第参拾参話 視線をたどると仄赤い顔哉
17時を知らせる多賀城市のチャイムが鳴る。
「疲れたっーーーーーー」
1時間程度作業してあらかた事務仕事が落ち着いたので今から束の間の休憩になる。
私は立ちあがり、ポットがある生徒会室の右上へ足を運ぶ。
「皆さん何か飲みますか?」
「凪ちゃん作ってくれるの? ありがとー」
「いえいえ、私が飲みたかっただけなのでついでという形になっちゃいますけどね」
アオ君は両腕を大きく上にあげて身体を伸ばす。
「ブラックコーヒーもらってもいいかな」
「あ、僕も会長と同じのでお願いします」
「了解しました」
次に鈴望さんとナツさんに視線を向ける。
「私とナツはカフェラテでお願いしまーす」
「おい俺カフェラテなんて言ってないぞ」
「じゃあ他に飲みたいのあるの?」
「……ない」
ナツさんの最後の言葉を聞いてニヤ~と勝ち誇った顔を浮かべる。
「そうやってなんでも私に反発しないで素直になったほうがかわいいぞっ」
「それは百歩譲って聞いてやるけど、そのにやけ面はムカつくからやめろ」
いつもの2人のやり取りを後目に
「
天井を目をやって「うーん」と考える仕草を少し挟む。
「私は紅茶をいただこうかな」
笑顔で優しく応えてくれる。
そんなふと浮かべる表情が私が大好きで憧れの存在である水無月澪と重なる。
姉さんは紅茶が好きで、よく土井製菓のコーヒーロールと一緒に食べてたんだよね。
私も姉さんの真似をして、2人で飲んでたなー。
「凪さん? どうかした?」
「い、いえ、なんでもありませんよ。紅茶ですね。わかりました」
私は誤魔化すように背を向けてそれぞれの飲み物を作る。
「お待たせしましたー」
お盆に6つのコップをのせて長机の中央に置く。
「「「「ありがとー」」」」 「ありがとうございます」
全員の手が各々のコップに伸びる。
「熱いので気を付けてくださいね」
コップを両手で掴んで息を吹きかける。
手に優しい熱が響いてくる。
紅茶という名の通り紅色と茶色がきれいに混ざったような色味である液体の表面に波紋が広がっていき、香りが立つ。
「ふぅ……」
適度に熱を帯びた紅茶を口に含むと鼻を茶葉の芳醇な香りが抜け、飲み込むと体の芯から温かくなることを感じることができて思わず息を吐いてしまうほどとても心地よい。
ふと目線を上げるとアオ君がコップを両手で抱えながら息を吹きかけて冷ましている。
アオ君はパソコン作業するときのみブルーカット眼鏡をしている。
そのため水面に息をふきかけると湯気でレンズが曇る。
そしてアオ君は少し顔をしかめながら眼鏡を外す。
(ふふ、かわいい……)
あまり隙を見せない人だけどたまに抜けている一面を見ることができる。
いつも姉さんはアオ君がドジった瞬間を見逃さなかった。
そんな微笑ましい場面を見て顔が緩んでいたのか隣からニヤニヤしながらこちらに視線を向けている人がいる。
「凪ちゃんニヤニヤしてる~」
「し、してませんしっ」
「先輩の前では素直になりなってー」
「そういう鈴望さんこそニヤニヤしてるじゃないですか」
「私は凪ちゃんが純粋な恋する乙女なんだなーって考えたら微笑ましくなっちゃってついつい」
鈴望さんは後頭部をさすりながらえへへーと笑いながら言い逃れする。
私が小さくため息をつくと鈴望さんの隣から「アツっ」と声がする。
その声に素早く反応したのは鈴望さんだった。
「あーもうナツ猫舌なんだからちゃんと冷まさないとそうなるって何回繰り返すのよ」
「いやー十分冷ましたつもりだったんだけどな」
「てか
「大丈夫大丈夫って――鈴望、自分で拭くからいいってば」
ナツさんの言葉も聞かずに鈴望さんは白いハンカチで叩いてシミにならないように制服を拭く。
