第参拾四話 静謐なる凪に漂う瑠璃哉
「なーぎちゃん! どうしたのー?」
「あ、
1点を見つめていた私の背中を優しく叩き、声をかけてくれた。
鈴望さんは私の視線を辿り、その先にいる人物を見て、納得したような顔を浮かべる。
「凪ちゃんは本当にアオイのことが好きねー」
「なっ、そ、そういうのじゃ……ない……です」
言葉が尻すぼみになってしまった。
「別にいじったりしないってば。それに考え事ならこの頼れる鈴望先輩に話してみてもいいんですよ?」
「やっぱりいじってますよね?」
「鈴望先輩、何回も言いますけどそういうの自分で言わないほうがいいですよ」
紫水くんが私たちとすれ違いざまに鈴望さんに言う。
「ちょっ、紫水君。そんなの冗談に決まってるでしょー」
「その割にはめちゃくちゃドヤ顔で言い放ってましたけどね」
「むぅ、全くもう可愛くない後輩だなー」
鈴望さんは頬を膨らませ、紫水くんは私たちを置いて先に進む。
「ほら私たちも早く行こ。せっかく可愛い衣装が無料で着放題なんだしね」
鈴望さんは弾けるような笑顔を浮かべて先に行ってしまった。
また紫水くんにちょっかいかけてるし。
「相変わらず鈴望さんは元気ね」
「
「うん、ちょっと凪さんが心配でさ」
そう言うと汐璃さんは私の顔を覗きこんできた。
この人の瑠璃色の瞳に不思議と引き込まれる。
「えっと……」
その射貫く視線が体に刺さり、うまく言葉が出ない。
「あ、ごめんね!無理やり話してもらおうなんて思ってないからさ。ただ私は味方だよって伝えたかっただけだから。まだ出会って1か月だけど頼ってもらっていいからね」
優しく包み込まれるような声音で語りかけてくれる。
そっか。
まだ汐璃さんと会って1か月しか経ってないんだ。
もっともっと長い時間を一緒に過ごしてきたと無意識に感じていた。
「はい、ありがとうございます」
「うん、じゃあ私たちもそろそろ行こっか」
汐璃さんの少し斜め後ろに立ち、隣に並ばないように意識しているのか、それとも無意識なのかそれは自分にもわからない。
それでも姉さんは私に隣から笑いかけてくれたことだけは忘れない。
***
GW明けの5月6日
私たちは奈良時代の貴族衣装である万葉衣装を試着しに来ている。
「事前に連絡させていただきました
アオ君が私たちを代表してあいさつをする。
「多宰府高校生徒会の皆さんお待ちしていました。お話のほうは市からも聞いています。私たちが力になれることがあれば協力しますので、よろしくお願いしますね」
史都多賀城万葉まつり実行委員会の方々もかなり協力的みたいだ。
「では早速衣装を着てみましょうか。着てみないと始まりませんし、それにとても満床衣装が似合いそうな綺麗な人が3人もいますしね」
そう優しく微笑みながら実行委員の方は私たちを見つめて、さらに奥に進んでいく。
綺麗な3人とは汐璃さん、鈴望さん、私のことだろうか。
そんな直球で言われるとさすがに照れる。
1人を除いて。
「いやー綺麗だなんてよくわかってますねー、あははは」
「そこは謙遜するから奥ゆかしさが出るもんじゃないのかよ……」
「真っ向から受け止めるのも鈴望先輩らしいっちゃらしいですよ」
いつものやり取りをして私と汐璃さん以外の4人は職員の方についていった。
私と汐璃さんはお互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
アオ君がこちらに振り返り、前から手を振っている。
「ほら早くいくぞー綺麗なお二人さん」
「アオ君もいじってるじゃないですか……」
私たちは少し駆け足で4人の背中を追いかける。
**
「「「「「「おぉーーー」」」」」」
眼前に広がる色鮮やかで艶やかな華のある衣装に感嘆の声を漏らさずにいられなかった。
「こちらには10種類の万葉衣装があります。さらに隣の部屋には平安装束も用意していますのでこれらからお好きなものを試着していただいて構いませんので」
「え、どれでも大丈夫なんですか」
委員の方は笑顔で優しく頷いてくれる。
「でも、こんなにあると迷うよねー」
「これが贅沢な悩みってやつなのかしら」
万葉衣装は多賀城にゆかりのある
私たちは隣の部屋までくまなく衣装を見渡して自分が着用したい衣装を吟味する。
「凪ちゃんとしおりん着たいの決まったー?ちなみに私は決まった!」
「えぇ、あったよ」
2人は視線で私に回答を求める。
「私も決まりました」
「それじゃあ3人で一斉に着たい衣装に指をさして、被らなかったらその衣装を着て、被ったら……それはその時で!」
鈴望さん楽しそうだなー
万葉衣装のことを提案したのも鈴望さんだし、相当楽しみにしてたんだろうな。
「じゃあ行くよー、せーーーのっ!」
掛け声に合わせて衣装へ指をさす。
「え」
私は自分が指をさした瞬間その指先の軌跡が重なることをすぐに理解した。
「あら、凪さんと被っちゃったね」
そう言って隣にいる私に笑いかける。
「やったー私は被りなしー」
そしてそんな私たちをよそに鈴望さんは喜んでる。
「被っちゃったし私は別の――」
「汐璃さんがこれ着てください」
汐璃さんが私にこの衣装を譲ろうとしたのを一方的に遮った。
「いいの?」
「はい。私はもう1個いいなーって思ってたのがあるのでそっちにしたいと思います。それにこの衣装は私より汐璃さんの方がきっと似合います!」
少し不自然に明るく振舞いすぎただろうか。
本心を隠すことなんてこれまで何回もあったのに私は自分の感情を誤魔化すのがいつまで経っても下手くそだ。
「そこまで言うなら厚意に甘えて着させてもらうね。ありがとう凪さん」
「いえいえ、お気になさらず」
「んじゃあ試着しちゃおっか!」
「そうですね」
鈴望さんのあとを私と汐璃さんはついていく。
「凪さん」
後ろから呼び止められる。
「どうかしましたか?」
「この衣装私のほうが似合うってのは違うと思う。凪さんにもとても似合うと私は思うの」
またその瑠璃色の瞳に強く射貫かれる。
ここは室内なのに私の身体を風が通り抜けたような感覚に襲われる。
「ただそれだけは伝えておこうと思ってね。さぁーぱぱっと試着しちゃおう。碧くんたち待たせてるしね」
汐璃さんは軽く私の肩を叩いて、鈴望さんのもとへ駆け寄る。
私の悪い癖は治りそうにない。
だって姉さんも汐璃さんも近くにいたら私は何もできない。
そう思ってしまう自分が私は嫌いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます