第139話

 灯乃はいつも通りみつりと車に乗り込み、学校へ向かった。


 「はぁ……」


 車内に灯乃のため息が流れる。

 ついさっき春明に携帯電話を返して貰おうと再度試みたのだが、勝手に雄二と連絡を取られると困るという理由で結局返して貰えなかったのだ。

 できる限り食い下がってはみたものの、断固拒否という感じで、春明は全く話を聞いてはくれなかった。

 というより、春明の機嫌がかなり悪い気がして、若干近寄り難かったのもあるが。

 はぁと大きなため息を何度も吐く灯乃の横で、みつりがぽつりと呟いた。


 「……あんたって、いつもあんな風に口説かれてんの?」

 「え……えぇっ!?」


 突然の爆弾発言に、灯乃は目が飛び出そうな程に驚く。

 おそらく、さっき見られた春明とのやりとりのことだろう。


 「ちっ違うよっ。私がいつも迷惑かけちゃってて、それで怒られてるだけで……っ」

 「怒られついでに口説かれるの?」

 「そうじゃないよっ!」


 灯乃は顔を真っ赤にしながら、ムキになって否定した。

 確かにあんな言い方をされたら誤解してしまうのだろうけれど、と彼女は春明の言葉を頭の中で思い出す。


 “あんたは――俺だけ見てればいいんだ”


 ――そういえば、春明さんが俺って言うの、初めて聞いたな


 それだけ邪魔されたくなかったのだろうか。

 雄二が絡んでいるから?

 でも、どこか腑に落ちない気がして、灯乃は思い悩んでいると、みつりがいつもの呆れ顔で口を開いた。


 「……あんたってさ、ホント変わんないよね――昔から」

 「え」


 するとみつりはどこか憂いを感じさせる目で、小さく紡ぐ。


 「周りのこと気にする割には、他人ひとの気持ちが全然分かってない。なのに散々振り回して……ホント大嫌い」

 「え、あの……ごめんなさい」

 「そうやって分かってもないのにすぐ謝るのも、やめてくれない? まじウザい」

 「……」


 みつりに厳しく指摘されてそれ以上何も言えず、灯乃は黙ったままただ俯いた。

 そんな彼女から目を逸らすようにして、みつりはツンとした態度で見慣れた窓からの景色を眺めるが、灯乃が気になるのか、こっそり彼女を一瞥する。


 ――どうしてあんたはまだ、何も……


 嫌なことを思い出したのか、みつりは苦虫を噛み潰したような顔を窓へ映した。



 *



 一方で、二人を乗せた車を見送っていた春明は、あからさまに顔を顰めていた。


 「灯乃ちゃんのあの様子……大人しくしてくれればいいんだけど」


 真っ直ぐで挑むような目をしてきた灯乃。

 普段は失敗ばかりでオドオドしている癖に、妙なところで度胸があって頑固。


 ――邪魔をされると、なかなか厄介なのよね。でも……


 春明は静かに自身の胸に手を当てた。

 灯乃を警戒しているのもあるが、それとは別に妙な胸騒ぎがして、不安を掻き立ててくる。


 ――まさか、このあたしがあんな小娘相手に感情的になるなんて。どうかしてる


 珍しく彼が反省しているとそんな時、後ろに控えていた楓がそっと声を出す。


 「春明様。俺もそろそろ行きます」

 「……えぇ」


 春明は腕を組むと、楓に話しかけた。


 「楓、絶対にあの二人から目を離さないで頂戴。間違っても早退なんてさせないで」

 「はい、分かっています」

 「いい? 二人ともよ?」

 「? 勿論です」


 何故か念を押され、僅かに首を傾げながら楓は車に乗り込み、登校していく。

 するとそこから入れ違うようにして、女の子たちの黄色い声が徐々に近づいてくると、春明はサッと笑顔を作り、振り返った。


 「おはよう。時間通りね」


 春明のその笑顔で目をハートにして騒ぎ立てる6人の女子達だったが、彼女達とはまるで真逆の、反抗的な双眸で睨み付けてくる者が一人、その群れの中から現れる。


 「……言っとくが、欠片は渡さねぇぞ?」

 「でも持って来てくれたのでしょ? 嬉しいわ」


 春明は彼の姿を認めるとフッと目を細めた。

 その笑みを不快に思いながらも、首から提げていた三日鷺の欠片を見せる雄二。

 何となくだが気配で分かる、欠片は本物だ。

 どうやら女子達を人質に、雄二共々うまく引っ張り出せたようだった。


 「さぁ、中へどうぞ。雄二君」


 春明は意気揚々と全員を屋敷内へと招いた。


 ――このまま雄二君を逃がさなければ、あたしの勝ちだ


 これで三日鷺の欠片は手に戻るし、斗真も見直すはず。

 問題視するところは何もない。


 それなのに……


 何故だろう。春明から嫌な胸騒ぎが消えない。


 ――あの子がそんなに気がかりなのだろうか? それとも何かを見落としている……?


 その時。


 「えっ」


 春明が一つの気配に気づいてそちらを振り返った。

 すると少し離れた庭先で、珍しく姿を見せた樹仁がこちらをじっと眺めている様子があった。


 「……なんで……?」


 春明をというより雄二の方を気にしていたようで、一頻り見定めると、樹仁は静かに部屋へと戻っていく。


 ――こんな時に何の用なのよ、あの人


 彼の、らしからぬ行動を見て、春明は不信感で表情が歪んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三日鷺~みかさぎ~ 佐央 真 @shinkuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