第参拾陸話 蒼と紫と朱と紫哉
先日万葉祭り実行委員会衣装部から万葉衣装、平安衣装を借りて今日はそれを実際に着てSNSに投稿する写真を撮る日である。
写真を撮る舞台は多賀城市の史跡や文化財である。具体的には多賀城政庁跡・壺の
運転は生徒会顧問の
そんなわけで今は学校でその衣装を着用しようとしているわけだ。
男子3人は一足早く着替えている。
その間、俺・
「男子諸君覗くなよー!」
生徒会室のなかから鈴望の声が廊下まで響く。
「覗かんわ!」
捺希も鈴望に負けじと声を張り上げ応答する。
「そんな即答されるとなんか嫌なんだけど!」
「面倒くさいな!」
「面倒くさい言うな! 本当女心というのがわからないんだから。だからナツはモテないんだよ!」
「うるせー! 余計なお世話だ! てか早く着替えろっての」
「鈴望さん、そんなに
「汐璃さん!?何言ってるんですか!?てか、鈴望さんそうなんですか……?」
「「そんなわけあるか!」」
鈴望と捺希が凄まじい勢いで否定する。
「え、お二人ってそういう関係だったんですか……?」
「「違う!!」」
鈴望と捺希が汐璃さんにすぐさま抗議声明を出す。
「
「しおりんがわけわからんこと言うから凪ちゃんに引かれちゃってるんだけどっ!」
「鈴望さんに至っては凪さんに最近しょっちゅう引かれてるじゃない」
「ちょっ、それ言われたら何も言えないからやめて……」
鈴望の顔が見えないがかなり落ち込んでいるのは声色でわかる。
凪のこと溺愛してるしな。
凪は本気で鈴望に引いているわけじゃないのに。
鈴望はリアクションが大きいから凪はそんな鈴望の反応を見て楽しんでいる、と俺は思うけど……本当に引いていたらすまん鈴望。
「ふふ、冗談だって。からかってごめんなさい。鈴望さんと白藍くんのやり取りが楽しそうでついね」
「もうーしおりん……可愛いから許す!」
「単純だな!?」
壁で空間が分断されようと捺希は鈴望にツッコむ。
「汐璃先輩って意外と悪戯する人というかもっとクールな方だと勝手に思ってました」
「それだけこの生徒会執行部に馴染めたってことだろうね」
最初は俺もクールな印象をその容姿から抱かざるを得なかった。でもそれは間違いだとこの1か月で気づいた。
汐璃さんは悪戯が好きというかこちらの反応をよく見ていて、その反応によって接し方を変えている。
これは人付き合いで当たり前のことかもしれないが汐璃さんはその芸当をより細かい自分のなかのメモリで人によって測ってこなしている。
澪もそうだった。
俺の顔を覗きこんで俺の表情を確認してきた。
冗談を言って俺の反応を見て笑顔を見せていた。
核心をつく質問をして、俺の返答に耳を傾けていた。
時々遠く見つめて儚げな横顔をみせて、俺の瞳を試していた。
篤実な
紫水は不思議そうにこちらを見ている。
「ん?どうかした?」
「いえ、なんか嬉しそうだなって思っただけです」
嬉しそうか。
俺は嬉しいのかな。
亡くなった幼なじみと容姿は瓜二つ、ふと見せる仕草やその瞳、言葉がそのまま澪が言っているように俺は聞こえてしまう。
こう思ってしまっていること自体が失礼なんじゃないのか。
そんな感情が俺の心の中で大きく根を張り、はがれない。
でも、本当は……
「仲が良いのは感心だけど、時間も意識してほしいね」
「玲先生!」
職員室で俺たちが呼びに来るのを待っていたが、一向に呼ばれないのでしびれを切らして迎えに来たのだろう。
「あ、玲T来てくれたんですね。もうナツが私の着替えているところ覗きたいとか言って聞かなくて時間かかっちゃいました……」
「そんな冗談はいいから早く着替えなさい。それって鈴望さんが実は着替えているところを捺希くんに見せたいんじゃないの?」
「玲Tまでそんなこと言うの!? 私って痴女だと思われてるの!? 酷くないですか!?」
「生徒の特長を鑑みた結果だよ。まぁこんな軽口叩けるのも鈴望さん相手だからだけどね」
「それって私は玲Tに信頼されてるってことだよね!」
「玲先生鈴望の扱い上手くなってますね」
「幼なじみにそういわれるってことはそうなんだろうね」
玲先生は腕を組んで何かに納得したかのように頷きながら応える。
「というより鈴望先輩が単純すぎるだけでは……?」
「「そうとも言う」」
そんな3人を横目に女子たちに声をかける。
玲先生は俺たちを呼びに来たんじゃないのかよ。
「そろそろ着替え終わったー?」
「もう終わりまーす」
凪が返事をしてくれる。
「それにしても君たち、衣装とても似合っているじゃないか。これがいわゆる
玲先生は俺たち3人(衣装)を右手を顎に当てて査定するかのようにくまなく見る。
「馬子にも衣裳ってことは僕たちのことつまらない者って思っているってことですよね」
馬子にも衣裳
衣装によって見た目が大きく変わり、つまらない者でも立派に見えることのたとえ。
「……何を言っているの紫水くん。そんなわけないでしょ」
応えるまで間がありましたけど……
そうこうしているうちに生徒会室の前の扉が開く。
そこには1200~1300年前からやってきたのではないかと錯覚するほど万葉衣装・平安衣装が似合っている3人がいた。
その姿に感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「おぉー3人ともとても綺麗じゃないか」
「えへへ先生ありがとうございますー」
「それじゃあ着替えも終わったことだし私は外で待ってるから。あとは頼んだよ碧くん」
「了解しました」
そう言って玲先生は階段を降りていく。
鈴望がその場でくるりと一回転する?
