第3話 Deja-vu

その日の放課後



晴義に接触してくる同学校の保険教師・椿坂慶子


「九月晴義くんね。」


「あ、はい。」


「あなた今日、頭痛がひどかったでしょう。」


「な、何故それを・・・」


「我慢しないで保健室に来なさい。いい薬があるの。」


慶子は晴義を保健室に通すと、ドアノブに外出中の看板をつけた。

クローズされた保健室でこっそりと話し合う2人。


椿坂慶子は学校でも有名な美人養護教諭だが、既婚者であった。

大人の色気漂う教師と2人っきりの保健室で緊張気味の晴義。


「九月くん、あなた今朝うちの女子生徒を飛びこみ自殺から救ったわよね。」


「え、あれ?!はい!そうです。先生、見ていたのですか?」


「ええ、見ていたわ。」


「見ていたんですね!?せ、先生にはどう見えましたか。僕には彼女が線路に落ちて電車に轢かれたような光景も見えたんです!」


「・・・。」


「先生にも見えたのですね??!!」


「・・・単刀直入に言うわ。あなたが見たのは『時間が分岐していく様』よ。そしてあなたは死ぬはずだったあの女子生徒を救い、今は彼女が死ななかった『別の時間軸』にいる」


「え??はい?いや、先生、い、いきなりB級SFの話です?そんな話をするために僕をここに呼び出したんですか??」


「まあ・・・そうよね。そう言ったところですぐには信じられないわよね。」


慶子はホワイトボートに1本の線を引き、それが2つに分かれ、片方の線が途中で消えてしまったような図を書いた。


「えーっと・・・こっちがあの女子生徒が死んでしまう時間軸、こっちがあの女子生徒が死なない時間軸、つまり今わたしとあなたがこうしてお話ししている時間軸・・・」


「・・・・。」


「あなたが今朝見て不思議な体験をしたのはこの時間分岐のあたり」


「はあ」


「あなたがあの女子を自殺から救ったために、時間軸の狭間を経験したということ。」


「え?ん??」


「で、この分岐点を作った張本人が九月君、あなた、というわけ。」


「ぼ、僕が時間の分岐点を作った?」


「そ、そこそこな大きさの分岐点をね。」


つまり晴義が起こるはずのない「分岐点」を作ってしまった結果、分岐点の創造者に責任が生じている「らしい」という。

「らしい」、とは慶子本人にもわからないし、慶子に色々なことを教示した「前任者」からも「そうらしい」、と言われたからだという。


「いや先生、いきなりそんなこと言われても」


「まあ、いきなり信じろとは言わないわ。でもまだ聞いてほしいことがあるの。」


時間軸に影響を与えたり、それを修復できる人間は「ルーデンス」と呼ばれているらしい。


慶子は大いなる時間分岐に関わる人物を探し出し、それにルーデンスの任務を伝える。

慶子もそうやって「前任者」からルーデンスの任務?を引き継いだのだそうだ。


「んでは、先生のいうルーデンスというものがあるとしてですよ?先生の前任者、そしてルーデンスの任務ってなんですか?」


「任務はわたしにもわからない。でも、わたしが引き継いだものは次のルーデンスに伝えなければいけない。そんな気がしているのよ。」


「伝統工芸のようなものですか。」


「そうね。師匠から弟子に秘伝の技やレシピは伝授され、守り続けられていく・・・。ルーデンスもまあ、それと同じようなものじゃないかなってね。」


「・・・で、先生の前任者とはどなたでどちらに今いらっしゃるんですか。」


「前任者は・・・わたしの主人よ。」


「先生の旦那様・・・?!」


「そう『時の瞳』、時間軸を操る技を持つ者の継承者・・・」


