第5話 開眼

翌日、同級生の檍美和(あおきみわ)が珍しく晴義に話しかけてくる。

昨日教室で様子が変だったことを気にしてくれているらしい。


美和とは小学生のときからの同級生だった。

可愛く、くったくのない、明るい女子だったが、中学、高校を通じて友人以上の親密な仲にはならなかった。

晴義は美和に対し淡い恋心はあったが、美和が晴義に対しその気がなさそうなことと、美和には晴義以上に仲のいい男友達がいるからだ。


高校3年の夏休みがあけ、美和が突然綺麗になったように思えたとき、彼女が大事なものをその男友達にあげてしまったような気がしたのだ。

たぶんその想像は間違いないだろう。


そんな美和が自分のことを心配して話しかけてくれてきたのでかなり嬉しくなった。


「なんか頭痛そうだったけど、今日は大丈夫なの?」


「ああ、大丈夫っぽい。なんだったんだろうな。」


「どうせ深夜までネット動画とか見てるんでしょ!」


「そんなときもあるけど、ま、まあ、もう大丈夫だから。」


そのとき、晴義のスマホに慶子からチャットの着信がある。

昨日送るといっていた駅のホームで撮影した女子生徒の写真が送られてきたのだ。

着信音に反応する美和。


「ん?誰から?」


「誰だっていいじゃない。」


いきなり怪しげな関西弁でまくしたてる美和

「関西生まれの両親を持つわたしとしては会話中に来た着信相手が気になるんよ。誰なん?」


「と、隣のクラスの西宮からだよ。」


「へえ、そーでっか・・・」


晴義は慶子から送られてきた写真をもとに、校内を歩き回った。

昨日駅のホームで助けた女子生徒を探すためだ。

心霊写真のように顔がブレて二重に見える女子生徒の写真を見て背筋に寒いものが走る晴義。


「ほんとに顔がぶれてる・・・ちょっと怖いぞ。でも見つけないと・・・」


20分後・・・そろそろ休憩時間が終わる時間になる


「意外と見つからないもんだな・・・」


見つからない訳は、探す相手のほうが晴義を避けているからだった。

あの女子生徒は晴義の行動に気付いていたのだ。

物影から晴義をこっそりと見ている女子生徒。


そのとき、また慶子からチャットの着信が入った。

(生徒名簿から彼女らしき人物を発見!2年B組ー!、横荻則子!)



その日の夕方、学校の裏で慶子の車に乗る晴義

それを遠くから見ている美和の姿があった。




都内 一般道

ゴルフ3カブリオレの幌を開けて走る慶子。


「先生は旦那様を探さないのですか。誰かに相談するとか。」


「探しようがないわ。戸籍もなにも、彼が存在した証拠は一切ないのよ。」


「ご主人のご両親にもですか?」


「その情報も一切ないのよ。住所や連絡先も何もないの。」


「なのに先生の赤ちゃんの遺骨だけは残っている・・・。」


「ええ、今朝も確認したわ。死産だったけど、確かにわたしと主人の子は存在しているの・・・不思議よね。」


「でもご主人様はもういなくなってしまって・・・。」


「そう・・・今は主人の顔すらも・・・・記憶の中だけよ。」


「写真もなしですか?」


「ええ、不思議よね。一切ないわ」


「一切ない・・・」


「あなたにわたしの役目を引き継いだとき、わたしも消えるのか・・・消されるのかもね」


「??!!」


「さあ、着いたわ。」


馬が走る蹄の音と地鳴り、場内に激しく響き渡るアナウンス、観客たちの歓声!


