「おお。お前まだいたのか」


「うん」


「あっちで恋人できたんだろ?」


「うん」


「はやく逢いに行ってやれよ。次元の壁を越えてさ」


「それがさ。なかなかお呼びがかからなくてさ」


「お呼び?」


「うん。次元の壁を越えるために、こっちの通信端末を残してきたんだ。こっちにはないもので、それに細工してさ。それが壊れると、本来の場所つまりここに戻ろうとする作用がはたらいて、僕があっちに戻れるって仕組みなんだけど」


「通信端末がまだ生きてんのか」


「たぶん。彼女に椅子の端とか使って壊してくれって手記機能に残してはいるんだけど」


「恋人が通信端末を見つけてないとか?」


「そんなはずはないんだけどなあ。僕に繋がるものは次元壊れないように全部処分して、そのうえで机に通信端末置いてきたんだけど」


「わからんな。もう一回次元の壁をこちらで破るか?」


「それじゃ僕が仕事した意味ないじゃん。せっかく諸々直したのにまた壊すのは」


「まあ、いつでも言えよ。次元の壁を開けたくなったら」


「うん。おっ」


「来たか?」


「うん。話をしてたらだね。じゃ、行ってくる」


「あっちから戻るのは自由なんだろ。しばらくしたら恋人連れてこっちに来いよ」


「そうするよ」


 ばきばきという音。


「あ」


 彼女がいる。


「ごめんなさい。スマートフォン。おしりでつぶしちゃった」


「おしり」


 破壊力すごいな。


「え。なんで。うそ」


 状況をのみこめてきたのか、彼女がうろたえはじめる。

 椅子の端とかを想定していたけど。

 彼女のおしりに敷かれている。ちょっと軽い。


「やせた?」


「うん。ごはんがうまくいかなくて」


「そっかそっか」


 彼女は、自分といろいろ違うところがある。やさしい。不測の事態になるとおろおろしはじめる。そして、笑うと。まるで周りのすべてがやわらかくなるみたいに、暖かい気持ちになる。

 そして今現在、彼女は不測の事態に陥りおろおろしている。


「ごめんなさいスマホがスマホで手記機能が椅子でわたしがおしりで」


「落ち着いて落ち着いて」


「んむりぃ」


 落ち着くのは無理らしい。


「じゃ、キッチン借りるよ」


 やせた彼女に、何か美味しい料理をつくってあげよう。


「ね。わかんない。わかんないよ。わかんないよお」


 脳内回路がショートしたのか、彼女は下着を持ってきて着せようとしてくる。地面に脚裏がついているので、当然着せられない。


「ねえ。脚あげてよお。着せられないよお」


 半泣きなので、仕方なく、料理しながら脚をあげた。こういうのは結構器用にできる。

 彼女の下着。

 みちみちという音をしばらくたてて。

 おっ。

 耐えた。

 弾けないで耐えた。すごいすごい。

 あっ。

 やっぱ弾けた。だめか。


「うわあああ」


 今ので何を理解したのか分からないけど、彼女がようやく自分を認知したらしい。抱きついてくる。軽く回避。


「ねえなんで避けるの」


「包丁持ってるんですけど」


「あ、はい」


 ちょっと待っててね。いま何か作るから。それまでスマートフォンでも見て待ってて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマートフォンの手記機能 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る