「どう?綺麗じゃない?」
「正に馬子にも衣裳ってやつですね」
「ってそれ! 紫水くんが普段はつまらない者って私のことを思っているってことだよね!? さっきのやり取り聞いてたんだから! それまで馬子のこと孫だと思ってたけど」
「あ、やっぱりそう思ってたんですね。それは僕の想定通りでした」
「はい、失礼ポイント追加ね紫水君」
鈴望が着ているのは朱色を基調とした布地に水玉模様や花が浮かんでいる。
「どうどう?これね菫の花があしらわれているんだって! それが可愛くて一目ぼれしたんだよねー。ナツー私のあまりの綺麗さに見惚れちゃったー?」
「いや、うん。すごい似合っていると思うぞ」
2人、いや俺たち6人の間に無音の空間ができる。
「おい、なんか言ってくれ」
「だってナツが素直に褒めてくれるとは思ってなかったから……」
「から?」
「照れちゃったんだよね、鈴望さん?」
汐璃さんが補足して、こくんと顔を赤らめて頷く
「もうなんで素直に褒めるのよー!いつもみたいに「普通じゃね」みたいにぶっきらぼうに言ってってば!照れるでしょ!」
「なんで褒めて俺がとやかく言われなきゃいけないんだよ!てか俺の声真似全然似てねーし!」
また2人の言い合いが始まった。
「そういえば捺希先輩が着てる青い衣装と鈴望先輩が着てる朱い衣装って対になっている衣装ってこの前実行委員の方言ってませんでした?」
「あーたしかにそんなこと言ってたね。てか、紫水よく聞いてたし、見てたな」
捺希の衣装も平安衣装で単と呼ばれる上半身は青色の生地にあさがおの花の模様が施されていて下半身は透き通る空色だ。
「それは面白そうだからしばらく黙っとこうよ」
汐璃さんが後ろからつぶやく。めちゃくちゃ楽しそうだな。
「ところで私たちの衣装に対しては何かコメントないんですか?お二人?」
そう言って汐璃さんは自らの衣装をよく見せるために両袖を掴み、手を広げる。
凪は恥ずかし気にしている。
「うん、2人ともめちゃくちゃ似合っているし……」
「し……?」
圧がすごい、圧が。
「とても綺麗だと思います」
「思います?」
だからそれ以上顔を近づけて圧をかけないでくれ……
「とても綺麗です」
「うん!ありがとう!」
汐璃さんは華が咲き誇ったかのような満面の笑みを浮かべる。
「この万葉衣装本当に綺麗だよね。これに一目惚れだったんだけど、凪さんと被ってね。でも凪さんが譲ってくれたの」
「そうなのか?」
「はい、そうです……」
汐璃さんの万葉衣装は青よりの紫色の生地に金の細い糸が肩周りを走り、下半身は赤色だが、見える面積が少ないので差し色としてこれほどまでにない役割を果たしている。そして、上半身の布にはあやめの花が彩られている。
青と赤を混ぜれば紫になる。
そのため3つの色が混じっていても違和感なくすっと目に馴染む。
凪の衣装は落ち着いた青色に清潔感がある白の組み合わされた生地で足し算で作られた衣装というよりは引き算でよりデザインをそぎ落とし、清廉さを追求したような衣装で凪の落ち着いた雰囲気にとても合っている。
「そんな恥ずかしがらなくても大丈夫だって。全然おかしくない。うん、とても似合っている。だから堂々としたほうがいい」
「わかりました……」
凪は少し俯きながらもわかってくれたようだ。
「うんうん! それに碧くんも
汐璃さんは顎に左手をあててながらゆっくりとうなづき、凪に同意を求める。
「は、はい。2人とも似合ってます……」
「そりゃあどうも。なんか面と向かって褒められると照れるね。な、紫水?--ってどうした?」
「はぁ……先輩たちは大変ですね」
紫水が溜息をつきながらそんなことをつぶやく。
「え、どうして?」
「いえ、なんでもありません」
「そっか。ってこんなことしてる場合じゃなかった。準備できたら下に行って出発するよ。ぐずぐずしてると玲先生に怒られるから」
「てか、慣れてないから歩きにくくない!? 1階で着替えるべきだったね……」
女子3人の衣装は男子に比べてゆとりをもって設計されているのだろう。余った生地の操り方が難しそうだ。
「とりあえず1階までは俺たちが後ろから支えるから。急ごう。あ、安全第一でね」
俺は汐璃さんの衣装を後ろから持ち上げて、その後ろ姿を見て
(澪もこんな感じだったのかな)
常に答えというものはすでに出ている。
そう思わずにはいられなかった。
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