第四拾話 懐かしい記憶と重なる今哉
「あんまり遅くなると
俺は腰を上げて境内に腰をかけている
「ありがとうごさいま、いっ……」
凪が俺の手を取って立ち上がろうとしたときにふと声が漏れた。
「足怪我したのか!?」
俺はもう一度しゃがみ、凪の足の状態を確認する。
「そ、そんな大層な怪我じゃないですよ。ただ慣れない服装かつ靴だったので靴擦れしてしまっただけです」
そう言って凪は俺に気を遣わせないよう笑顔を浮かべる。
――そんな無理に笑わなくていいんだ。
ふぅと小さくため息をついて、左ひざを地面につけ凪に背中を向ける。
「ほら、乗って」
「え、えぇ!? まさかおんぶするわけじゃないですよね……?」
凪は俺の行動が予想外だったのか大きな声をあげる。
「そのまさかだよ。というかこの体勢をとった時点でそれしかあり得ないでしょ?」
「そ、それはそうですが……私もう高校1年生ですよ?」
「足痛めてる女の子をそのまま歩かせるわけにはいかないでしょうが。年齢なんてこの際どうだっていい」
俺の背中に体を預ける様子はない。
「はーやーくー」
そんなだだをこねる凪を俺は言葉と目で催促する。
「わ、わかりましたわかりました! だからその怖い顔やめてください……」
「怖い顔してたつもりなかったんだけどな。ごめん」
催促する気持ちが強くていつの間にか顔がこわばっていたようだ。
「ふぅー……それでは失礼します……」
「う、うん……なんかそんな改まった感じだと俺までなんか身構えちゃうんだけど」
「だって仕方ないですよ……この年でおんぶされる恥ずかしいですし。それにこんな道端でなんて……」
「大丈夫だって。小さいときは何度もおんぶしてたし。いや、あれは俺がしてたというより凪がおんぶされに来てたんだっけ?」
「ちょっ! そ、そんなことないですから! 断じて私からおんぶされにいったなんてことはないです!」
俺の背中をぽこぽこと両手で小気味よく叩く。
そんな強い否定は肯定な気がするが……
そうして凪の両腕が俺の両肩からぶら下がる。
凪の体温が装束を通してじんわりと伝わってくる。
「……重くないですか……?」
「全然軽いから心配することないよ。それより落ちないようにしっかり掴まってなね」
ぐっと脚に力を込めて立ち上がり、凪のお尻を触らないように慎重にハムストリングのあたりに手を回す。
「んっ……」
耳元で凪の息の漏れたような声が聞こえた気がしたが聞こえないふりをしておこう。
しばらく人も車通りも全くない道路を歩く。
辺りの木が風に小さく揺られる音が心地よい。
「なんか懐かしいですね」
凪の柔らかな声が静かな空間に響く。
俺と
「いつも3人で遊んでたよな」
「私が姉さんとアオ君付きまとってたという言い方のほうが正しいかもしれません」
「自分でそれ言っちゃうのね。あと、凪はよく泣いてたね」
「はい。何をするにも姉さんについて回り、真似をしてましたから。でも、年が1つしか離れてないと言ってもお二人とは何かそれ以上の距離を感じてました。だから私をみてもらおうとして、泣きじゃくってたのかもしれません。それによく泣いてたからかアオ君私のこと褒めまくってましたし、おんぶしてくれましたよね」
「……それについてはノーコメントで」
「そうですね。でも、私はアオ君におんぶされるの嫌だったんですよ」
「……まじ?」
予想外の答えに一瞬言葉が詰まった。
「まじです。おんぶが嫌だったというよりアオ君が嫌だったのかもしれませんね」
「いや、そっちのほうが傷つくんだけど!?」
衝撃のカミングアウトだった
「たぶん幼稚園くらいから小学校低学年くらいのときですよ。小学3年生辺りからは普通に優しいお兄さんという印象しかありませんから」
「そうだったのか……何かきっかけとあったの?」
「ありますよ。でも、秘密です」
凪がそう言い放った何気ない一言は俺の全身を震わせた。
声色も。
抑揚も。
全て澪から聞いたことのあるものだった。
胸がドキリと跳ねて感覚がした。
「やっぱ姉妹だな……」
「え?」
「今の秘密の言い方。澪にそっくりだった。でも、それ以上に……うまく言葉にできないけど、しっくりきた」
「……」
凪から言葉は返ってこない。
西日が俺たちの影を伸ばす。
長い沈黙が続く。人も車も通らない。
俺の足音と凪の息遣いのみが鼓膜に届く。
「……私は姉さんに憧れていました。だから姉さんがやったことは私も真似をしてました。ピアノも水泳も勉強も。でも、姉さんとの距離は縮まるどころか同じことをすることで格の違いというのを感じて、さらに遠い存在になった気がしました。周りも当然姉妹だから比較をするんですよね。きっと相手からしたら悪気はないんだと思います。比較しやすい対象がいたら人は自然と比較してしまいますからね」
凪が言葉を淡々と繋いでいく。
「比較には2つが詰まっているんですよ。期待と失望の。きっと私には皆さん期待してくれてたんでしょうね。姉さんが凄かったから。でも、その比較は失望の色合いが強くなっていったんですよ。子どもはそういうの嫌でも感じ取ってしまうんです。いえ、子どもだからですかね。子どもながらとても悩みましたよ。こんなこと両親にもましてや姉さんには言えませんでしたから。でも、そんな塞ぎ込みつつあった私にも変わらず接してくれたのはアオ君でした」
「……そうだったっけ?」
「アオ君は他人にしてあげたことは覚えてないですよね。普通逆ですよ」
同じことを誰かにも言われた気がする。
俺がきっとしていることは偶然その人にとって心の救いになってくれているんだろう。
だって俺はそれが当然だと思って取っている行動だ。何か打算があって取っている行動じゃない。だから覚えてないのは当然だ。
「別にそういう打算めいたこと考えてないから覚えてないだけだよ。俺は当然だと自分のなかで思っていることをやっただけ。だからあまり覚えてないんだよ」
「だからそういうところですって」
凪は少し嬉しそうにはにかむ。
「とりあえずそういう一面を見て、優しい人なんだってやっと気づいたんですよ。だからおんぶされることも、頭を撫でられるのも、褒めてもらうことも嬉しいことに変わりました。さすがに今はちょっと恥ずかしいですけどね」
凪は若干早口で捲し立てる。
「理由は秘密、じゃなかったか?」
「私は
俺は思わず足を止める。
「どうしました?」
「いや、澪のこと本当に好きなんだなって改めて思っただけだよ」
それだけを言って歩みを再開する。
「……姉さんだけじゃ……ないです」
耳元でつぶやくように凪の口から言葉が漏れた気がする。
その声は聞こえなかった。
いや、聞こえなかったふりをしただけなのだろうか。
「何か言った?」
「いえ。……なんでもないですよ」
凪本人が誤魔化すのであればこれ以上は追及しないでおこう。
その言葉はきっと俺たちの関係性を覆すほどの力を持っているのだろうから。
「アオ君」
凪は右耳をピタリと俺の右肩あたりにそわせる。
温かい体温が伝わってくる。
「あやめ祭り、成功させましょうね」
波が立たないほど静謐な水面に一滴の雫が落ち、波が広がるように凪の声が優しく響く。
「そうだな」
俺の言葉を天にさらうように風が強く吹いた。
澪にも聞こえただろうか。
(ちゃんと見届けておけよ)
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