第陸話 霞は晴れておぼゆ姿よく見える哉
放送による呼び出しの20分前。
外には霧がかかり、視界が悪い。
部長会議が先ほどまで行われていた会議室は私と千坂君の二人だけになり、片付けを行っていた。
3か月に一度のペースで行われる。
ただ活動内容の報告を行うだけだから何も起きることはない。
片付けを終わらせ、二人で会議室を後にし、生徒会室へ向かう。
会話がない。
放課後のため校舎内には吹奏楽部や軽音楽部の様々な音が反響し、外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。
そのため静寂ではないが、二人の間には沈黙が続く。
もともと私は自分から話題を出すのはあまり得意ではない……。
出された話題に対して反応することはある程度できるんだけど……。
会議室は一階にあり、生徒会室は四階にあるため、距離がある。
千坂君から話題を出す雰囲気はないから、私が切り出すしかないのかな。
何となくなんだけど千坂君私のこと避けているというか最低限の会話しかしないような印象がある。
無愛想な人ではない。
他の4人とは他愛のない話してるもんね。
私この短い期間で何かやらかしたかな……
ただこの距離をずっと沈黙は耐えられるのだろうか、いや私は耐えられない。
そう思い、意を決して話かける。
「部長会議って怖いイメージあったけど部長っていうだけあるから皆さん落ち着いてて、スムーズに話が進んだね。でも初めてだから結構疲れちゃったな、千坂君は疲れてない?」
部長会議に来るのはほとんどが三年生であり、私たちの上級生である。確か美術部だけは三年生の部員がいなくて、私たちと同学年の子が部長をやってるみたいだけど。
「俺は去年何回か会長の付き添いで参加してたから慣れてるし、平気だよ。杏さんは初めてだし、変な緊張から解き放たれて疲れがやってきたのかもね」
千坂君はしっかりと応えてくれる。
私はそれに少し安心する。
千坂君の言う通り緊張から解き放たれてどっと疲れが体にのしかかってる。
隣の千坂君は疲れている様子はない。
疲れていないはずがない。
千坂君は部長たちが報告をする内容を細かくメモを取り不明瞭なところは曖昧になっているところを質問し、この部長会議を形だけの会議だけで終わらせないようにしていた。
だから各部活の報告メモを取りながらどういった質問をするのかを考えている。
部活の数は31。これだけのことを31の部活が終わるまで同時進行している。
それにできるだけ相手を傷つけないように言葉を選びながら対応をしていた。
こう振り返ってみるとすごい……。
慣れているからの一言で片づけていいの?
千坂君がこれだけのことをやっているなか私何やってた……?
私もメモ取りながら質問してたけど……。
あれ、やっぱり私嫌われてる……?
部長会議が終わり、杏さんと2人で生徒会室へ向かっている。
杏さんから話しかけてもらったが、最低限の受け答えをしてまた、沈黙が訪れる。
正直気まずい。
いや、気まずいというより俺はまだ杏さんとどんな距離感で接していけばいいのかが全く見当がついていない。
中学2年生で幼なじみであり、これまでの人生で家族以外で一番時を一緒に過ごした
俺は澪を尊敬していたし、誰よりも憧れていた。
澪は俺の気持ちに気づいていたかも。
いや絶対気づいていた。
けれど俺はこの気持ちを伝えることはできなかった。
あーやめやめ。澪のことはできるだけ思い出したくない。
そんな俺の大部分を占めている人物と瓜二つの人が目の前に現れたら、混乱するに決まってるだろ。
俺はそんな現実を認めたくなくて、1年間杏さんと鉢合わせないよう徹底した。
幸いクラスも別だったし、選択授業も別だった。
けれど杏さんはなんと生徒会副会長に立候補していた。
俺が生徒会長の立候補を取り消せばよかったのだろうがそれはできなかった。
だから杏さんとほぼ毎日顔を合わせる必要がある。
厄介なのは容姿だけ似ているわけじゃない。
ふとした仕草が重なってしまう。
俺が変に意識しているだけなのかもしれないけど、どうしてもあの面影と重なってしまう。
澪と杏さんを重ねてしまうのはどちらにも失礼だろう。
でも、俺の脳が、心が、体が、重ねようとしてしまう。
「千坂君変なこと聞くんだけど、私何かしたかな……?」
杏さんが沈黙を破る。
全く予想していなかったことを聞かれてしまったし、澪のことを考えていたため、回答に詰まりそうになる。
