第7話


「昨日は騒がしかったが、何かあったのか?」


先に一階に降りて待っていたラグナたちは、こちらを訝しげに見ていた。

ラグナは先に飯を食べ始め、フェリーナは水を飲むのみに留めている。


「まぁ、一悶着あっただけだ。いつものことさ」

「……君たちの関係にとやかく口を挟むのもどうかと思うが、それでも周囲に配慮して貰えると助かるのだが?」

「変な勘違いはすんなよ。別にベッドメイクが必要なことはしてないぞ?」

「ベッ! んんっ……食事中だ。そういう話は慎んでくれ」

「やっぱり勘違いしてるじゃねぇか」


部屋であったことを説明しようとしたとき、遮るように目の前に食事が運ばれる。


「遅くなってしまい、申し訳ありません」

「サラさん!」

「サラ……もう起きてきたのか?」

「ええ。昨晩は素晴らしい時間でしたね」

「「!?」」

「だから、勘違いするな。ただの悪ふざけだ」


サラの抑揚ない淡々とした声は、知らない者は嘘と本当を区別するのは難しい。

だが、声色から判断できなくとも事実を知るものとしては断固として声をあげなければならない。


「けど、物音が凄かったのはじじぐふっ!」

「ラグナ様。食べながら話をしないで下さい?」

「ごぉ……フェリ……」


脇腹を抑えて悶えるラグナを無視し、フェリーナは咳払いをして無理やり話題を変える。


「まぁ、色々あったのだろうが私たちの話をしても良いだろうか?」

「……一応サラから聞いてる。返答は?」

「……君たちの旅に、同行させて貰えると助かる」

「そうか。そうか……分かった。そういうことなら、俺らも歓迎したいところだ。だが、条件がある」

「条件?」

「そうだ。旅をするうえで重要なことだ」


その言葉を口に出すのに一度つばを飲み込む。

ロープの中に隠れたこの二人の顔は、こちらにつられて固くなる。

だがラグナは飯を食べるのをやめる様子はない。


「お前ら弱すぎ」

「何だとぉ!」


溜息と一緒に出た言葉に、いの一番に反応したのは飯を食べていたラグナだった。

だんっ、とテーブルを叩いて立ち上がり、空の木の容器が転がり落ちた。


「事実だろう? お前たちが死にかけたのはいつの話だ?」

「それは」

「だから、この旅の目的のひとつを増やせ」

「目的を……増やす?」

「……どういうことだ?」

「お前たちは弱い。そこをまず認識しろ。だから強くなるように実戦や訓練を経験しろ。お前たちの旅の目的のひとつに、自らの成長を加えろ。それが……俺からの最低条件だ」


じゃないと無駄死にするだけだ、と心の中で付け加える。

いつかは死ぬのが生命であっても、俺の目につくところで死なれるのは御免被る。

そんな目に余る行動を減らすため、この二人には今から試練を与えなければならないだろう。


「邪魔するぜぇ」


野太い声が店の扉を吹き飛ばした後に店内に響く。

飛んだ扉は砕け、破片が床に散らばっていった。

わざと一歩一歩体重をかけて床を踏み締めて歩き入ってきたのは大柄な男だった。

大熊の毛皮を加工した防具に身を包んでいるせいで、まるで本物の熊が店内に入ってきたのかと勘違いしそうになる。

そして、その男の背後からズラズラと入ってくるのは粗野な風貌の持ち主たち。

一見しただけで分かるほどの野盗だった。


「おい、サラ。野盗だぞ?」

「野盗ですね」

「今どきあんな分かりやすい格好の野盗がいるのか?」

「希少ですね。あれは自分に自信がないと出来ないでしょう。盛大な拍手で歓迎するべきでは?」

「お、おい二人とも……っ!」


静まり返っていた店内では自分たちの囁き声は対面に座るフェリーナだけでなく聞こえていた。

軋む床板が徐々に近づき、唸り声のような重たい声が頭上から落ちてくる。


「俺は、人探しをしてる」

「そうか」

「そいつらは生意気にも俺の部下を殺し、このボロ宿に最近入って来たらしい」

「そうか。そんな奴がいたのか。見なかったな」

「そうか、見なかったか……」


一時の空白時間。

物音はなく、誰かの呼吸音さえ聞こえない静寂の時間。


「シィネェッ!」


一切の手加減なく振りぬかれた剛腕が背後から真っ直ぐに頭部を狙う。

自分の頭より大きな拳が空気を切り裂きながら向かってくるのを、正面に座っていたラグナたちが椅子を倒すほど強く反応する。

腰に佩いた剣に手をかけ、相手の攻撃を止めに入るために。

だがその剣を抜き放ち、敵の攻撃を防ぐには二人の行動はあまりにも遅く、また敵の攻撃は速かった。

だが、それは当然のように不発に終わる。

襲ってきた男は拳を振りぬくためにつけた勢いのまま額を床へと打ち付けた。


「「「ボスッ!?」」」

「足下がお留守ですね」

「さすがサラ」


サラは男が勢いをつけて攻撃する瞬間に、男の足下周辺に氷の膜を張り滑りやすくしていた。

そんな状態に気づかずに勢いよく重心がずれた男の末路は、部下の前で盛大にやらかす、という惨状に見舞われたのだった。


「お褒めに預かり恐悦至極。お代はゼロ様のお身体で」

「馬鹿かド阿呆。昨日もお前の所為で部屋の中がボロボロになったんだぞ。なんで寝るのにあんな時間がかかる破目に……」

「一緒の部屋で眠る記念に」

「次は外に放り投げてやろうか?」

「それはこちらの方々だけにしてください」


起き上がろうとしていた男は下半身から徐々に凍り付き始め、身動きが出来ずに藻掻いていた。


「なんだこれは!? 何をしやがったっ!?」

「ボスを助けろッ!」

「皆殺しだ! 中にいる奴ら皆殺しだ!」


盗賊たちが騒ぎ立て、剣を抜き始めると店員や客の悲鳴が店内に響き渡る。

戦闘開始の合図だった。


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