天地創造

東海林利治

第1話

 月影が揺れ、大地の深い息遣いが聴こえた。

 どこまでも続く原野の肌が、微かに脈打つ。脈は次第に大きくなり、地鳴りに変わる。コナラとクヌギの樹冠が、それ・・の目覚めを歓迎しているように揺れた。

 雑木林が次々と倒れ、大地が音を立てて割れた。

 ――目だ。

 大地の裂け目は、デエダラボッチの瞳だった。目覚めた大きな瞳が、瞬きを繰り返して地震が起きた。デエダラは雲一つない夜空を見つめていた。女郎花をかき分け、地中から指先が持ち上がった。

 再び大地がうねる。

 轟音とともにデエダラが身体を起こし、奇岩が小さな石ころのように流れた。

 デエダラは、大地の両端に掛かるほど両手を広げて叫んだ。空気が震え、砂嵐が舞った。

 月明かりを浴びたデエダラの身体は、燦然と輝いている。

 デエダラの産声は、地上に多くの生命体を呼び寄せた。

 指先で大地を掴み、土を移した。掌に感じる土の温かさが、デエダラには新鮮だった。子供が砂場で遊ぶように、デエダラは列島で遊んだ。掴んだ土で山を創り、息を吹きかけると雪が積もった。指先で川を流して、踏みつけた足で湖の穴を空けた。

 大地は、デエダラのすべてを受け入れた。

 ただ、デエダラは自分が生まれた武蔵の国の大地だけには、手を入れる気にならなかった。永遠に続く原野を、静かに眺め続けた。それだけで幸せな気分になった。

 次第に、武蔵の国に何かが足りない気がしてきた。

 腕を組み、来る日も来る日も考え続けた。腕に苔が生え、頭で鳥が羽を休めても考え続けた。

 デエダラの唸り声に引き寄せられるように、生き物が周りに集まった。虎や馬が駆け回り、鯨が潮を吹き続けた。

 数百年の時が過ぎ、デエダラは立ち上がって足元を見た。

 ――自分だ。

 武蔵の国にぽっかり空いた穴。寝床としていた大地がデエダラの還りを待っていた。デエダラは静かに横になった。

 何度か瞬きをすると、大地がサヨナラをするように揺れた。

 デエダラは瞼を閉じた。

 瞼の内側にどこまでも続く原野が広がっていた。

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天地創造 東海林利治 @toshiharu_toukairin

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