慶子は夫、椿坂正和との間にできた子供の出産のときに死ぬはずだったという。

しかし正和は「時の瞳」という技を用い、彼女を生かした。

正和はなんらかの方法で慶子の「未来でおこる死」をあらかじめ見た上で、時間軸を分岐させ、慶子が死なない時間軸を作った・・・・というのだ。


「と、『時の瞳』??先生の旦那様が先生の死をあらかじめ『時の瞳』と言うタイムマシンかなにかで見て知っていたってことですか??」


「そう なんらかの方法で私の未来を見たのね。」


「なんらかの方法とは?」


「たぶん今朝、あたながあの女子生徒の死を見た手段とは違う・・・別の手段で見たと思う。」


「別の手段?」


「あなたが見たのは突発的な見え方・・・。フラッシュ現象と主人は呼んでいたわ。」


「フラッシュ現象??」


晴義の脳裏に今朝見た女子生徒の自殺直前の風景が浮かぶ


「そう、別名カイロス・アイ。時の瞳、クロノス・アイとは異質の力」


「え??なんです?」


「でも主人はそれらとは違う力・・・根性で私の未来の死を見たと言っていたわ。」


「こ、根性?」


「そう、根性・・・ウラニ・・・」


慶子、何かを言おうとしたが、

晴義、パン!と膝をたたいて立ち上がり、興奮しはじめた晴義の言葉にさえぎられる。


「そ、そうですか。いやもう僕には今聞いたこと全てが神秘的なおとぎ話にしか聞こえませんでしたが、最後はこ、根性論とは!!・・・いや、さすがにちっともわかりませんよ!」


「まあ・・・しかたがないわね。いきなりこんな話。」


「それで??先生のご主人様は今どちらに・・・?」


「わからないの」


「わからない?」


「ええ、わからないの。主人は居たの。でも今はどこにいるのかもわからない。」


「どういうことですか?」


「いないことになったのかしら。」


「歴史から?ですか?」


「歴史というか、この時間軸からなのかな。わたしにもわからないわ。」


「戸籍とか・・・ご主人がもっていたものとか。」


「ないわ。消えたのか、もとからあったのか、わからない。」


「え・・・」


「でも、彼と過ごした思い出はあるの。でも時間とともに薄れていくような・・・。あなたもそういうことあるでしょう。」


「あ、あるようなないような・・・」


「あったはずのものが突然なくなったり、体験もしていない記憶がふと頭の中で出てきたり」


「あ・・・」


「初めて見たはずの光景なのに、見たことがある光景だと思ったり」


「デジャビュとか・・・それらが時間軸の変化のせいだと?」


「わたしはそう思えてきたわ。」


慶子に旦那の記憶が消えずにあるのは、たぶん自分が時間軸に関与した人間となったからだと言う。

その証拠に死産となった赤子の男子の遺骨があるという・・・。


「あの子の遺骨があるということは、わたしに伴侶が居て、彼との子を産んだという証拠よ。不思議よね。ひょっとしたら何かの見せしめ・・・かしら。」


「・・・・・。」


「わたしが生き残り、赤ちゃんが死に・・・彼が消えたわ」


急にもの寂しそうな表情になる慶子。


「お、お気の毒です・・・」


ハッ!と今朝女子生徒を助けたことを再び思い出す晴義


「え・・・あっ、え、えーー!!もし時間軸のルールで死ぬべき人を生かした者が消える・・・ってことは僕もいつか消える?」


「どうかしら。」


「か、彼女にも話を聞いてみたい・・・いや、彼女は本当にあれからちゃんと生き延びたのか・・・えーっと!彼女はこの学校の制服を着ていた・・・先生、誰だかわかります?」


