第参拾七話 重ならない影と色哉

 水無月みなづきなぎ


 写真撮影を興井おきのい・末の松山・壺のいしぶみで行い、残る舞台は多賀城政庁跡たがじょうせいちょうあとだけとなった。


 壺の碑から多賀城政庁跡に行くためには石階段を上る必要があり、慣れないこの装束で上るとなると結構体力が必要だ。


「はぁはぁ……あ゛ーいつもならここの階段上るのなんて余裕なのに服違うだけでこんなに大変になるんだ……ナツーおんぶしてー」

「美少女とは思えないとんでもない声出てるぞ」

「幼なじみの女の子1人くらいおんぶできるようになっててよー」

「なんでそんな限定的なスキル習得しとかなきゃならないんだよ……こうやってペース合わせてるだけでも感謝してほしいくらいだよ」


 鈴望れみさんとナツさんはいつも通りのやり取りをしてるから元気。うん、元気です。


 少しでも歩きやすくなるように装束の布をつかみながら上っていく。


「大丈夫か、なぎ?」

「はい……大丈夫です……」

 大丈夫と言ったはいいものの息は十分すぎるほどあがっており、体は嘘をつけない。


 最後の10段くらいに差し掛かるとこれまでよりも足場が若干狭くなり、凸凹し始める。

 それに加えて足袋?くつ?っていうんですか?