「・・・競馬場じゃないですか。」


「ここで説明するわ。」


「なんで競馬場なんですか。」


「みんな馬に夢中で、わたしたちの行動に関心をもたないからよ。」


「って、先生、馬券買ってるじゃないですか。」


「ここ来たからには、ボロ勝ちして、帰るわよ!」






競馬場 観客席


「先生、いったいいくら買ったんですか。」


「たったの3万円分よ。石橋ながし」


「なんですか、それ。」


「馬じゃなく、騎手で選んだの。あと、いつも買う数字ね」


場内の大型ビジョンにパドックで馬の手綱を引く石橋隆騎手の姿がテロップとともに映っている。


「いつもそんな買い方なんですか?てっきり馬見て選ぶんだと思ってました。」


「まあ、そのときの気分もあるわね。」


「僕は馬券買えないのですね。」


「あなた。未成年だからね。さあ、では特訓をはじめるわよ。初心者はこれを目の前に置いて。」


慶子はアタッシュケースから砂時計を出した。

それは昨日逃走用に使ったジャミング用砂時計だった。

砂時計の砂が上下逆に流れている。


「これで時間の流れを見えやすくしたわ。」


「そうなんですか。ちなみにこれってどこで手に入れるんですか。」


「無印商品よ」


「砂時計なら、なんでもいいってことですか!」


「はい、ほら、集中して。砂時計を見ながら、目に力を入れてみて」


「目に力って・・・」


「イメージするのよ。時間の流れを。時の瞳が発動したら、視界の見え方が変わるわ。」


「あのモノトーンのような・・・」


「そう、あんなふうに見えれば開眼成功よ。」


「って言われても・・・」


「今この時計の周囲は時間の流れを感じやすい、そして操作しやすい空間になっているの。きっとできるわ!」


「くっ・・・・!!」


いつしか晴義そっちのけで競馬に夢中になっている慶子の傍らで、苦しみながら何度も『時の瞳』の開眼にトライする晴義


流れ落ちる砂のむこうで、レースが開始される。


こめかみに手をあて、強くおさえながら目に力を入れた瞬間!


「あっ、あれ?!!」


晴義の目の前に据えた砂時計の砂が、普通に上から下に落ちていた。


(なんだ、ダメだったか?・・・ん??いや??)


晴義の左目の奥で何かが回転しはじめ、青い輝きを放ちはじめた。

ギギギ!バチッ!ぎしっ!

晴義の脳や身体のあちこちで、何かがきしむ音がした。


それは錆びついていた機関に油が入り、ゆるゆると動き始めたような錯覚を晴義にもたらした。


(あ、あ・・・見える、みえるぞ!)


砂時計の先にある風景から色味が消え、モノトーンの風景が広がっていた。


観客の動きがスローモーションの逆再生イメージとなり、競馬場のレーストラック上を走る馬たちが、ゆっくりと後戻りしはじめているのが見えた。


色味が消えた風景は、ゆらゆらと屈折し、水の流れのような流体を感じる動きを見せている。

いや、流れというか、残像というか・・・


思わず立ち上がって叫ぶ晴義。

「せ、先生!見えました!」


慶子は馬券を握りしめたまま、歓声をあげているポーズでスローモーションになっていた。

他の観客はモノトーンだが、慶子には色味がついて見え、なぜか慶子の声だけ聞こえてくる。


「おっ、時の瞳、開眼したわね。ほらね、やっぱりできるじゃない。よし、ではしばらくそのまま周囲を眺めてみましょう。」


「な、なんだかまた息が・・・」


「初心者は無呼吸になりがちなの。そのうち慣れるわ。」


晴義は慶子に言われるまま、視界を動かした。

慶子の胸やスカートからのぞく足に目がいく。


「こらぁ、わたしを見ないで、ほら、他を見て!特に人間や馬!」


「なんだ、先生からは僕の様子が見えているのか・・・」


先日、視界を借りてみたときのようなブレのある人間を晴義自身の目で探しはじめた。


「いる・・・あっちにもこっちにも。」


「その中から、違和感を感じる人はいないかしら」


「違和感?とは?」


「身体の色味とか、彩度とか」


「そういう見え方をする人がいるってことですね・・・」


きょろきょろと見渡す晴義

「いや、ここにはいないかも・・・・あっ!」


晴義の目の前をちぎれたハズレ馬券が紙吹雪のようによぎったそのとき、

最終コーナー付近をまわる馬の先頭集団に一頭、妙な光彩を放つ騎手と馬がいるのが見えた。


馬たちは時間の流れをゆっくりと後戻りしているが、明らかにその騎手と馬の虹彩は異様だ。


「せ、先生、馬が・・・」


「わたしにも見えたわ。・・・もう、時の瞳を終えて戻っていいわよ。」


「ど、どうやって戻るのですか・・・もう、そろそろ、く、くるしくて・・・」


「普通に意識から離せば戻るわ・・・でも初心者がコツをつかむまではこれが一番」


「これ・・・とは・・・」


「な・す・び って言ってみて。」


「え?」


「いいから、言ってみて。」


「な・す・び・・・」


(はっ!)


時の瞳の発動を終えた晴義。

「はぁっ、はぁっ!!」

かなり汗だくで呼吸も荒い・・・!!

と、次の瞬間!最終コーナーをまわった馬たちの中の一頭が足をくじいて転んでしまう!

さっき、異彩を放っていたあの馬だった!

観客の誰かが叫ぶ

「落馬だーーーっ!」


「あっ・・・!!あーっ!」


晴義の叫びと同時に、競馬場の観客が総立ちになる。


「って、いててて!」


晴義も立ち上がるが、血液充填MAXの股間に痛みを覚え、うずくまる!


