第参拾壱話 鈴は時雨に捺される哉
帰りのホームルームが終わり、生徒会室へ向かう。
今日は火曜日。
先週の金曜日の多賀城市との会議で決まった「あやめ祭りを盛り上げる施策」を実行に移すべく今日から忙しくなるだろう。
2年生の教室は3階で生徒会室は4階にある。
階段を登っていると前方に見慣れた人影。
私はニヤリと笑い、泥棒の心得である抜き足差し足で気配を気取られないように近づく。
そして、後ろから獲物に飛びかかる獅子の如く驚かそうとした瞬間
「あ、鈴望先輩に
ビクッと身体が跳ねた。
急に名前を呼ばれた。
それも私の名前だけではない。
いまさっき私がとびかかろうとしていた私の幼なじみの
声の主はかわいい後輩で生徒会執行部総務の
眼鏡をかけており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
思ったことを直球でズバッと言ったりなどその行動や風貌から人付き合いが苦手だと思われているが、そんなことはなく、よく私なんかにツッコんだりして反応してくれる良い子。
「おー紫水お疲れーって……何してんの?」
後ろから名前を呼ばれたため、ナツはこちらを振り返る。
当然私の存在も明るみになってしまったのである。
てか、ちっっっっっかい!
ナツが後ろから私に驚かされ阿鼻叫喚する一歩手前だったため、ナツとの距離は文字通り目と鼻の先。
私は慌てて階段を2段ほど下りて、距離を取ろうした瞬間
「あ、やば……」
後ろ向きかつ焦っていたことも重なってか、うまく足運びができず躓いてしまった。
落下しようとする私の身体を繋ぎとめたのはナツだった。
私の左腕をナツの右手が力強く掴んで離さない。
そのままナツは私を引き寄せてくれた。
いや、ちょっと待て。
距離取ろうとしたら逆に近くなってるんですけどっ!!
どういうこと!?
ナツの体温が制服越しとはいえ、伝わってくる。
こんなに身体厚くて頼りがいあったけ……
そういえば毎日筋トレしてるみたいだし、当然か。
「ったく気をつけろよな……」
「ご、ごめん」
ナツの胸に顔をうずめたまま謝る。
今は顔を上げられない。
「てか、なんで鈴望はあんなに俺の近くにいたんだ?」
ギクッ
「い、いや?ただ?ナツを見たから?声かけようとしただけ」
誤魔化すしかない!
ナツを驚かそうとして近づいて失敗して挙句の果てには階段から落ちそうになってナツに助けてもらったなんて知られたら……
「おそらく捺希先輩を驚かそうとして、気配を消して後ろに忍び寄ったんですよ」
「紫水くんなんで言うの!?それになんでそこまで正確にわかるの!?」
「だって鈴望先輩ってわかりやすいので」
かわいい後輩っていうの撤回しようかしら……
はっ!後ろから殺気が……
さっきまで私が獲物を狩る獅子だったのに今ではもう狩られるウサギになってしまっている。
「ナ、ナツ~お、落ち着いて~」
そんな私の願いは届くはずもなく、おなじみの手刀が私の脳天に炸裂する(いつもより振りかぶってた。幼なじみの私でなきゃ見逃してたね)
「鈴望先輩が悪さしようとするから罰が当たったんですよ」
頭を押さえてしゃがむ私を見て、紫水くんが言う。
それを言われたら反論できないからそういうこと言わないで。
「ほら、生徒会室行くぞー」
「は、はい……」
私は頭をおさえて立ち上がり、ナツの後ろをついていく。
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