Text 3. Fellowship in misfortune_再会
久しぶりの再会に喜んだ赤松は行きつけのカフェテリア「風鈴華山」へと案内した。
積もる話もあるだろう、ここ最近の話や高校時代のエピソードを話し、互いに笑い合った。
「マジっすか!? 大学院に進学するんすね」
「うん、ソフトウエア工学の研究をしたくてね。院試もなんとか合格した」
進路を決める際、黒部は情報工学や情報科学に関心があったという。今の大学も情報科学科を専攻しており、ネットワークやシステムソフトウェアの設計開発に関する研究をしている。中でも
やはり大学生は違うと(黒部が優秀な学生だからというのもあるが)、圧倒された赤松は後ろに大きく背もたれた。赤い
「すげーなー先輩は。野球も成績もすごかったすもんね。すげぇ優しいし、後輩想いだし」
「あっはは、ありがと。でも高校卒業して働いている赤松君は十分すごいよ。技術を既に身に着けていて、お金をいただいて社会に貢献している人に頭が上がらない」
視線を落とし、ほんのり香りと湯気が立つアールグレイに口をつける。その所作のひとつひとつがきっちりしており、彼の性格がうかがえる。謙遜の言葉に対し照れ臭く思った赤松はまんざらでもない様子で否定する。
「そんなことないですって。田舎のちっぽけなとこで毎日どやされたりしてるだけっすよ。失敗ばかりでむしろ社会に迷惑かけてる方が多いー、なんて」
「それにしてはいきいきしてるね」
「まぁ……へへ、なんだかんだよくしてもらってるんで。親父いない俺にとって会社のみんなは親みてぇなもんです」
頬を指でかいては歯を出して嬉しそうに話す。彼の純粋さを前に、黒部も笑みを浮かべた。
「……そっか。素敵な人たちなんだね」
「はい!」と満面の笑みを向ける。元気そうな様子に、黒部は安堵したため息をつく。紅茶でリラックスできたのもあるだろうが。
「それにしても、よく僕だってわかったね。髪も坊主から伸ばしてるし、この通り大学デビューみたいな格好もしているから、わからないかと想定していたけど」
「わかるに決まってるじゃないっすか。眼鏡を見れば一発っすよ」
「いままで眼鏡でしか僕のこと認識してなかったの?」
「いやいや、あの尊敬している黒部先輩ですよ? そんなわけないじゃないですかぁ」
「目逸らしてるけど。え、冗談だよね」
そう言いながら黒部は細いフレームの眼鏡をはずす。途端、笑っていた赤松は唖然とし目を白黒させるように黒部の顔と両手に持った眼鏡を交互に見る。
「……?」
「あの、なんで君が眼鏡外した人みたいに目を凝らすの。いや『え、あなたは?』みたいな反応しないで。僕だから。眼鏡と見比べるまでもなく僕だから。眼鏡が本体じゃないから目を覚まして赤松君」
眼鏡をかけ直し、「あ、先輩だ」と一言。それを冗談の一環だと黒部はノリつつ受け流した。
高校時代から人を軽くいじったり、いじられるよう誘導して笑いを取ろうとしている部分は変わらないなと黒部は懐かしさを覚え、微笑した。それをティーカップで隠す。
「にしても、黒部先輩って昔ここに住んでたんすね、すげぇびっくりしました」
「小学校の間だけね。妙に覚えているから、夏休みとかふらっと来たりするんだ。今日来たのは、まぁ……はは、卒論で切羽詰まってたから、ガス抜きに思い出の場所と自然に触れようって思って。やっぱりリアルの方が心が安らぐね」
右側の窓から見える、人通りと車が少ない道。アスファルトの道とさび付いたガードレールを越えた先には田畑が広がっている。秋から冬へと移り変わる山稜の色は落ち着いており、しかし曇天との境界線はどこかおぼろげで、まるで一枚の大きな水彩画が窓越しの巨大なキャンバスに描かれているようだった。
電線の数が減り続けていることやロボットAIの導入数が増え続けている変化はあれど、昔ながらの風景はまだ息をしている。空気の味や鳥の鳴き声を聞けばすぐにわかった。
「えー中学までここに住んでたのになんで気づかなかったんだろ俺。知ってたら会ってたのに」
「まぁ当時1年と3年で二年も離れてたし、無理もないかもしれないけど」
湯気で眼鏡が白く曇るも、すぐに消える。そこから覗くやさしい瞳は赤松に向けられていた。それもそっか、と半ば赤松は納得する。
「久しぶりにこっちにきて、すごい懐かしい気持ちになったよ。都会は目まぐるしく変わってせわしないけど、ここは変わらない様子で安心する」
「そんな変わり映えない町を俺たちは変えようとしてるんすけどね」
誇らしげに胸を張る赤松。得意げな彼に、黒部は企みの笑みを向けた。
「お、少しは言うようになったみたいだね」
「あぁいやそういうわけじゃないですって」とすぐに腰を低くする。そんな冗談を交わして笑い合ったとき、赤松は途端に頭を抑える。
「いって……」
「どこか具合が悪いのかい」
「ああいえ、大したことないんすけど、なんか今日の朝からちょいちょい頭が痛くなる時があって。まぁ昨日の成人祝いで飲み過ぎたからだと思うんすけど、んーなんていうか、目が変なんですよ」
「目?」
「景色がおかしいっていうか、なんか変なものが見えるというか。白内障とかその類かなと思ってるんすけどね。知らないっすけど」
心配そうに声をかけた黒部の目の色が変わる。
一呼吸の間。彼はゆっくりと口を開く。
「……どんなものが見えるの?」
「ノイズ、なんすかね。なんか一部歪んだり色が変わったり、あとは音や振動で視界が波打ったりしていて。あ、あと所々黒い影の塊みたいなのがちらほらみえますね」
咄嗟に黒部はテーブルに内蔵されたセンサーに手首のアイヴィーを当てて、会計を済ませる。すぐさま立ち上がった彼に赤松は違和感を抱く。
「先輩?」
「今日と明日は休み?」と振り返りざまに言う。急用でもできたように、その声は少しだけ張り詰めたものがあった。
「ええ、休日ですし、繁忙期でもないんで。予定も特には」
「今からLMT線で
「え、なんで」
あまりにも急すぎる話だ。だが、確信を得たような強い意志に、赤松が押されているのも事実。黒部の目はまっすぐと、何の変哲もない赤松の両眼を見ていた。
「その症状を治す専門家に会いに行く。何もなければ僕をいくらでも笑ってもいいし責めてもいい。ただ、そのまま放っておけば僕も君も後悔することになる」
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