするだけだ!・・・って、あれ、横荻さん!?」
「うえ、昼のお弁当、全部はいた・・・」
一通り嘔吐が終わったらしい横荻。
青ざめた顔のまま、ゾンビに背を向け、ひたすら奇跡的な回避運動をとっている。
「いやっ、こないで!いやっ、うっぷ、もう次、胃液吐きそう、いや、だめ」
「すごい、敵を見ないでよけまくっている・・・」(汗)
慶子も時の瞳を使いつつ、ゾンビを避けながら応戦している。
スキを見てはスマホをいじり、ようやくルーデンス運営のサイトを出す。
(ようこそ、あなたは25628人目の来訪者)
ルーデンス ホームページ 日本語版
管理者:ラジャゴパール
(いつみても古臭いデザインのままね・・・)
「先生!はやく撃退法!」
「まちなさいよ、えーっと・・・え?普通のゾンビと同じ撃退法だって!」
「なんです?」
「普 通 ゾ ン ビ と 同 じ 撃 退 法!」
「あたまを打ち砕くとかですか!?」
「たぶんね!」
「武器もないのにどうやって!ってか、頭口砕くなんて、高校生にはできませんよ!」
晴義がそう言ったかと思うと
「いやああああああああっ!」
則子が園芸用の大型シャベルを振り回して、ガスガスとゾンビの頭を叩き割っている様子が目に入った。
「あ・・・・」
「いやあああ!」
砕かれたゾンビの頭は、木や土のような壊れ方をする
「ち、血が出ない?!これはこれで気持ちわるい!」
絶句する晴義をどなりつける慶子
「なによ、女子のほうが威勢がいいじゃない!」
「すいません・・・」
頼りない晴義に呆れながら、ルーデンスのサイトを再度見る慶子。
そこにはカイロス・アイとクロノス・アイとの併用での撃退法や、フィラデルフィア現象を用いた撃退法がのっているのだが・・・
(なによこれ、他にもゾンビ撃退法、色々あるじゃない・・・でも、今の彼らでは使えないしっ・・・!!)
焦り始めた慶子
そうこうするうちに時間ゾンビは晴義ら以外に校庭にいた生徒数名に襲い掛かると、ガブリ!と噛み殺してしまう!
生徒らは時間軸の狭間でフリーズした状態なので、全くの無抵抗だ!!
「ちょ、せ、先生!あいつら・・・!!」
「!!!・・・やばい、本気で殺しにかかってる」
ゾンビに噛まれた生徒たち、大量に血を流しながら校庭に倒れ込んでいく。
「ちょっと待って。し、死んだのですか・・・??」
冷や汗だらだらの慶子
「・・・そうよ、彼らは死んだわ・・・。これ以上、犠牲者を出さないようにしないと・・・!!」
「え、ほんとに??死んだ??こ、殺された・・・??」
血の海に倒れた生徒の身体は止まったままだが、死体の表情は明らかに苦痛に満ちていた。
命が尽きるとき、最後の時間が進むのだろう。
モノトーンの血が流れ、校庭をおかしな色に染めていた。
人間の生々しい死を目の前で見て、身体が震えだす晴義。
「晴義君、落ち着いて、彼らは時間軸から消えて・・・、死んだわけじゃないわ。」
「うそだ・・・。仮にそうだとしても・・・死んだも同然じゃないですか。」
真っ青な顔で立ち尽くしてしまう晴義
慶子もさすがに青ざめている
(なんなの??わたしにはこんなことなかったのに!!一体晴義くんたちに何があるの?何をさせようというの??!!)
棒立ちの晴義にハッと気づく慶子
「晴義君!あれこれ考えないで、今はゾンビから逃げて!」
時の瞳の効果でゾンビから晴義を守る慶子
だが、ゾンビの動きはだんだん激しさを増していく!
「!!!」
ぎゅっと自分の胸をつかんで左の目に力を入れる慶子。
周囲の時間ゾンビらの動きが若干遅くなるが、慶子の時の瞳の力を凌駕するのか、すぐにまた動きを早め始める!
(くっ、なによ、連中はこの子らを殺してしまってもいいわけ?必要ではないの?)
ごうごうと音をたてる時間の裂け目を見上げる慶子
汗だくの表情だが、晴義らを前に慌ててはいけないとなんとか落ち着こうとする。
「そもそも何故こんなに大きな時間軸の裂け目があらわれたのか・・・っと!」
慶子、ゾンビらをよけつつ周囲を見渡すと校舎の大時計が異様な光を放ち、よく見ると針が逆方向に動いている。
「あれが触媒で術者は・・・!!」
校舎の東西南北を見ると、3匹の時間犬が目を光らせながら狛犬のように鎮座し、こちらを睨んでいるのがわかった。
先日、晴義の腕を噛んだ例の時間犬たちだ。
「大時計とワンコでケルベロスの陣を組んだわね!まったくもう!」
慶子、うろたえたままの晴義の胸ぐらをつかみながら数回ビンタする。
「晴義君、しっかりしなさい!」
「せ、先生・・・!!」
「聞きなさい、このままだとマジでみんな殺されわよ!いい?あそこにいる時間犬が見える?あいつらがこの時間の裂け目を作っているわ!」
「ど、どうすれば・・・!」
「とりあえず、犬と闘って!やつらが組んでいる陣を壊すしかないの!」
「あんな大きい犬、また襲われたら太刀打ちできませんよ!」
「弱音言ってる場合じゃ・・・!!」
そのとき、慶子らの周囲のゾンビが増えていることに気が付いた。
さっきの倍ほどの時間ゾンビらが時間の裂け目から出てきて、慶子らをいつの間にか包囲していた。
「せ、先生、あれ・・・」
「しまった!いつの間に・・・!!」
げっそりした則子が2人の背に張り付く
「うぷ、なんですか、チーム結成序盤でいきなり大ピンチ・・・」
成す術もないといった表情の慶子
「ピンチどころじゃないわね」
顔面蒼白の晴義
「や、やばい、し、死ぬ・・・ゾンビに食われる・・・!」
「おおおおおおお・・・ん!!」
どんどん迫りくるゾンビたち!
「来るな、来るなあああっ!」
その時・・・!!則子が右目を赤く光らせながらつぶやく
「・・・大丈夫」
「え?」
シャリン・・・♪♪♪
涼やかな鈴の音が校庭に木霊した。
「なんだ?」
晴義ら、周囲を見回す。
ゾンビも一瞬動きが鈍くなる。
赤く光った右目の輝きが薄くなっていく則子。
「ようやく出てきたわね」
「ようやくって・・・?」
「例のもう1名さんよ」
「・・・あ、先日言っていた!?」
晴義らを遠くから囲むような陣をひいていた時間犬の1匹の隣に立つ女生徒の姿が見えた。
晴義のクラスメイト、檍美和(あおきみわ)だった。
「美和?!」
晴義が驚いた表情で、美和の存在に気づく。
美和、右手に神楽鈴をもち、大きく前に差し出すと、またシャリン!シャリン!と鳴らした。
時間犬、美和の存在に気づいてグルルと喉を鳴らし威嚇をしているが、何故か動けないでいる!
シャリン・・・
シャリン・・・!!
慶子、驚きの表情でつぶやく
「時間巫女・・・この学校に居たとはね・・・!!」
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