診断
紬はいくつか深呼吸をしてようやく落ち着きを取り戻した。海斗はなんとなく察してはいたが、彼女とよく一緒にいる看護師の女性は紬ほど彼の事を知らない。だから、なぜ少女が泣き出したのか理解できていなかった。
「ごめんなさい、取り乱してしまって」
目尻に残った涙をティッシュで拭き取る。
「大丈夫だよ、突然泣き出したからちょっとびっくりしただけで」
宥めるように海斗は言った。
こうやって相手を気遣いながら会話をするのも久しく感じる。正直あの時は周りの人間や自分さえもどうでも良いと思っていたくらい興味や関心が欠けていた。ただ、紬や両親みたいに何か思うところがある人に対しては別だったけど。それでもほとんどなかったと言える。
2人が会話に馴染んでいると、恐縮しながらも車椅子の少女を連れて来た看護師の女性が間を割ってきた。今はどう言う状況なのかと尋ねられる。
あまりにも無表情だった海斗がようやく表情を見せた事に感動していたと紬が伝えると、看護師は納得は納得して掌をポンと叩いた。そこから何を思ったのか、ごゆっくりとだけ言い残して病室を出て行く。
「ごゆっくりって、患者だからゆっくりしてるよね。僕ら」
「え、ええ。そうね」
妙なところで鈍感を発揮する海斗に困惑を覚えつつも返答をした。
それからは2人で他愛もない話をした。今まで語り合えなかったお互いの趣味だったり、お互いの夢だったり。他人には語らないような事まで話した。
話していく内に、お互いの事を好き合っていると両方が察してしまって中々会話が続かなかったりもした。2人を包み込む沈黙が心地良く感じる事も。
気が付けば日が傾き、青年の母親がお見舞いに来ていた。これ以上ここにいるのは失礼だと言って、紬は慣れない手つきで車椅子を動かす。母さんに手伝うよう言ったけど、少女は優しく断った。
しばらくしてファイルを片手に持った担当医と看護師の2人が病室へ入ってくる。こんな時間に来る事なんてあるんだと物珍しげに思ったが、どこか真剣な面持ちで歩み寄ってくる彼らを見て背筋に緊張が走った。同じく母も不安げな表情を作る。
立ち上がった母は担当医に椅子に座るよう勧め、彼は表情一つ変えずに会釈を返した。丸椅子に腰を下ろし、ベッドの上に座る青年の目を見据える。医師の目は将棋を指す棋士のように真剣で、その奥には悔しさや悲しさのようなものを感じた。
彼は重い口を開き、躊躇いなくその言葉を吐く。
「単刀直入に言います。海斗さん、あなたはもう−−−−高校にすら通えなくなるかもしれません」
「………えっ」
予想だにしなかった言葉に思考が停止した。青年より先に抗議し出す母。海斗が聞きたくもない自分の現状を、彼女が根掘り葉掘り聞き出す。彼はその内容を呆然と聞き入れた。
自分へ原因不明のわからない臓器の衰弱が始まっている事。次第に歩く事さえできなくなる事。
そして、もう5ヶ月も生きられない事を。
命の分かれ道【書けない】 キツキ寒い @kituki_361
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