「あなたと同学年じゃないわよね。どこかで見ている気がするけど・・・写真があるわ」


「え、そうなんですか」


「今朝の様子を見ていたのよ。そのとき撮ったの。」


「ぐ、偶然ですか。」


「偶然も手伝ってるけど、見えるのよ、なんとなく。」


「何がですか。」


「時間の流れが。」


「時間の流れ?」


「それが今朝見えたの。駅の近くで。何かが起こりそうな気がしていたの。」


慶子はスマホの画像を晴義に見せた。確かに今朝助けた女子生徒だった。

まさに死に際のどこか悲しくも寂しそうな横顔だったが、逢えば判別はできそうだ。


「ちょっとまってください、なんだかこの写真・・・」


晴義は写真に違和感を感じた。


「気づいた?」


慶子が少しにやっとしながら晴義の顔を覗き込んだ。


「この子の顔のわきに、別の顔が見えるような・・・」


「心霊写真っぽいでしょ。」


「そう、それですよ、まさに・・・いや、怖いんですけど。」


「これは心霊現象じゃないの。これがまさに時間の分かれ目よ。彼女の時間軸がぶれているのでこう見えたの。世にある心霊写真の多くがこうした時間軸のブレを写したものだとわたしは思うわ。」


「そ、そうですか・・・」


「この写真、あとでチャットかなんかで送るわね。」


「ぶ、不気味ですが・・・いや、はい、写真はわかりました。時間の流れが肉眼で見えるという証拠があるのですか?」


「ええ、あるわ。あなたにもそれを見る力があるはずよ。」


「僕に?どうやって?」


「自分ですぐにはできないと思うので、わたしを通じて見せてあげるわ。ちょっと立ち上がってみて」


「え?」


慶子は机の上にあったティーカップをつかむと、いきなり床に落とした。

ビシャッ、床に広がる紅茶、割れるティーカップ!


「な、どうしたんですか?なにを・・・」


「わたしもこれをやるのは久しぶりなんだけど・・・」


慶子は晴義の両肩に手を置くと、身体をぐいと寄せ、晴義の目をじっと見つめた。

慶子は晴義よりも年上だったが、晴義のほうが数センチ身長が高いのがわかった。


「せ、先生?」


「じっとして」

慶子の接近に伴い、慶子がつけている香水の香りを感じる晴義


(うわ、先生、いい香り・・・)


さらに密着する二人の身体。


「うあ、先生、いや、ちょ、でも、」


「いいからじっとして・・・わたしの目を見て」


晴義の顔に慶子の顔が近づく、まるでキスでもできてしまうかのような近さだ。


慶子の目の中に晴義の顔が映っている・・・!!

そのとき、慶子の左目の奥が青く輝きはじめ、時計の文字盤のような動きが一瞬見えたような気がした!

あわてて数回まばたきをすると、視界に入ってきた風景の様子ががらっと変わった!


「あ、あっ!えっ!」


晴義は気づいた。

風景から色味が消え、自分の周囲に残像のような流れとも歪みともいえないうごめく像が見えた。これが時間の流れというものだろうか?

慶子は目の前からいなくなったが、どこからか慶子の声が聞こえる。


「せ、先生!ま、まわりの風景が・・・」


「落ち着いて。今見えているものは、私が見ている光景よ。これがあなた。」


慶子のいうとおり、驚きの表情で立ちすくむ晴義がいた。

身体が白く輝き、完全にスローモーな状態となっている。


「す、すごい・・・なんだかよくわかりませんが、すごいです。こ、この流体のように見えるものが時間ですか。」


「そう、正確には流体じゃないわ。私たちが時間に逆らって動いているから、目に見えるものが歪んで見えるのよ。それが、流れのようなビジュアルを形成していると思うわ。」


「時間に逆らうというと、少し過去に戻っているのですか?」


「そうよ。でも、たいした過去でもないわ。わたしの力じゃせいぜい数秒前。つまり今あなたに見えているのは数秒前の世界・・・」


「数秒前・・・!!」


視界についさっき慶子がわざと落としたティーカップが映った。


床に広がっていた紅茶がカップにもどり、割れたカップも元に戻っていく動きを見せていた。

(カップは完全にもどったわけではなく、ひびが残っていたり、少しかけていたりしている。)


