第四拾陸話 叢雨が示す場所哉
「碧くん」
「何?」
そう返事をして、顔をこちらに向ける。
「デリケートな話題にも関わらず話してくれてありがとう。って私が話して頼んだんだけどさ。でも、碧くんは拒まずに応えてくれた」
「俺はただ汐璃さんが話してくれる機会を与えてくれたから話しただけだよ。むしろ俺の方が感謝しないといけない。きっとこの話ができるのは
碧くんはそう言ってどこか遠くを見つめる。
その目線の先には何が映っているんだろう。
過去に澪さんと過ごした時間。
それともこれからを考えているのだろうか。
私はいつの間にかその横顔にまた釘付けになっていた。
ハッとその事実に気付き、それを誤魔化すようにバッとベンチから立ち上がる。
そして、碧くんを見下ろす。
「碧くん。あやめ祭り、絶対成功させようね」
きっと今私が碧くんにできる1番のことはこれしかない。
碧くんは私を見上げ、もう一度目線を落とす。
「あぁ。絶対成功させよう」
そう力強い返事が返ってきた。
**
俺はベンチから立ち上がり、ズボンのポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。
19時40分。
かれこれ30分は公園にいた計算だ。
「もう暗いし、送ってくよ」
「いやいや、大丈夫だよ! ここから私の家までかなり距離あるし……」
汐璃さんは両手を顔の前で小刻みに振る。
「いや、遠いからこそだよ。それに暗い中女の子1人で歩かせるわけには――ってえ?」
「え?」
冷たい水滴が頬を伝う。
それに従って空を見上げると先ほどまで見えていた月が雨雲によって隠れてしまっていた。
「あちゃーまた降ってきたね……」
「しかも強くなりそうな予感……」
「だね……」
俺と汐璃さんは顔を見合わせる。
汐璃さんはニッとこちらに笑いかけてくる。
そして、俺の腕を掴んで駆けだす。
「ほら、碧くん! 走らないと濡れちゃう!」
「いやっ、走るってどこに!」
「うーん……濡れないところ?」
「だからそれがどこかって聞いてるの!」
汐璃さんはそんなことお構いなしに走る。
ふと斜め後ろから覗かせるその笑顔は俺が今まで1番見てきた笑顔と線対称の図形のようにぴったりと重なる。
こうなったらしょうがないな。
「あぁもう! とりあえずうちに行こう!」
**
「ってことでこちら同じ生徒会で活動している副会長の杏汐璃さん。急に雨降ってきたからとりあえず落ち着くまで居てもらおうかなと……」
「初めまして。杏汐璃です。急に押しかけてしまい申し訳ないです」
公園から雨が凌げる場所となると家しか思いつかなかったため、汐璃さんと2人で帰宅という形になってしまった。
母さんはびしょ濡れになった俺たちを見て、口を開けて立ち尽くしている――というよりは汐璃さんを見て、驚いているといったほうが正しいかもしれない。
「母さん?」
「あ、ごめんなさい……。碧の母です。いつも碧がお世話になっています」
「い、いえ! 私の方がいつも碧くんに助けられていますので……」
母さんは俺たちが濡れていることに気付くと、洗面所に向かい、タオルを取ってきてくれた。
「はい、これでまず体を拭いて、はい、碧も」
「ありがとうございます」
「汐璃ちゃん。お風呂ちょうど沸かしてたから入ってきて。このままだと風邪ひいちゃうし」
「い、いえ流石にそこまでしていただくのは――くしゅん!」
「ね? 初めて来た家でお風呂入るの抵抗あると思うけど、入ってって」
母さんは杏さんが気を遣わないように笑顔でそう告げる。
「でもお言葉に甘えて……」
そう言って汐璃さんは風呂場へ小走りで向かっていった。
「不思議なこともあるのね……」
母さんは汐璃さんの後ろ姿を見ながらつぶやく。
「そうだね」
