第四拾四話 走り梅雨が浮かばせる想い哉
夕立にあい、
しかし、走ったかいがあったのかピークを迎える前に帰宅することができた。
そんな雨はついさきほど止んだ。
19時頃夕食を済ませ、自室であやめ祭りについて諸々考えているときに突然インターホンが鳴った。
こんな時間に誰だ? と思ったものの1階にいる誰かが応答するだろうと意識を戻す。
その数秒後1階のリビングから何か物を落とした音と母の驚く声が聞こえた。
流石に気になり、自室を出て階段を足早に降りる。
「母さんどうしたの――って本当にどうしたの?」
インターホンの前に目を丸くして、まさに開いた口がふさがらないとも言うべき表情で母が立ち尽くしていた。
「――ちゃんが」
「え?」
「
信じられない言葉が聞こえた。
「――は?」
澪がいた?
母は澪が亡くなってからは澪のことなんて話題にもあげなかった。
俺に精一杯気を遣っていたんだろう。
だから母から発せられた言葉は信じられなかった。
こんな冗談を言うような性格でもない。
まさか……。
俺は少し胸騒ぎがして、玄関を開ける。
そこには濡れた傘を手に持ち、少し濡れた制服姿の
「……」
俺は目の前の状況が理解できずに立ち尽くしていた。
汐璃さんは真っすぐに俺の方を見ている。
「碧くん。今から少し話せるかな」
俺は汐璃さんの意図がよくわからなかったが、その覚悟と不安が入り混じったような瞳を見て、誘いに乗ることにした。
「……うん。わかった」
「母さん、ちょっと出かけてくる」
それだけを告げて、近くの公園へ向かった。
家から歩いて5分ほどのところにある小さい公園に来た。
時刻は19時20分ほどで日も沈み、1つの街灯の白い明かりが頼りなく2人が座るベンチを照らす。
「碧くん、これ」
汐璃さんは自分の膝の上に置いたリュックから緑色のクリアブックを取り出す。
それは今日俺が生徒会室に忘れたものだった。
「あ、ありがと。まさかこれを届けに来てくれたってわけじゃないよね……?」
汐璃さんはスカートの裾を両手でグッと握る。
そして、俯いたまま声を絞り出すように言葉を発する。
「碧くん。そのファイルに入っていた写真を見ちゃったんだ……」
「え……?」
写真……写真って俺と澪が中学2年の6月に撮った写真のこと……か……
いや、それしかありえない。その写真しか俺はファイルに入れてない。
俺は勢いよく顔を上げて隣にいる汐璃さんを見る。
ということは汐璃さんに澪のことを知られた……ってことか。
「勝手に見てしまってごめんなさい!」
汐璃さんは身体をこちらに向けて深々と頭を下げている。
「うん。それは全然気にしなくていいよ」
努めて冷静に返す。
今はこれが精いっぱいだ。
汐璃さんは身体をもう一度正面に向けて、続ける。
「ファイルを床に落とした拍子に中から写真が出てきて、写真を拾ってみたらさ、中学生のときの私が写っていてびっくりしちゃったよ。その瞬間に今までの碧くんの言動が全部繋がったような気がしたんだ。私と不用意に関わらないようにしていたこと、多賀城政庁跡で話してくれた憧れていた人、夢。そして、今日のあの碧くんの想いが詰まった言葉。それが何を意味しているのか。それで居ても立っても居られなくなっちゃって……」
動揺を隠すように乾いた笑みを浮かべながら話す。
「それで学校から直接うちを訪ねてきたってこと?」
汐璃さんは小さく首を縦に振る。
「家は
そりゃあそうだ。
偶然見た写真に自分と瓜二つの人物が写っていたのだから。
まるでその写真が鏡かのように自分を写しているかのように。
いつかは話す必要がある。
なんとなくそう思っていた。
別に話す義理なんてないのかもしれない。
でも、話さなきゃいけないという理屈じゃない何かが俺を追い立てる。
それが今俺が思ってもみない形でまさに不意打ちのような形でやってきただけだ。
全く神様は勝手だな。俺がやっと澪の死を受け入れようとしたときにこんなことをやってくれるなんて。
「わかった。話すよ」
「え? いいの……?」
汐璃さんは俺の返答が予想外だったのか、目を見開いて驚いている。
「うん、遅かれ早かれ汐璃さんには話すべきだなって思ってたから」
夜風が優しく肌を撫で、雨上がり特有の香りを連れてくる。
その香りを鼻から十分に吸い込み、ゆっくりと口から吐き出す。
汐璃さんは俺が話す準備を整えたことを察知して少し体が強張っているように見えた。
肘を太ももにのせて両手を組み、前のめりになって言葉を発する。
「あの写真に写っていたのは
「やっぱり凪さんのお姉さんだったのね。似てるものね…… 水無月澪……か。とても素敵な名前。ちなみに私は澪さんに会うことはできる……?」
その問いに俺は力なく首を横に振る。
それを自分の口から言ってしまうことにはためらいがあったが、意を決して口を開く。
「澪は中学2年生のときに亡くなっている。だからもうこの世にはいないんだ」
「……」
俯きながら、汐璃さんの顔を見ないようにして告げた。今、汐璃さんを顔を見てしまったらきっと言葉に詰まってしまう。
きっと汐璃さんもなんとなく澪がもういないことなんてわかっていたのだろう。わかっていて聞いたんだ。俺からその言葉を聞くために。それは汐璃さんなりの配慮だった。
「碧くん」
俺は顔だけを汐璃さんに向ける。
「よかったら話してくれないかな。澪さんのこと。碧くんと澪さんの2人のことを」
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