第八話 天与された鎮守府将軍哉

 ついに多賀城市長とまみえるときがきた。

 緊張と少しの期待が交わり、落ち着かない。


「アオ君大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫じゃないかも」

 そんな俺の様子を見かねてなぎが話しかけてくれた。

 俺は普通に緊張する。よく緊張しなさそうとか言われるけど、それは何回も場数を踏んで、慣れているからある程度の緊張は隠すことができる。

 だが今回は隠せていない。

 ということはある程度の緊張ではないようだ。


「ふーーー」

 息を勢いよく噴き出す。

 こういうときは自分より落ち着かなさそうな人を見ると落ち着くからな。

 鈴望あたりはそわそわしてるんじゃないか。

 そう思い、鈴望れみのほうを見てみると


「ナツー、市長ってイケメンかな?」

「え、写真か何かで見たことあるでしょ」

「ない。」

「あなた多賀城市民だよね?市長の顔くらい覚えてなきゃいかんくない?」

「いやー市政だよりとか広報とかに載ってたりするんだろうけどさ、私そういうの見ないからさー」


 れ、鈴望のやつワクワクが勝ってやがる……。


「たとえイケメンだとしても鈴望には関係ないだろ」

「わかってないなーナツは。イケメンは見てるだけ、その場にいるだけでいいんだよ。場が和み、目の保養になるんだよ」

「それは少しわかるな。美少女がいればそれだけでやる気でる。」

「それじゃあナツは年がら年中やる気出っ放しじゃん」


 鈴望は少し間を置き、胸を張りながら続ける。


「私という超絶美少女の幼なじみがいつもそばにいるからね」

「超絶美少女は自分でそんなこと言わないんだよ」

 いつも通りすぎるな……。


「会長」


 今度は紫水が声をかけてくれる。

「今日は顔合わせみたいもんでこちらから何かを提案するということはほとんどないんですからそんな緊張する必要はないかと。むしろ堂々としていていいと思います」

 全く頼もしい後輩だな。

 執行部に入ってくれたこととても感謝してる。

 俺は紫水の両肩を掴んだ。

「紫水を任命してよかったよ」

「え、なんですか急に」

 紫水の言う通りである。高校生と言っても依頼された側。

 必要以上にこちらが萎縮する必要はない。

 礼節は保ちながらも気になるところは言っていかなければならない。


「紫水の言う通りだ。ありがと」


 ここでもう一度深呼吸をして雑念を払う。よし準備は整った。

 紫水は言った。


 ――こちらから提案することはないと。


 実はある。だから俺はこんなにも緊張しているのである。


 俺たちは扉が開くのを待つ。

 会議室は静寂に包まれる。そんな静寂を破るように廊下に足音が響く。

 そして、ドアが開く。

「失礼します」


 身長は170センチくらいだろうか決して大きくはないが、圧倒的な存在感を放っており、とても大きく見える。髪は7対3でぴっちりと分けられており、紺のスーツを身にまとっている。やはり自治体の首長になる人物ともなると何かオーラのようなものがでている気がする。


 執行部6人は一斉に立ち上がる。

「今日は急な申し出にも関わらず時間を取ってくれて本当にありがとう」


 浅山市長は頭を深々と下げる。

 俺はそれに合わせるように


「こちらこそお忙しいなか私たちに時間を割いていただきありがとうございます」

 今度はこちらが頭を下げる。

「とりあえず座ろうか」


 執行部6人と玲先生は横一列に座り、多賀城市長と多賀城市役所の総務部地域コミュニティ課の課長は俺たちと向き合って座るような形になる。


「まずは自己紹介をしようかな。多賀城市長の浅山あさやまみなとです。今年で42歳になる。そして私はここ多宰府高校のOBなんだよ。改めてこれからよろしく」


 声がよく通る。一字一句がはっきりと聞こえてくる。

 こちらも自己紹介をする。

「多宰府高校生徒会執行部です。自分は生徒会長の千坂碧です。右から時雨しぐれ紫水しすい水無月みなづきなぎ白菫しろすみれ鈴望れみ白藍しらあい捺希なつきからもも汐璃しおりです。よろしくお願いいたします」


 挨拶が終わり、俺たちは座る。

「それじゃあ早速本題に入ろうか」


 寄り道なしに本題に入る。

「確認をしておくけど、今年のあやめ祭りの運営に多宰府高校生徒会執行部は協力してくれる。ということで間違いないかな」


 言っている言葉に威圧感は微塵もないのに、この人が発すると不思議と圧迫される。こちらの心の臓を底から動かすような。

 俺にはこの人に確認をしないといけないことがある。この圧迫感に負けないように息を吐きだし、気持ちを整える。


「はい、協力をさせていただきます。その前に浅山市長に確認をしておきたいことがあります」

「何かな」


 会議室が静寂に包まれ、温度も急に下がったかのように凍り付く。

 室内にいる全員がこれから俺が何を言うのかを察知したかのように。


「浅山市長が私たちのような高校生に運営協力を依頼した理由が知りたいです。失礼を承知でお聞きします。あなたの政治的パフォーマンスに私たちを利用したいというわけでしょうか」


 執行部のメンバーは度肝を抜かれたような顔をしている。そうだろうね。千坂碧がこんな挙動に出るなんて想像できないだろう。紫水ごめん。俺はこれを言わなきゃいけないから緊張してたんだよ。

 でも自分で自分に驚いた。自分の声がこんなにも鮮明に通ることに


「千坂君。面白いことを聞くね」

「正直に答えていただきたいです」


 浅山湊。宮城県多賀城市出身で多賀城市議会議員、宮城県議会議員を経て、一昨年多賀城市長に40歳という若さで初当選し、今年で就任3年目となる。

 地元出身であることやその政策から地元愛が感じられ、その爽やかなルックスや行動力で老若男女問わず支持を受けている。その政策の特徴は「若い力」のフル活用。積極的に若い世代と討論会や意見交換会などを開き、そしてSNSを活かしてその声に直に触れている。


 俺の予想が正しければ、市長はまっすぐぶつかってくる人物が好きなはずである。

 討論会や意見交換会の公開されている議事録を見たところ市長が好意的にそして食いついているのは自分の考えをまっすぐに述べている意見に対してだった。

 正直に答えてほしいといったがこれは半分嘘だ。

 嘘というよりどうでもいい。

 この問いをした意味はこれから運営協力をしていくなかでできるだけ対等にあつかってもらえるように、「高校生だから」と舐められないようにするための楔である。

 こちらがどんな提案をしてもすべて「高校生だから」という言葉で否定されかねない。

 どちらにしろこんな強気な発言ができるのは否定的な見方をされるより好意的な見方をされるという確信があるからだ。


「うん。その心意気とても気に入った。それに免じて正直に答えましょうか」

 俺は思わず生唾を飲み込む。いくら確信があっても怖いものは怖い。

 浅山市長はゆっくりと語り始める。

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