ただここで詰まってしまったらそれは肯定と同じだ。
「え、それってどういう……?」
なんとか声をひねり出した。
「いやね、千坂君ってしっかり話ができる人じゃない。いつも執行部のメンバーとも楽しそうに話してるし。でも今日はちょっといつもと様子が違うし、あまり目を合わせようとしてくれないから私何かしたかなって気になって……ごめんね! こんなこと急に聞いて……」
変な誤解をさせてしまった。
勘違いでしないでほしいが俺は決して杏さんを嫌っているわけではない。
俺の戸惑いは思いのほか伝わってしまっているらしい。
「いや、杏さんは何もしてないから安心して」
「ホントに? ならよかったー」
杏さんはほっとしたような表情で胸をなでおろす。
「変な心配かけてごめん」
「でもさ千坂君意図的に私のこと避けてたよね?」
杏さんは安心したのかからかうような言い方で聞いてくる。
俺は思わず目を見開いて「え……」という情けない声をもらしてしまう。
「え、だって私とだけ露骨に目合わせないようにしてるし、最低限のやり取りしてない気がして」
え、俺そんなわかりやすかったかな……。でも、そうだったか凪とか捺希あたりが指摘してくれそうだけど。
「当たりでしょ?」
杏さんは意外にも悪戯な笑顔で覗いてくる。
つい顔を反らしてしまう。そんな顔もするんだ……。
「本当にごめん!俺は杏さんが嫌いなわけじゃないから、これだけは信じてほしい」
俺は立ち止まって頭を下げる。
「どうしよっかなー」
杏さんは俺より少し歩いて止まりこちらを振り返る。
「なんて冗談冗談。私とは去年1年間接点なかったし仕方ない部分もあるよね。それに何か理由がありそうだし、その理由は聞かないでおきます」
「え、どうして……? ふつう理由気になるでしょ」
杏さんはまた歩き出す。俺もついていく。
「執行部の人たちの目を見てるとさ千坂君を信頼してることが伝わってくるの。今日改めて皆が千坂君を信頼してる理由がわかったよ。千坂君って絶対に人のことを呼ぶとき名前で呼ぶし、ありがとうってかなりの回数言ってる。そして今日の会議でもそうだったけど、相手を傷つけないように言葉を選んで質問してた。一週間くらいしか一緒に仕事してないから私の勘違いかと思ったけど、今日それが確信に変わった」
「そんなの大げさだ。他人を傷つけたくないのは誰だって同じだし、俺はされて嫌なことは人にしないようにしてるだけだよ。俺はただ他の人より目の前のことに対して考えて、行動してる、ただそれだけだよ。目の前のことに集中しているときは他のことを考えなくて済むから」
そう、集中して考えているときは他のことを考えなくて済む。思い出したくないことを思い出さなくて済む
。
「うん、だからそれがすごいって言ってるの。そこまで考えて行動できる人はいない。だだから私は千坂君の良いところを知れた。会ったばっかの女子に言われるの嫌かもしれないけど、私はちゃんと見てるよ」
――アオ、私はちゃんと見てるよ。
いつの日かのあの面影と重なる。
けれど今までと違って嫌悪感がない。
どうして? 褒められたから? 肯定されたから?
いや、違うな。
懐かしさを感じてしまったんだ。
俺は大きく息を吸い込み、ちょっと寂しくて、嬉しい。
そんな二律背反な事実と一緒に雑念を吐き出す。
杏さんは不思議そうにこちらを見る。
「杏さんは人を見る天才かもね」
「何それ、私褒められてる? それを言うなら千坂君もそうだと私は思う」
「この場での最上級の褒め言葉だよ」
一瞬?を浮かべた杏さんだったが、すぐにその?は消える。
「そう、褒め言葉なら素直にもらっとく」
「優秀な副会長がいてくれて幸せだなー」
「あ、それはふざけて言ってるでしょ?」
さっきまで周囲を覆っていた霧は晴れ、杏さんの顔がよく見える。
俺の幼なじみで初恋の人によく似た顔が。
ピンポンパポーンと、放送を知らせるチャイムが鳴る。
「生徒会執行部会長千坂碧くん、副会長杏汐璃さん職員室へ来てください。繰り返します。生徒会執行部会長千坂碧くん、副会長杏汐璃さん職員室へ来てください」
放送で呼び出されることは滅多にない。
俺は杏さんと顔を見合わせ、職員室へと急ぐ。
そこで知らされたのは意外なところからの依頼だった。
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