第4話 古いアタッシュケース

校舎裏、教師用駐車場


晴義の手をひっぱりながら走る慶子、突然立ち止まる。


「先生、どうしたんですか、いったい。何から逃げて・・・」


慶子、校舎を見回しながら

「さっき置いたジャマーに気付かれたわ。この学校の近くにそんな輩が潜んでいたとは・・・うかつだったわね。」


「なんだか怖くなってきたんですけど」


「まだこちらの動きに気付いてないわ、はやく乗って!」


「え、先生の車に?」



慶子の車(ゴルフ3カブリオレ)の中

運転しながら晴義と会話を続ける慶子


「先生、一体何から逃げているんですか?」


「それが・・・わからないの」


「わからないのに逃げるんですか?」


「ええ、わからない。主人もはっきりと連中の存在を教えてくれなかったから・・・。でも関わらないほうがいいのは確かよ。」


「味方かもしれないじゃないですか。僕らのような力を持った人間のためのレスキュー機関とか。」


「これを見なさい。」


慶子は砂時計の入っていたアタッシュケースを晴義に開かせた。

中にはコンパスやナイフ、ライター、薬箱をはじめ、ぱっと見わからないものが色々入っていた。どれもかなり古そうだ。


「ならばこんな逃げるための秘密道具を主人はわたしに託さないわ。たぶん・・・主人を消したのも 連中よ。」


「・・・。」


「時間軸の上にブレた人間がたくさんいても時間の流れは変わらない。雑魚は直軸に影響を与えないのよ。でもわたしの主人は違ったんだわ。そしてあなたと、あなたが今朝助けた彼女もね」


「・・・。」


慶子が運転する車はいつしか高速道路を走っている

高速道路のレーンが分岐し、また別のレーンと交差し、そしてまた分岐する道をぼんやりと眺める晴義。


「わたしたちは時間軸に対し、大きな分岐点に立ち会ったはずなの。」


「立ち会って・・・それがなんになるんですか?」


「わからない。それでいうとわたしが生きのびた意味さえも。ひょっとしたら、私が死んでしまった時間軸のほうが正しいのかも」


「じゃあ、僕が今朝助けた彼女も助けない時間軸があり、それが正しいかもしれない、ということですね。」


「そうだとしても、わたしたちにはわからないわ。」


「わからないことだらけなんですね。」


「そういうことね。」


ドライブスルーでハンバーガーを買い、海辺の夜景をバックに幌をオープンにして食べながら話す二人。


「だったら、僕は今後なにもしなければいいじゃないですか。関係ないフリをして生きます。」


「そうはいかないわ、見えるもの。」


「何がです?」


「あなたは何かを見て、感じたから、彼女を助けたのでしょう?」


そういわれた晴義は、ハッと思い出すものがあった。

あの日、ホームにいた子供が持っていた千羽鶴だ。


「・・・あなたが見たフラッシュ現象はきっと千羽鶴が関与していたのね。」


「フラッシュ・・・」


「フラッシュ現象は個人差があるの。何かをトリガーにして一瞬のうちに見える・・・それが毎回千羽鶴であるという保証はないけど。」


「ああいうのを僕はまた・・・何度か見るってことですか。」


「たぶんね。」


「先生が僕を見つけたとき・・・何かみえたのですか?」


「ふふ、見えたけど、今は秘密にしておくわ。」




晴義 自宅前

家の明かりがついていない晴義の自宅を少し不信そうな目で見る慶子。

車から降りる晴義に向かって


「時の分岐点に大きく関与したものは、その責務を果たすまで逃げられないの。あの連中からもね。」


「怖すぎだし、迷惑な話です。僕まだ、18歳ですよ。」


「また追々話しましょう。引継ぎしなければならないことが山ほどあるわ。」


「で、僕はどうやったら、先生みたいに時間の流れを自分で見ることができるのですか。」


「あ、そうだった。その前に治療をしましょう」


「な、な、なんの治療ですか。」


慶子はアタッシュケースから小さな紙包みを出した。


「話し込んで忘れるところだったわ。えーと、この薬を飲んで。」


「なんですか、これ?」


「時間軸を感じるとき、ひどい頭痛と耳鳴りがしたでしょう。」


「しました。」


「それをなくす薬よ」


「体に害がある薬じゃないですよね・・・。」


「ルーデンスのご先祖様から代々伝わる薬らしいわ。レシピつきよ。」


「レシピ、ぼろぼろですね。これは何語で書いてあるのですか。」


「お約束のラテン語よ。」


「一部読めませんが・・・。」


「ネットに英語で書かれた完全版があるわ。」


「どういうことですか。」


「わからないけど、わたしたちのようなルーデンスが世界中にいるってことね。」


「そんなにたくさんいるのですか。」


「わからない。今はわたしたちだけなのかもしれない。」


「粉薬、きらいなんですけど。」


「あの頭痛から解放されるなら、さっさと飲んだほうがいいと思うけど」


「のみますか・・・。」


ゴホゴホと咳き

「まずかった・・・。」


「あなたが時間軸のいたずらで消えなければ、このアタッシュケースと私の役目を引き継がせてもらいますね。はい、スマホ出して。チャット交換するわよ。」


晴義、怪訝な表情でスマホを慶子と交す。


「どうして僕が先生の役目を引き継ぐのですか。」


「わたしのおかげで色々と救われたでしょ。引き継いで当然。それにたぶん、あの助けた彼女と今後関わるのはわたしじゃないわ。あなたよ。」


「どうしてそうだとわかるのですか。」


「わかるわ。だからわたしの主人も・・・・」


慶子の脳裏によぎる古い記憶・・・

白い光の中、かき消えていく椿坂正和のシルエット・・・


言葉をつまらせる慶子。


その慶子の姿を見て、慶子が時間が逆流する中、男性に助けられるメージを晴義も想像し、ハッなる。


「す、すいません・・・・!」


「・・・薬のききめは24時間後なので、話の続きは明日以降にしましょう。」


「先生、ごめんなさい。思い出させてしまって・・・」


「いいのよ。ふふ、さっきあなたに時の瞳を見せたとき、久しぶりに『男の子』の臭いを感じたわ。あの人を強く思い出すわけね・・・。じゃ、また明日ね」


晴義の前から車で走り去る慶子。


「お、大人の女性・・・いいな・・・あっっつつ、いてて」


慶子の柔らかな下腹部の感触を思い出し、また激しく男性自信が元気化してしまう晴義。

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