第8話

 盗賊たちが剣を抜き、不格好にも構えていく。

 明らかに我流、いやそれ以下なのは言うまでもない。

 この程度の連中ならば怪我をすることすらありえない。


「最初の訓練だ。ラグナ、フェリーナの二人だけで下っ端どもを倒せ」

「なんだって?」

「そ、そんな!?」

「泣き言いうな。戦う場所を店内に選んだ連中の馬鹿さ加減、奴らの骨身にまで教育してやれ」


 敵の数は五。

 もしかしたら外にも敵はいるのかもしれないが、いたところで手が出せないなら問題はない。

 剣で切りかかるには対象が前にいなければ意味がない。

 まさか、幾ら連中が馬鹿だったとして剣を投げ込んでくることもないだろう。


「テメェ……舐めんじゃねぇぞッ!」

「「「ウォオオオオオオ!」」」


 一斉に襲いかかってくる盗賊たち。

 室内という限られた移動範囲の中で、相手を倒そうと考えた時、取れる行動は大まかに三つ。

 一つ、少人数で襲い掛かり他は牽制。

 二つ、全員で息を合わせて切りかかる。

 三つ、店を破壊して範囲を広げる。

 個人的には三つ目こそ至高だと思うが、相手は二つ目を選んだ。


「死ねぇえ!」

「させん!」


 フェリーナがテーブルを踏み越え、最初に切りかかってきた男の剣を弾き、蹴り飛ばす。

 そして二人目を迎え撃っていく。

 それを見ていたラグナも意を決して戦場に乗り込んでいった。

 切りかかってくる相手に対し、二人は危な気なく対処していく。

 時にいなし、足や拳で相手を迎撃する。

 素人目にでもわかる力量差だが、盗賊たちも耐久タフさがある。

 少々蹴りや殴打など大したダメージには至らない。


「……舐めやがって! これを見ろ!」


 一人の盗賊が店の隅で蹲っていた店員の少女に剣を向ける。

 少女の悲鳴が響き、ラグナとフェリーナの動きが止まると盗賊たちの下卑た笑みが囲む。


「お前らのみてぇな奴らはこういうのが効くだろう?」

「おお! どこぞの騎士様かは知らねぇが、騎士道精神って奴があんだろう? こいつぁ見過ごせねぇ

 よな!?」

「剣を捨てやがれ! 刃向かんじゃねぇよ!」


 盗賊たちも実力差があるのを実感したのだろう。

 敵の、ラグナたちの弱点になり得る人質をとり、形勢は逆転しようとしていた。


「くっ! 貴様ら……」

「フェリっ」


 剣を手放すのは敗北を認めるということ。

 敗者に待ち受けるのはどんな末路か、想像するのも嫌になる。

 勝負がついたのだと悟り、床に氷漬けにされて這いつくばっている盗賊団の頭が笑い声をあげる。


「勝負あったようだな?」

「ふん。そう思うか?」

「強がるな。奴らは人質を取られて手が出せず、お前らは俺を抑えるのに手一杯なんだろうが。こっちは外にも部下が十人ほど待機させてる。中に踏み込ませれば勝ちは確定だ」


 未だに床に氷漬けにされた男は呼吸だけは出来るようにとしておいた顔でニヤリと笑みを浮かべる。

 外には十人の武装した敵。

 中には氷漬けの頭を含めて六人。

 対するは戦意喪失しかけている騎士二人と自分とサラの四人と人質たち。

 勝敗は決した、と誰もが感じた。二人を除いて。


「ひとつ、お前に訊きたいことがある」

「あぁ?」

「人質をとってでも勝利する。それはお前たちの信念か?」

「はぁ? 信念だと? 俺らにそんなものはねぇよ。戦って奪って生きるだけだ」

「そうか……そうだな。そういうもんか。はぁ」


 訊きたいことが終わり、また口を開こうとした頭の意識を睡眠の魔術で刈り取る。

 すでに用済みの奴と話をする時間などない。

 室内に広がる驚愕の間の中で口を開く。


「敵は五と十。そんなことはもう。それでも訓練なのは変わらないんだよ。勝敗はとっくに決まってる」

「お、お前……」

「そもそも、人質がいなかったらお前たちどうする?」


 ポン、と唐突に人質に取られていた少女は凶刃の先にはおらず自分の腕の中に納まっている。

 さらなる驚愕と動揺が広がっていく。

 乱闘渦巻く店内の中で未だに動かず、椅子に座り続けていた奴の腕の中に、人質だったはずの少女の姿があれば動揺するのも仕方がない。


「注文だ」

「ふぇ?」

「ここに座ってろ」

「ふあ!? は、はひ!?」

「まあこれで振り出しだな。フェリーナ、ラグナ。さっさと終わりにしろ」

「……あとで話がある。だが今は、感謝する」


 フェリーナが剣を構えると、全員が剣を構え始める。

 だが、恐らくすぐに勝敗は決着することになるだろう。

 相手の戦意はすでにないのだから。


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