第参拾八話 交錯するあやめ哉
「はーい、撮影終わったから帰るよー。撮った写真整理してSNSに投稿しないといけないし、下校時間もあるからね」
写真撮影は無事トラブルなく終わりを迎え、今から学校へ帰ることになる。
「あ、あと明後日市長と打ち合わせが入ったからみんなよろしくね」
「「「「明後日!?」」」」
私たちが政庁跡の階段を下っている最中に
「うん明後日。
GW前ということは私と碧くんが政庁跡で話をした辺り。
碧くんはあのことについての覚悟ができたってこと?
「そういえばアオイは? いなくない?」
「確かに。どこいったんだ?」
言われてみれば。
今日碧くんの存在感が薄い。
360度周りを見渡しても碧くんの姿がない。
「あー碧くんはちょっと用があるとか言って残るそうだ。私も最初は渋ったが、説得できなそうだったから下校時刻までに戻ることを条件にそれを許した」
それを聞くと
「凪ちゃん!?」
「すいません。アオ君のところに行きます」
「いいんですか、玲先生」
玲先生は大きくため息をつく。
「凪さんはきっとどこにいるのか見当がついてるんだろうね。全く困った生徒たちだな」
「なんか嬉しそうですけど?」
「どうだかね? さぁ私たちは帰ってやることやるよ」
先生のその言葉に合わせて5人は階段を下っていく。
「え?」
肩に何かが触れた感覚がして、反射的に後ろを振り返る。
風?
いや、違う気がする。
「しおりーん? 早く行くよー」
私がその場に立ち尽くしていると下の方から鈴望さんが呼び掛けてくる。
「あ、うん。今行くー」
風が強く吹く。少しずつ風に温度が宿ってくる。
それは季節の移り変わりを知らせる。
これから6月になり、夏となっていく
今年の6月はざわつく。
そんな気がした。
**
「……ここに来るのは3年ぶりか」
政庁跡から10分弱歩いてきたのは
2つの石灯篭と苔がつき漆が剥げかけている鳥居が参拝者を迎えるとともに、この神社の威厳を知らしめている。
古代、国司には各国内の神社を巡り参拝するという任務があった。その任務を合理化するために各国の国府の近くに国内の神を合わせて祀っていたそうだ。
諸説あるが陸奥国の総社がここ陸奥総社宮というわけだ。
隣町の
そのため、鳥居を抜けた先には陸奥国の大社15、小社85の神社名が列記されている。
ここは3年前、中学2年の4月に
澪が亡くなってからは来ないようにしていた。
思い出すのが辛かったから。
ただ一度は手放した夢を、見ないふりをした夢をもう一度自身のなかで灯し、叶えるためにここに来ないといけない気がした。
目を閉じて息を吐き出し、体内の空気を枯渇させる。限界まで達すると同時に鼻腔から新鮮な空気を体内へ取り込む。
四方を樹木に囲まれているためか空気が本当に気持ち良い。神秘的な力を身に宿したような錯覚に陥る。
ゆっくりと目を開けて、今後は小さく息をふぅと吐く。
誰か来たようだ。
振り返らずとも俺はそれが誰かを知っている。
「はぁはぁ……アオ君」
だって世界でたった一人だ。
俺のことをそう呼ぶのは。
だってもう一人の幼なじみだから。
**
私はアオ君が今いる場所に心当たりがある。
政庁跡から行くところ。
それは決まっている。
「はぁはぁ……アオ君」
「……凪か」
アオ君は振り返らずに応答する。
「追いかけてくるとは思ったけど、よくここにいるってわかったね」
「3年前
アオ君はすこし呆れるようにでも嬉しそうに溜息を吐く。
「全く澪は俺との間にあったことをすぐ凪に話すんだから」
アオ君はゆっくりこちらを振り返る。
「本当にそうです。いつもアオが―、アオがね―ばかりでした。まぁ私も姉さんとアオ君の間にあった話には興味があったし、実際面白くて、ちょっとだけ羨ましかったりして耳を傾けていたので姉さんのことはあまり強く言えませんがね」
アオ君は少し目線を落とす。
「凪、知ってるか? この樹齢600年以上の老杉と向こうの樹齢200年以上の
そのまま本殿の横へ移動し、杉の木を手でさすりながら見上げる。
「なんだかアオ君と姉さんみたいですね」
「長寿なんて冗談きついけどな」
「そうですね……」
風が少し強く吹く。
この静寂を洗い流すように。
2人の間に訪れた少しの沈黙に木々が揺らめく音が反響する。
自分が生唾を飲み込む音が聞こえる。
私は今言葉を形にしようとしている。
それをやめろと言う私と言ってしまえと言う私がせめぎ合っている。
でももう腹は括った。
「アオ君は姉さんのこと、好きですか?」
「うん、好きだよ。今も昔も」
アオ君はこちらを見ずにそして迷うことなく答える。
その透き通った声が優しく耳に届く。
「珍しいというか初めてじゃないか? 凪が俺にそれを聞いてきたのは」
「そう……ですね。こればっかりは聞かずともわかっていたことでしたから」
私は少し嘘をついた。
本当はその答えをアオ君の口から聞くのが恐かった。
「でも、今回はそれをアオ君の口からアオ君の気持ちを聞かないといけない気がしました」
私は息を吸い込み、そして短く吐き出し、気持ちを整える。
「アオ君が姉さんとの夢を叶えたいのはその気持ちからですか? もしそれが未来への希望なら私は応援したいです。でも……でもそれがもし姉さんへの
喉がキュッと閉まり声を形にすることを邪魔する。私の身体なのにうまく動いてくれない。
でも、これだけは伝えないといけない。
その一心で私の身体は震えながら私の想いを絞り出す。
装束を着ていることを忘れて私は左胸を強く握りしめていた。
まるで本当に心臓を掴まれてると錯覚するほど鼓動が体中に響く。
「……わかったよ。これまでのこと、そして俺の気持ちを今伝えるよ」
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