第四拾壱話 碧く澄んだ景色哉。

 千坂ちさかあおい


「昨日は勝手にいなくなってごめん!」


 多賀城の史跡や文化財を舞台にした写真撮影の翌日。

 俺は開口一番執行部のメンバーに謝罪をしていた。


「いや、別にいいってー。れいTから許可もらってたんでしょー?」

「もらってたけど……」

「じゃあよし!」

 鈴望れみがウインクをしながらグッと親指を立てる。

「鈴望先輩と同意見です」

「私もかな。でも、なぎさんまで追いかけていなくなったのはびっくりしたけどね」

 汐璃しおりさんが少し苦笑いを浮かべる。


「ご迷惑おかけして申し訳ないです……」

 凪が頭を下げる。


「おい、碧。それよりも俺たちは明日のことに対してのほうが驚いているんだが」

 捺希なつきは長机でパソコンで作業してた手を止めて、パソコンの横から顔を出して聞く。


「そうそう! そっちのほうが驚いたってば。「俺たちに相談しろよな」ってナツいつも以上に激おこだったんだよ。ね! しおりん?」

「そうね。あれは確かにかなり怒ってたわね」

「おい、ぼそっとつぶやいただけだろうが。俺をキレキャラみたいに言うな」

「だっていつも怒ってるじゃん。紫水しすいくんもそう思うでしょ?」


 鈴望は同じく机で黙々と仕事をしていた紫水に回答を求める。

「確かに捺希先輩は終始怒っているイメージはありますね」

「おい!」

 紫水はパソコンを操作する手を止めずに淡々と答える。

 鈴望が少し得意げである。

 なんでも張り合うのやめない?


「でも、鈴望先輩が捺希先輩を怒らせているというパターンも考えられるのでどっちもどっちです」

「ちょっ紫水くん!? いつ私がナツを怒らせっていうのよ! そんなこと言うからには証拠を出してもらわないと困るんだけどなー」

 紫水はパソコン越しに少し軽蔑の眼差しを鈴望に向けている。

「なんでそんな目で見るの!?」

「いえ……とても面倒くさいかつ小学生みたいなこと言い出すからつい」


 地球が何回回った日とか言ったり、鬼ごっこで捕まりそうになったらルールにないバリアを使って「今追加したから」って言いだすやつとかね。


 紫水は小さくため息をつく。

「鈴望先輩、ここ一か月間の自分の行動をよーく振り返ってください。それが何よりの証拠ですから」

「一体私が何をしたっていうのよ。振り返ったって何もありはしないって――ちょっと待って。もしかして私ってナツにウザ絡みしてる?」


 これまでウザ絡みしてた自覚なかったんだ……


「なんで誰も否定してくれないの!?」

「だって本当のことだからね。それに白藍くんだけじゃなく、後輩2人にも結構絡んでるわよ」

「……私ウザかった?」

 鈴望は青ざめた顔で凪へと振り返る。

「……ウザいときもありましたね……」


 ガーンというオノマトペが鈴望の顔の横に見えてしまうくらいの衝撃に満ちた顔を浮かべて、その場にしゃがみこんでしまった。


「鈴望さん、そんな落ち込まなくても大丈夫だって。ウザ絡みこそ鈴望さんの真骨頂みたいなところあるから」

 汐璃さんもしゃがみこんでしまった鈴望と目線の高さを合わせるようにしゃがみ、肩をポンポンと叩き、慰めている。

「それフォローになってなくない!?」

「なんだ元気じゃない。そんなツッコミができるなら大丈夫ね」

「しおりんがボケるからツッコまわざるを得ないだけなんだけどなー」

「別にボケてないんだけどなー」

「だから傷つくからやめて!? ボケって言われないと本心からそう言っているみたいじゃん!」


 そんな鈴望を後目に捺希は立ち上がり、緊張した面持ちで俺に問いかける。

「それより碧。どうして明日市長に会うんだ? 何か緊急で話し合う必要があることでもあるのか?」

「いや、何か問題があったわけではないからそれは安心して。gただ俺がやりたいことを思い出したからそれを伝えようと思う」


「そっか。了解」

 それだけ言って捺希は何か腑に落ちたような表情を浮かべ、自分の席へ踵を返す。

「……これ以上何も聞かないのか?」


「何もって碧が俺たちのトップなんだから碧の決定についていって俺たちはサポートするだけだからな。俺からは以上。まぁ他のみんなもそうだと思うけどな」

 鈴望、凪、紫水、汐璃さんの顔を順番にぐるりと見渡す。

「みんなもそうなのか……?」


「アオイがしっかり考えた結果がそれならなーんにも心配してないよ」

「私も鈴望さんと同意見です」

「僕もです」

「私からも特にないかな。碧くんがとても悩んでいたのも知っているし、その末に出した答えなんだからきっと大丈夫」


「ただ、碧が中途半端な感じで今と同じこと言ってきたら殴ってたかもな」

「おい!」

「でも、真剣な眼差しだったからな。うまくいく。俺が保証してやるよ」

「ナツに保証されてもねー」

「うるせっ」

「鈴望先輩言ったそばから怒らせているじゃないですか……」


 捺希と鈴望はいつも通り言い合っているし、2人に冷静に紫水がツッコんでいる。

 そんな様子を凪と汐璃さんが笑い合いながら見ている。

 まだこの執行部が始動してからは1ヵ月ちょっとしか経っていないのに見慣れた光景。

 これから1年以上続く活動のなかできっといくつも同じようなことが起こるのだろう。

 でも、どうしてかはわからないけど目の前がとてもはっきりと澄んで見える。

 俺はどうしようもないくらいこの5人に心を魅了されてしまっているようだ。


「みんなありがとう。じゃあ簡単に明日話すつもりのことを共有するよ」


 心強いな。

 そう本心から思うのと同時にこの場に澪もいてくれたらという感情も膨れ上がる。


 楽しい瞬間、嬉しい瞬間、幸せな瞬間に出くわすたびにそういった感情と澪もいてくれたらと思ってしまう。同じ感情を共有したいと思うのはきっと普通のことだ。


 だから俺は俺のやるべきことをやる。

 きっとこの夢を叶えることが澪と感情を共有できる最後の瞬間になるから。


 もうその瞬間は逃がさない。

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