第拾壱話 紺碧と朱は混じり合うもの哉

 千坂碧ちさかあおい


 捺希なつきとともに生徒会室をあとにする。


 捺希とは家の方向が真逆のため、一緒に帰ることができるのは校門を少し過ぎたところにある分かれ道までの短い道のりだ。


「生徒会室のカギ、今日は俺が返してくる」

「ありがと、じゃあ頼む。下駄箱で待ってる」

「待ってなくてもいいけど」

「いや、待ってる」

「……んじゃあ返してくるわ」


 下駄箱に1人になる。

 校舎内は学校に残って勉強している人や文化部が一斉に下駄箱に押し寄せる。

 校舎の外でも運動部が部活の後片付けをしている。

 放課後は学校が一番バタバタする時間帯だ。

 でも、その喧騒がなぜかやかましくない。


 むしろ好きだ。


 この数週間のうちに色々なことがありすぎた。


 生徒会長に就任したこと


 副会長には杏汐璃からももしおりがいたこと


 多賀城市からあやめ祭りの運営協力を依頼されたこと。


 考えないといけないことが多い。


 俺に全部できるのか……

 皆は俺のことを過信してる。

 俺はそんなすごいやつでも何でもない。


 大きく息を吐き出す。

 今は金曜日の会議で提案する内容を考える必要がある。

 しかし、考え始めようとしたときに捺希が戻ってきた。


「帰ろうぜ」

「そうだな」


 下駄箱で上靴から外靴に履き替える。

鈴望れみと帰れなくて寂しいか?」

「んなわけあるか。毎日一緒に帰ってるわけでもあるまいし」

「それもそうか」

「てか、珍しいなそんなこと聞くなんて」

「なんとなくだよ」


 そのまま周囲の喧騒に身を任せ、沈黙のまま校門を過ぎたところで捺希が口を開く。


「ここ最近いろんなことがあったよな」

「そうだな」

 空は青と橙色が混ざりながら、雲もかかり、吸い込まれてしまいそうだ。


「浅山市長、めちゃくちゃな人だったな」

 空を見上げながら。

「そうだな」


「でも、あの人が多賀城市の市長で良かったって思ったよ」

 笑みを含みながら。

「そうだな」


 少しの沈黙を挟む。


「杏さん良い人だよな」

 ちょっとだけ間を空けて。

「……そうだな」


「杏さん似てるよな」

 伏し目がちに。

「そう……だな」


 また沈黙を挟み、空を見上げながら聞いてくる。



「碧は杏さんのことどう思っているんだ?」



「……珍しいな。捺希から俺にそんなこと聞くなんて」


 その吸い込まれそうな空を見上げながら答える。

「澪は澪、杏さんは杏さんだよ。澪は杏さんじゃないし、杏さんだって澪じゃない」


 そう答えたところで俺と捺希が別れる分かれ道に差し掛かる。


「じゃあな、また明日」


「あ、おい、碧……!」

 捺希が俺を引き留めようとするが俺はそれに構わずに歩みを進める。


「できないことはちゃんと頼れよ、5人いるから」

「どっかで聞いたなそれ」

「ああ誰かさんが言ってた」


 俺は振り返ることなく捺希の言葉を聞き、手を背中に回し手を振る。

 多分捺希は笑ってた。


 1人になり、また空を見上げる。

 この空は青と橙色のバランスを保っているから多くの人の目を奪うものになっている。

 このバランスが崩れてしまえば、それは小学生の色の性質もわからないころのパレットのように濁り、ガラクタのように映ってしまうのだろう。


 俺の心もそうなのかもしれない。

 澪がいなくなってしまってからギリギリのところで均衡を保っていた。


 そこに杏さんが俺の目の前に現れたことで心が決壊し、そのバランスは崩れてしまい色と色が混ざり合い、その色は判別できないものになっている。


 だからどう思っているかなんて

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