晴義の様子を見て、少し顔を赤らめながら笑う慶子。

「え、またなの?? うふふ、元気くんね。」


「すいません、ま、まだ『時の瞳』初心者ということで・・・」


大荒れとなったレース。

観客と場内アナウンスがざわつきを見せる中、晴義は股間の元気化を抑えつつ、唖然とした表情で、トラック上の馬を見ていた。




競馬場 食堂

モツ煮込みを食べている二人。


「めちゃくちゃうまいですね。これ。」


慶子、モツに七味唐辛子をかけながら

「競馬場きたら、これ食べないとねー。」


「さっきのレース、残念でしたね。」


「あの落馬がなければ、アタリ来てたかもね。」


「時の瞳で、未来を見ればいいじゃないですか。当たり馬券がわかりますよ。」


「普通はそう思うわよね。でも、わたしの力じゃむり。未来を見るのは至難の業らしいわ。」


「そうなんですか。」


「わたしの力じゃ見れてもおそらく数秒先ね。」


「そんな数秒先の未来じゃ当たり馬券買えないですね。確かに。あはは。」


「でも、たぶん、わたし以上の力をもつ輩は、そうやって未来を見ることでビジネスで儲けたり、当たりくじを引いていると思うわ。」


「ほんとうですか。」


「おそらくね・・・でも、未来を見ることができるのは確かよ。だから、わたしの主人もわたしの死をあらかじめ何らかの手段で見たのよ。」


「どんな手段ですか。」


「時の瞳を使っていれば、いつかわかるのかもね。」


「先日の駅のホームで僕が見たあれは・・・未来を・・・」


「あれも時の瞳なんだけど、少し違うわ。一瞬明確に直近の未来が見えるときに発動する時の瞳・・・カイロス・アイ。フラッシュ現象って言うほうがしっくりくるかもね。」


横荻則子の飛び込みの瞬間が晴義の脳裏にフラッシュバックする


「なんで僕はそんなものを突然見たのですか・・・」


「『時間の分岐点』に関与できるわたしたちの力の一つだと思うわ。それ以上はわたしにもわからない。」


「・・・・」


「過去は既に存在したものなので、時の瞳・・・クロノス・アイで見やすいのよ。でも未来は時間にこれから存在していくものだから、見えにくいんだと思うわ。」


「僕がカイロス・アイで見たものは、確定されやすかった未来だから見えたのですか?」


「そうかもね・・・たとえばわたしがこう右から左に腕を振るとするでしょ」


腕を右から左に振る慶子

「この動きは推測しやすい未来よね。歩く動きなんかもそう。二歩、三歩先程度ならば、わたしたちは単純な未来を見れている。」


「先生は全てのもの、全ての動きが時間と結びついていると言ってましたね。」


「あくまでわたしの持論だけどね」


「てことはカイロス・アイは時間の流れから推測・計算できる未来を見る力なのではないでしょうか!?」


「まあ、そういう考え方もできると思うわ。」


「僕があの日助けた横荻則子のような人物を時の瞳で見ると、必ずあんなふうに異彩を放っているのですか?」


「常に異彩を放っているとは限らないわね。さっきの落馬シーンのように見えるべくときに見える。原理は不明だけど」


「ようしこのあと時の瞳をばんばん使って練習しておきます。」


「いえ、先日感じたあの連中のこともあるので、時の瞳はめったやたらに使えない手段よ。」


「そうか、分岐点に関わるものをよろしくないと考える連中のことですね。」


「ええ、生徒か先生に紛れている可能性があるわ。」


「逆にそいつらをおびき出す手段にも使えるってことですね。」


「急にたのもしくなってきたじゃない。」(笑)


そのとき、慶子の表情がさっと変わった。


「待って、何かおかしいわ」


「どうしたんですか?!」


「時の瞳を使って!」


(かっ!)

時の瞳を使う晴義と慶子。

晴義の左目が慶子に遅れること数秒、ゆるゆると青く光り始める。

と、時間の流れの中にゆらりと3匹の犬が現れるのが見え、慶子らが座るテーブルはその犬たちに取り囲まれた!

どの犬も大型のドーベルマンで、口は牙をむき、グルルと小さく吠えながら、左目が青く光っていた・・・!!


「しまった!時間犬よ!」


「なんですか、それ!!??」


「ルーデンスと対峙するための訓練を受けた犬のことよ!」


慶子が立ち上がると同時に3匹の犬も飛び上がり、襲い掛かってきた!


テーブルの上から飛び散るモツ煮!!


「くっ!言った尻から登場とはね・・・。」


慶子が片手でぐっと自分の胸をつかむと、慶子の左目の輝きが強くなり、飛びかかってきた犬が空中でわずかに後戻りしはじめた。


「は、晴義くん・・・アタッシュケースから砂時計を出して・・・!!」


慶子、晴義に声をかけることで精一杯の様子!


「え、・・・え、でも、僕も身体が動かないです・・・!!」


時間犬が作り出した時間の乱流に翻弄されたか、動けないでいる晴義!


「わたしも今は動けないわ!目に力を入れてやってみて!!根性出しなさい!」


「こ、根性・・・や、やってみます!」


目をカッと見開く晴義、晴義の左目の奥で何かが回りだし、青く輝き始める。

ぎこちない動きだが晴義の身体の自由がききはじめた!


「はっ、先生・・・う、うごけ・・・ました!」


「はやく、砂時計・・・を・・・!!」

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