「!!!・・・じ、時間が・・・戻っていく・・・すごい!!」


「廊下に出るわ」


廊下には数名の生徒の姿が見える

時間の流れの中、ゆっくりと動いている生徒の一部に身体のブレが少ないものとブレが多いものがいることに気付く。


「彼らを見て、気づいたかしら。」


「はい。」


「文字通り、ブレが少ない人ほど、人生・・・つまり時間分岐があまりない人よ。ブレが多い人ほど、迷いが多く、未来が確定していない、いきあたりばったりの人」


「時間の流れに乗ってないので、ブレて見える??」


「そうかもね。」


「なるほど、わかりやすい。あ、あそこにブレまくってるやつがいる。」


「いるわね」(笑)


「たぶん、中郷かな。ああ、やっぱりそうだ。」


「あなたの同級生ね」


「あいつは人生ブレまくるんだな。」(笑)


「色味に注目して」


「えーと、色味というと、このモノトーンというか、色彩のない見え方ですか。」


「そう、時間軸に確実に影響をあたえるものは逆に色味をもって見えるわ。覚えておいて。」


「はい、いや、すごい。これはすごい・・・ところで先生、少しなんだが息苦しい・・・」


「まだ『時の瞳』に慣れてないからね。それにこの見せ方、お互いに疲れるから・・・そろそろ戻るわよ。」


慶子の視界からシュン!ともとの自分の視界に戻ると、密接したまま慶子が目の前にいた。


「っっ! はっ、はぁ、はぁ、」

晴義、息切れをしながら・・・興奮冷めやらぬ様子。

慶子と顔がめちゃくちゃ近いままだ!


慶子の左目から青い輝きがすうっとひいていく


「はぁ、はぁ、す、すごい・・・先生、すごかった・・・すごかった・・・です。」


「そうらしいわね。」


慶子の手は晴義の肩から離れているが、晴義は慶子の身体を強く抱き寄せている状態だった。


「ふふ、晴義くん、元気ね。手を放して・・・もらえるかしら」


「え??あ、ああっ!」


晴義の股間はいつの間にか血液充填MAXの状態で、抱きしめた慶子の下腹部に男性をぐりぐりと密着させていたのだ。

あわてて慶子をリリースする晴義。


「す、すいません!!わざとじゃ・・・」


「ふふふ、まあ、あんなものを見たあとじゃしょうがないわね。気にしないで。」


晴義の足元には、割れたティーカップとお茶が飛び散っていた。




下校のチャイムが鳴り、女子アナウンスによる下校放送が校内に響き渡った


「それよりも放課後の保健室に生徒と一緒にいるところを見られる方がまずいわ。一旦ここを出ましょう。」


「は、はい・・・」


股間を抑えながら恥ずかしそうな態度の晴義

(やばい、少し我慢汁が・・・出たか?)


顔を赤らめながら、保健室からこそこそ出ると、慶子の背中にどん!と当たってしまった。

慶子が立ち止まっている。


「あいてて、すいません。」


「しっ、静かに!」


突然、慶子の顔色が変わった。

「しまった・・・」


「先生、どうしたんですか」


「誰かがわたしたちの存在に気付いたわ。」


「だ、誰ですか」


「まだわからない。時間の流れを調べているものがいる。」


「え?」


「時間の分岐点が起こることをよくないと思う連中がいるのよ。」


「え?え?」


「さっき『時の瞳』をつかったことで、バレたのかも」


慶子は持っていたアタッシュケースから、3つの砂時計を出した。

よくみると砂時計の砂が逆転している。


「なんですかこれ!」


慶子は自分たちが移動してきた経路に砂時計を投げるように置いていった。


「これで文字通り時間稼ぎができるわ」


「よくわかりませんが・・・」


「いまのうちに逃げましょう。」




校内 廊下


ジャミング用砂時計に気付いて、舌打ちをする黒い人影。


バキッ!

踏み潰される砂時計。


ガラスと砂がキラキラと輝きながら、廊下に飛び散った。

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