第伍話 来し方閉ざすもの見えざる現哉

 水無月みなづきなぎ


 鈴望れみさんが用意してくれた飲み物を各々飲みながら一息つく。

 仕事するときは仕事して、休憩するときは休憩する。

 執行部の皆さんは切り替えがはっきりしている。

 鈴望さんはそんなことお構いなくずっと話してるけど……。


「あの2大丈夫かね……」

「あーアオイとしおりんのこと?」


「そうそう、っていつの間にからももさんのことしおりんとか呼んでんの……」

「この私にかかればそんなことは朝飯前なのよ。ていうのは冗談で、選択授業で去年同じクラスだったからさー、と言ってもあまり話したことないけど」

 いやそれだけでしおりんとか呼べるのあなたしかいないですよ……。


「いやーあのときは本当に驚いたよね」


「凪ちゃんの前で言うのは失礼かもしれないけど、戻ってきてくれたのかと思った」

鈴望さんが私に目配せをし、配慮をしてくれる。

「私は全然大丈夫なので続けてもらって結構ですよ」


私の言葉を聞いてお二人をその話を続ける。

「俺も鈴望に言われて見に行ったときは開いた口がふさがらないってこういうことなんだなって思った」


 からもも汐璃しおりさんは私の亡くなった姉である水無月みなづきみおとまるで合わせ鏡のような人である。

 私はそれをアオ君の口から伝えられた。

 当然私はそれを信じられなかった。

 けれどアオ君が姉さんに関係するを冗談言うわけがない。


 私は半信半疑で去年のオープンキャンパスのときに汐璃さんを見に行ったのである。


 教室には姉さんがいた。

 多宰府高校の制服に袖を通した姉さんが確かにそこにいた。


 私は涙が止まらなかった。

 けれど私の心は姉さんではないと私に訴えてくる。


 そんなことはわかっている。

 わかっていてもそれでもなぜかはわからないけど嬉しかったんだと思う。

 私は本当に姉さんが大好きだった。


 また姉さんに会えたって一瞬心と身体が思ってしまったんだ。

 初めて汐璃さんと目を合わせ話したときは精一杯涙を我慢した。


 もちろん最初は戸惑った。


 でも、汐璃さんは姉さん同様とても強くて優しい人だった。

 戸惑いはないと言ったらウソになる。

 けれどアオ君に比べれば私の戸惑いなんてちっぽけなもの。


「碧が杏さんのことをどう思っているのかわからないけど、まだ受け入れられてはないよな……」

「そう……ですね……。アオ君は優しい人だから姉さんと杏さんのことを重ねてしまうことが2人に失礼だって思ってるんですかね」


 アオ君は姉さんが亡くなってから少し変わった。

 私が見る限り姉さんの死を受け入れられているのかどうかもわからない。


「あのすいません。会長と副会長って何かあったんですか?」


 紫水くんは不思議そうに尋ねる。

 そっか、紫水しすいくんは中学校が違うから何が何だかわからないのは当然だよね。


「言っていいのかな……?」

「本人がいないときに話すのは憚られるけど、執行部の一員なら知っておいたほうがいいと思うし、いずれ知ることになるだろうから」

「そうですね、紫水くんにも知っておいたほしいかも」

「後で碧に怒られるなら、責任は俺がとる」


 私は事の大まかなところだけ話した。

 私には1つ上の姉がいて、アオ君とは幼なじみだってこと。

 姉さんが中学2年生の頃に交通事故で亡くなったこと。

 そして、汐璃さんが姉さんにそっくりなこと。


「そんなことがあったんですね……」

 紫水くんはどこか納得したような顔をする。

「会長が副会長を意図的に避けてるかもってちょっと感じたので、それはこういうことだったんですね」


「紫水くんよく見てんねー」

「いえ、なんとなくそう思っただけです」


「……過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる」


「え?」

 紫水君はつぶやくようにその言葉を発する。


「西ドイツの大統領だったヴァイツゼッカ―という人の言葉です。会長が過去に目を閉ざしているのかはわかりませんけど、頭に浮かんできました」


 ピンポンパポーン

 これは放送を知らせるチャイムだ


「生徒会執行部会長千坂ちさかあおいくん、副会長杏汐璃さん職員室へ来てください。繰り返します。生徒会執行部会長千坂碧くん、副会長杏汐璃さん職員室へ来てください。」


「お、噂をすれば2人が呼ばれたな」


「会長が放送で呼ばれることはあるけど、副会長と2人そろって呼ばれるって珍しくない?」


「そうだな、何か重要なことかもな。まあ俺たちは仕事しながら2人を待っておこうぜ」


 ナツさんの言葉を機に仕事に戻る。


 ――過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる――か…。


 アオ君は過去を受け入れられているのかな……。

 私が隣にいることができていればわかるのかな。

 でも、そんなことはできなかった。

 私の思い出にはアオ君と姉さんの二人の面影があり、二人が肩を並べて歩く姿が色濃く脳裏にこびりついて離れない。


 私はただ二人の後ろを歩くことしかできなかった。


 私にアオ君のはない。

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