「あー真っ白なハンカチがあっという間に茶色になっちまったじゃねーか」
「いいのいいの!」
鈴望さんはハンカチが汚れてしまったことを全く気に留めていない。
むしろ明るい笑顔を浮かべている。
「ありがとな」
ナツさんは少し恥ずかしそうに感謝を伝える。
「いいってことよー! もうナツが熱い飲み物こぼすのなんて慣れてるしねー」
そう言って鈴望さんは楽しそうに過去のナツさんのドジエピソードを話始めた。
鈴望さん。
あなたも呆れるほど純粋で恋する乙女の顔をしてますよ。
「お話の途中申し訳ないんですけど、鈴望先輩あのこと報告するの忘れてませんか?」
紫水くんが意気揚々とナツさんとの思い出を話している鈴望さんとそれに必死に反論しているナツさんを仲裁するように間に入る。
「え、何のこと?」
鈴望さんはどうやらピンと来てないみたいだ。
紫水くんは鈴望さんの反応みてガクリと頭を落とす。
「衣装のことですよ。担当者の方から連絡来たじゃないですか」
「あーそのことか!」
思い出したのかポンと右の手のひらを左手で叩く
「しかも今日の会議で皆に報告するよーって息巻いてたじゃないですか」
ジーっと目を細めながら強い視線を送る。
「ちょ、紫水くんそんなに怒らないでよ……」
「別に怒ってません」
ぶっきらぼうに答える。
「それを怒っていると言うのでは……」
「まぁいいです。とりあえず奈良時代の貴族衣装の件ですが、担当している団体に連絡をして、使用の許可を得ました。今皆さんの
紫水くんから送られてきたURLを開くと、多賀城市のホームページの地域づくり市民活動のページだった。
「そこにも書いてあるとおり史都多賀城万葉まつり実行委員会の方が制作したものを貸し出しているみたいです。なのであやめ祭り本番でもいくらかは衣装は確保できるかと思います。多賀城市自体も動いてますしね」
紫水くんは一度5人の反応を見て、続ける。
「さらに下にスクロールしてもらうと衣装の例があります。基本的に写真を撮るときに着るのはこれのどれかかなと思います。まぁそこらへんは試着するときにですね」
「その試着する日って決まってるの?」
汐璃さんが質問する。
「GW明けの5月6日ですね」
「てことはその後から実際に色々な場所で写真撮っていくってことだな」
「そういうことになります」
「わかってはいたけど宣伝期間1か月だけか……」
不安がこもったため息をナツさんがつく。
「まぁそればかりは仕方ない。それに何も今年のためだけじゃないから長期的な目で見よう。それで写真は誰が撮るの?」
「それに関してはもうすでに写真部に打診したよー。どうせ撮るなら取り慣れている人に撮ってもらいたいし、写真部は活動実績ができるでwin-winの関係の出来上がり」
鈴望さんはこの質問を待ってましたーっと言わんばかりに食い気味にアオ君の発言に食いつく。
この発言に紫水くんが少し驚いている。
「え、紫水くん固まってどしたの?」
「いや、鈴望先輩って普段はあれだけど仕事やっぱできる人なんだなって改めて思っただけです」
「あれって何!? でも後半は褒めてくれてるよね。紫水くんが私を褒めてくれるとは雪が降るかもなー」
「4月に降るわけないじゃないですか……」
「マジレスやめて!?」
「とりあえずそんな感じなので5月6日は試着会になりますから確認お願いします」
今日の生徒会室での活動はこれでお開きになった。時計を見るとまだ18時前。
帰り支度をしていると背後から声をかけられた。
「凪、今日一緒に帰らない?」
それは意外な人物で私が心の中でずっと想っていた人からのお誘いだった
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