第6話 時間犬

慶子、時間が逆流する中、必死に時間犬の動きをおさえるが、3匹同時におさえきれない様子で犬の動きが逆転したり逆転しなくなったりを繰り返している。

ふっとんだ食べかけのモツ煮も同じように宙を舞っている。


大慌てでアタッシュケースを開ける晴義

注射器やコンパス、液体の入った小瓶など、怪しげな道具がたくさん入っている。


「す、砂時計、どこにあるんですか!」


「あわてないで探して!さらに開けて3段目の底よ!」


「さ、3段目の底!?」


アタッシュケースの底と思われた部分をひっぱりあげると、さらに段になった収納が顔を出した。


「激レアアイテムもあるので取扱いに注意!」


「そんなこと言われても!・・・ん???」


そのとき、底面に堅く固定された黒い筒が晴義の目に入る


(NART:31)


筒には擦れた白文字でそう書いてあった。


「なんだ・・・これ・・・???」


ぞぞぞぞぞぞぞぞ・・・

その文字を見て、えも言われぬ恐ろしさに突然包まれる晴義。

何か見てはいけないものを見てしまった感があるのだが、目線はその黒い筒に釘付けになってしまう・・・!!


「まだなの!!??!」


慶子の声で突然我に帰る晴義


「はっ!あ、砂時計・・・あ、ありました!」


「犬に投げて!」


「はい、あっ!」


晴義が砂時計を投げるのが一瞬遅く、慶子の呪縛をかいくぐった1匹の時間犬に晴義は右腕をガブリと噛まれてしまう!!


「うわっ!!いてえええっ!」


「しまった!」


腕から大量の血を流す晴義。


晴義の腕を噛んだ時間犬の口も血だらけになっている。

口には晴義の手首の肉片を咥えているのが見えた!


他の2匹はそれを見るとどこかへ散るように逃亡し、晴義を噛んだ犬はすうっと、2つの像にわかれた。

それを見て舌打ちする慶子


「ちっ、先読みされたか・・・展開超早すぎ!!・・・わたしの力では・・・!!」


「先生、う、腕が・・・」

あまりの出血具合に身体がガクガクと震え、真っ青な顔になっている晴義。


「黙って!ちょっとの間、がまんして・・・!!」


慶子が片腕で胸を押さえながらさらに左目に力を入れると、2つの像にわかれた片方の時間犬はものすごい光量の青い光の中で時間を遡り始め、時間犬が晴義の手を噛む直前のところまで巻き戻っていく・・・!!


晴義、その光景に思わず息を呑む。

(す、すごい・・・これが時間の逆行・・・)


慶子、汗だくで目を見開いたまま両腕を動かし、大きな流れに支流をあわせるような仕草!!


「くっ、ううっ・・・」


時間軸を操るその慶子の姿に少し見とれてしまう晴義。

ハッと気が付くと、空いた傷口が、晴義の目の前でみるみると塞がっていく・・・!!

数秒後、晴義の手は噛まれる前の状態・・・元通りになっていった。


(ギン!)

慶子の左目がひと際大きく青く輝くと、時間犬は晴義に飛びかかろうとしたところでフリーズし、そのまま全体像が歪んだと思うとスウッと空間に消えていった。


しかし2つの像のもう片方、口が血だらけの時間犬は踵を返すと何処かに走り去ってしまった・・・。


「はぁ、はぁ、う、腕が元に戻りました・・・先生、たすかりました・・・」


慶子、晴義の腕がもとに戻った様子を見て、がくっと身体を落としながら

「はぁ、はぁ、時間犬を見たのは数年ぶりだわ・・・すっかり忘れていた」


慶子の左目の青い輝きが消えていくと、モノトーン&スローだった背景が色彩と通常の動きをとり戻し、競馬場の騒がしいノイズがまた聞こえ始めた。


「先生、今のはいったい・・・」


「時間分岐を使った攻撃よ。片方の時間軸を生かし、片方の時間軸をなかったことにする」


「そんなことができるのですか!!」


「できる。今みたとおりよ。わたしはなくなった時間軸のほうの犬とあなたの時間を戻したの。」


「なにがなんだか・・・」


「でも逃げたあの犬はあなたの手首を食いちぎったときに、別の時間軸を作って逃亡したのよ。わたしが時間を戻すことをまるで先読みしていたかのように・・・。こんな状態で時間分岐させられると、わたしの力では対応が難しいわ。」


はあ、はあ、とまだ息があらい慶子

「しかもこんなに大きく時間を操作したのは久しぶりだわ。」


慶子の様子から、晴義の怪我を必死でなんとかしようと努めてくれたことに気づいた晴義。


床に落ちたモツ煮が転がっている。


「つまりこれがわたしの力の限界・・・あなたの怪我に集中したから、連中の時間分岐を防げなかった。」


「す、すいません。僕も無力で・・・」


「あなたの怪我は時間が戻って怪我が無かったことになったけど、モツ煮は床に落ちたわ。」


「それであの犬も逃亡できた・・・別の時間軸に」


「そういう理屈っぽいわね。」


「なんで犬なんか・・・」


「あなたの情報がほしかったのよ。それで犬にあなたを襲わせたというか、あなたを噛ませた。」


「ってことは?」


「連中にあなたの血液と細胞をとられたわ。」


その意味をなんとなく悟った晴義、額に脂汗がにじむ。




競馬場の外に留めてある4tトラック内


カーゴ内には大型犬用のケージが複数ある。

ケージ前に椅子があり、誰かが座っている

その人物の目の前の空間が歪み、3匹の犬が現れる。さっき晴義らを襲った時間犬だ。


「プリス、リジェ、グッドサポートだ。スピット、よくやった。グッジョブだ。」


スピットと呼ばれた時間犬は主人に近づき、お座りをし、口をあんぐりとあけた。

牙や口元に晴義を噛んだ時の血がついている。

助手のような男が暗がりから現れ、スピットの口からしたたる血や組織をシャーレでうけ、歯茎まわりをスポイトで数回吸い取った。


「よし、スピット、もういいぞ。フィニッシュだ。」


そういうと、スピットははあはぁと空けたままの口のまわりを舌でベロベロとなめまわし、ケージの中に入っていった。


「おい、褒美をやってくれ」


助手が犬のケージ内になにかの肉の塊を大量にぶちまけると、3匹の犬たちは待ってましたとばかり、肉にくらいついた。




夕日が沈みかけている競馬場内


晴義、腕を見ると、わずかに噛まれたあとのような傷が残っていることに気づく。


「せ、先生、僕の腕・・・完全にもとに戻っていません。」


慶子、馬券をゴミ箱に千切り捨てながら

「そうよ。よく映画とかで時間が戻ると全ての事象が戻ったかのような表現があるわよね。あれは架空の表現よ。つまり時間はあくまでアナログで、デジタルじゃないの。」


「もしさっき、僕が銃かなにかで頭をふっとばされていたとしたら、完全に元通りにならず、なにかしら後遺症が残るかも、ということですか。」


「ええ、脳や心臓のような複雑な臓器は時間を戻しても完全にはもとに戻らない。ほとんどの場合、たとえ時間を戻して臓器や組織を復元できたとしても、その人は助からないときがあるわ。」


「・・・。」


腕をさすりながら、ばらばらになった脳が完全に元に戻らない光景を想像して青ざめた顔になる晴義


「念のため、今から病院に行って狂犬病の検査をうけましょう。大丈夫だとは思うけどね。」


床に落ちたモツ煮に競馬場に住むハトたちがむらがり、ついばみはじめた。

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