 とりあえず慣れない靴を履いているため滑らないように足を踏み外さないように細心の注意を払って一段一段を踏みしめていく。


 上を見上げると汐璃しおりさんと紫水しすいくんがもうすでに上り終えて、政庁跡を眺めている。

 はやすぎませんか……


「急ぐ必要ないからな、慣れない格好して慣れないことしてるんだから安全第一で上ろう」

 アオ君が私のはやる心を見透かしたかのように声をかけてくれる。

「なんかそんな真剣に言われるとまるで登山をしてるかのようなんですが」

「そんな笑うなよな、ただ心配しただけなのに……」

「ごめんなさい。あまりにも真剣だったのについ」

「ほら、危ないから」

「え?」


 顔を上げるとアオ君が私に向けて手を差し伸べていた。

 掴まっておけ。ということだろうか。

 今までの私だったらこの手を取ることさえ躊躇していたかもしれない。

 だってその手を握っていいのは私じゃなくて、姉さんだったから。

 だってアオ君の隣にいたのはいつも私じゃなくて、姉さんだったから。


 私はただ早く姉さんとアオ君に追いつきたかった。

 私が追い付こうとすると2人はさらに遠いところに2人で行ってしまう。

 アオ君の隣には姉さんがいて、姉さんの隣にはアオ君がいた。

 でも、アオ君は時々立ち止まり私に手を差し伸べてくれた。

 それが嬉しかった。

 それでも私がアオ君の隣に立って一緒に歩くことはなかった。

 できなかった。


 でも

 それでも



「なんか昔もこんなことありませんでしたっけ」

「凪は意外とおっちょこちょいだったしね。よく俺たちの後ろをついてきてたよね」

 アオ君は前を向き、懐かしさを感じている。

 そんな横顔を斜め後ろから見る。

 俺ですか……


 もう後ろは歩きたくない。

 私は夕陽に照らされて朱くなった手を取る。


「もうあの時の私じゃないですよ」

「え?って凪!急に走るなっての」

 その手を支えに勢いよく駆け上り、最後の一段を跳び越える。


 アオ君と過ごした日々を覚えているのはもう私しかいないんだから。



 白藍しらあい捺希なつき


「ナツ、あれが幼なじみという尊い存在なんだよ……」

「いや、あの2人は幼なじみという関係性超えてもっと面倒くさいことになってると思うけどな」

「はぁ……ナツもアオイみたいなことをさらっとできたらよかったのに」

「なんで鈴望に憐れみの感情なんて抱かれきゃならないんだ。まずあんなの俺の柄じゃない」

「でも、私たちだって幼なじみだよ」

「それ理由になってないと思うんだが……」


 鈴望が眉間に少ししわを寄せ、そっぽを向いている。

 鈴望って頑固だからな。こうなったら動こうとしないだろうな。

 昔だからそうだ。


 しょうがない。

 そう、これはしょうがない。

 撮影にだって時間制限はある。


 こう思うのも俺たちが幼なじみだからなのだろうか。


「ほら、これでいいか」

 俺は鈴望に左手を差し伸べる

「……うん」


 あーくそっ……

 そんな顔するな。


 俺たちまで幼なじみより面倒くさくなるだろ。


 **

 水無月凪


 石階段を上り終え、呼吸を整えてから政庁跡での撮影が始まった。

 私、アオ君、紫水くんの撮影はすでに終わっており、今は鈴望さんたちの番。


「ほらほら捺希なつきくん! いい写真撮るためにも一肌脱いでくださいよ!」

「なんで俺がそんなこといなきゃいけないんだよ! そういうのもカメラマンの仕事じゃないのかよ!」

「被写体を褒めるのはあくまで手段にすぎなくて、どれだけ被写体を映えさせるか、モチベーションを上げるかが大事なんです!」

「うぐっ……なんかそれっぽいこと言われて納得してしまっている自分がいる……でも俺じゃなくてもいいだろ。鈴望なんて単純なんだから」


 今日カメラマンとして同行してくれている写真部の2年生の遠峯とおみね美玖みくさんにナツさんは腕を掴まれていて、それを懸命に振りほどこうとしている。

 おそらく遠峯さんは鈴望さんに声をかけてほしいのだろう。


「ナツ……誰が単純だってーー?」

「くそっ……無駄に耳が良いな……」


 渋っているナツさんに汐璃さんと紫水くんが声をかける。


「白藍くん。これは立派な執行部の仕事の1つだから白藍くんならできるわ。いや、やらなきゃいけないと思うの」

「汐璃先輩の言う通りです。僕の知っている捺希先輩は仕事に真摯に向き合う人です」


 うわー……

 この人たちめちゃくちゃ煽るじゃん……


「おい、2人とも真面目な顔して言ったらなんでも通じるなんて思ってないよな……」

「え?」

「なんのことですか?」

 2人はしらを切る。

 紫水くんは本当に何のことかわかってなさそうだけど。


「特に紫水。悪気がなければ何言ってもいいわけじゃないんだぞ」

「はい。悪気など一切ありません。僕の本心です」

 うわー……

 一番たちが悪いやつですこれ。

 紫水くんのことだから本当に悪気がないんだろうな。

 汐璃さんは悪ノリ100%だろうけど。


「え、白藍くん私は?」

「いや杏さんは圧倒的に悪ノリ百じゃんか」

「それは心外ですねー」

「全くです」

 2人の声がタイミングよく交わされる。


「やっぱ2人とも結託してるだろっ!」

「え?」

「何言ってるんですか?」


 この2人圧倒的に煽り性能が高い。


「ほらほら捺希くん! 時間だって無制限にあるわけじゃないですからっ」

「だってさ白藍くん」

「捺希先輩ならできます」


 ナツさんは後頭部を乱暴に掻く。

「あーもうわかったって! やればいいんだろやれば」

 3人の圧力に屈してしまったようだ。

「さっすがー」

「捺希先輩、流石です」

「絶対笑うなよ……」


 ナツさんの忠告に2人をグッと親指を立てる。


 とりあえずこれで良い写真が撮れそうだ。


 そういえばアオ君がいない。

 周囲を見ると私たちの斜め後ろでれい先生と2人で話していた。


あおいくん。この前頼まれたことだけどアポ取れたわよ」

「本当ですか?ありがとうございます」


 この前頼まれたこと?

 アオ君は何を頼んだのだろうか。


 耳を澄ませてみるがシャッター音とナツさんの声、アオ君が遠いのもあって断片的にしか聞こえない。


「――でもどうしてこのタイミングなんだ?」

「――やりたいこと、やらなければならないことに気づいたんですよ」


 やらなければならないこと……


 それはこの前の打ち合わせ後に一緒に帰ったときに言っていたことですか?


 ――みおの夢を、いや俺と澪の夢を叶えたいってもう一度本気で思った。


 撮影が終わった後、アオ君は1人いなくなった。



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