「高校2年生の澪ちゃんが現れたのかって本当に思っちゃったわ」
そう何かに想いを馳せるように母さんは言葉を発する。
「もう何か汐璃ちゃんについて言ってくれたらよかったのに」
「俺も心の整理ついてなかったし、言うタイミングが見当たらなかったんだよ」
母さんは腰に手をつけ、ふっと息を吐き出す。
「それにしても家に連れ込むとは碧もやるようになったじゃない。本当に好きなのね」
「ちょっ! 言い方!」
「冗談よ。冗談」
はぁと1つ溜息をつく。
「なんか顔すっきりしたんじゃない?」
「まぁね」
ほら碧も風邪ひくから頭拭いて着替えてきなさい。汐璃さん上がったら碧の部屋に案内してあげなさいね」
「うん」
俺はそのまま2階の自室へ行くために階段の1段目に右足をかけ、一旦振り返る。
「母さん」
「ん?」
「澪は澪。汐璃さんは汐璃さん。だよ」
それだけを残して階段を上っていく。
「……うん。わかってるわよ」
「元気になったみたいで本当によかったわ……」
何か母さんが呟いた気がしてもう一度振り返る。
「何か言った?」
「なんでもないわよー」
母さんはそう言ってリビングに戻っていった。
**
「失礼しまーす……」
「そんな慎重になられるとこっちまで緊張してくるんだけど……」
私は何の因果か碧くんの部屋にいる。時刻は20時10分を回ったところ。
あれ、私ってこれまで男の子の部屋に入ったことってあるっけ……?
もしかして16年生きてきて初めてなのでは。
それに加え、初めて来る家でそれも男の子の家でお風呂もいただき、服も碧くんのTシャツとハーフパンツを着ている。
私と碧くんの身長差は大体12、3cmほどだろうか。そのため、Tシャツの裾が太ももあたりまであるし、袖も7分袖のようになっている。
聞いたことがある。
これは所謂「彼シャツ!」ということを。
あー服からも部屋からも碧くんの匂いがするし、こんな状況で緊張するのは仕方ないじゃん!
「汐璃さん、ベッドに座ってもらっていいから」
「ベッド!?」
「そこにそんな反応しないでよ」
碧くんははぁと息をついて、学習机の近くにある椅子に腰かける。
ぐるっと部屋を見渡す。
綺麗に整頓された本棚。
小説や新書、ライトノベル、少年誌で連載されている漫画などなどかなり多くの本がずらっと並んでいる。結構迫力がある。
碧くんは本を読むのが好きなんだ。
部屋全体もすっきりとしていて、いきなりの訪問にも関わらずここまで片付いているということは普段からちらかっていないということだろう。
学習机はかなり収納があり、教科書やノートのほかに賞状やメダルなどが飾られてある。
そして、机の上にはあやめ祭りについての資料やパンフレットが開きっぱなしで乱雑に置かれている。
やっぱり碧くんはすごい考えているんだ。
「汐璃さん?」
私が碧くんの部屋を不躾に見渡しいたからか声をかけられてしまった。
「あ、いやごめんね。あまり友達の部屋に来た経験がなくて、それに男の部屋なんて初めてでさ……
「汐璃さんって奈良から宮城に来たんだよね?」
碧くんは話の流れに関係ないような話題を振ってくる。
「え、うん。そうだけど……」
「それ以外にも転校多かったの?」
碧くんはコップを持ち上げ、口に運ぶ。
「そうだね。中学生までは奈良県内を基本的に転々としていたかな。1つの学校には多くて2年くらいしかいれなかったね」
「良かったらさ
碧くんはコップを机の上に置き、こっちを真っすぐに見る。
「あ、いや話したくないなら全然話してもらわなくていいんだけど……」
「ふふ……。うん。話す。碧くんも沢山話してくれたし」
私はホットココアが入ったコップを両手で抱えて暖を取りながら語り始めた。
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