第3話

近くの町へ向かう傍らで、世間話のひとつでもしながら情報収集でも出来ればいいかと思ったのも束の間だった。

フェリーナとラグナから何も話しかけてこず、ただ距離をあけて後から付いてくるような状態で歩き続けているからだ。

先ほど突っ切ってきた森の中を戻り、元の街道に辿り着いても二人の険悪さ、というよりもフェリーナの機嫌が戻ることはなかった。


「色々と訊きたいことはあるが、あの調子じゃ……なぁ?」

「金色の髪にして勇者、ですか。確かに気になる存在かと」

「ん? まぁ、確かにそこも気になるが……それだけじゃない」


ラグナとフェリーナの言い争いを盗み見ながら、彼らが現れたあの白い光について考える。

攻撃の意思がないのに脅威であると容易に感じられた尋常ならざる力。

しかも恐らくだが俺が考えられる方法や道具とかそういう話ではなく、もっと根本的な部分が違う、常識外の力のように感じられた。

知りたいという欲求が先ほどの光景を思い出すたびに、考えれば考えるほど、思えば思うほど溢れてくるが、そんな重要なことをおいそれと話す訳がない。


「……まぁ。時と場合が揃えば訊ける話もあるだろう。それまで待つさ。無理に問い詰めても警戒心を抱かせるだけだ」

「解りました。ではそのように。こちらの情報についても時と場合に?」

「ああ。気が向いたらな」


ただの旅人二人に大した理由も背景もありはしない。

どこにでもあるような理由で旅立っただけなのだから、無理に隠せば怪しまれるだろう。

逆に怪しまれたいならば隠してみるのも面白い。

そう言って笑ってやれば、サラは黙って頷くのであった。

こちら側の方針が決まっていく一方で、どこか覚束ない足で進む二人に声をかける。


「おい! 大丈夫か!?」

「あっ、ああ。問題ない」

「よっ、とっ、ととっ!? うわっ!」


フェリーナは比較的問題なく歩いているように見えるが、それでも小さなくぼみに足を取られそうになっている。

ラグナに至っては、もはや歩き始めたばかりの赤子のようで、いつ転ぶか分かったものでは無い。

普通に歩いているのに差が少しずつ開き始めている。

まるで明るい場所から暗い場所に飛び出したときのように周りが見えていないかのようだ。


「あいつら、あれが大丈夫に見えると思ってんのか?」


空を見れば月は三日月とはいえ出ていて、鬱蒼と生い茂る森林の中でなければ道が見えないということはない。

むしろ雲がほとんど出ていないため普段より明るいくらいだった。


「月が隠れてる訳でもないだろうに」


白く輝き、この地上に光りを落として見渡すもの。地上で誰もが見上げる貴き唯一無二の煌めき。

常に変化を続けし闇夜を切り裂くもの。

そんな風に数々の例えや異名によって讃えられている月は、見上げれば今もそこに変わらず存在している。


「ゼロ様。やはり明かりを用意するべきでは?」

「獣たちに群がられると思うが?」

「現状鼻の良いものたちからすれば変わらないかと。であれば歩く速度を速めて村まで行ってしまうのが良いのでは?」

「そうだなぁ…………まあ、最悪の場合は急いで逃げるか」


野生というものは不利と見れば必ず撤退する。

そこには仲間を殺された憎悪など介在する余地はなく、力の差を感じとれば襲い掛かってくることさえしない。

それが本能によって生きている獣の残された理性だろう。

考えを纏めながらランタンを取り出し、火をつけて彼らのもとへ歩き出した。





――――――――――――


【フェリーナ】


「お前たち、危なっかしいぞ」


そう言いながら近づいてきた男によって、急激に足元は明るくなる。

カチャカチャと金属音を鳴らし、見ればランタンを持ってため息交じりに声をかけられ、隣にいたラグナ様はすぐさま反応する。


「いや、もう慣れたし! 見え始めてたし!」

「そう強がるな。ていうか遅い。近くの村に着く前に満月になっちまうぞ?」


黒く染まった空を見れば、妖しく輝き、怪しい形をした刃のようなモノがある。

あれこそが聞いていたもの、月と呼ばれるものなのだろう。

あんなにも見るものを惹きつけ、惑わす存在が誰にでも見れるような世界では悪が蔓延るのも頷ける。

気を引き締めなおさなければならない。自らの使命を果たすためにも。


「……申し訳ない。わざわざ明かりを用意してもらって」

「フェリ?」

「ラグナ。見ての通り我々の行動によって彼らに迷惑をかけ、さらにはこうして助けられている。感謝は素直に言うべきでは?」

「むっ。ふんっ! どうもありがとうございましたっ!」」


ラグナ様はそっぽを向きながら礼を言う。

彼の心の内の全てを推し量ることはできないが、それでも彼に託された重責を思えば察することはできる。

だが彼の育ってきた環境と本人の幼さ。加えて世間知らずによる処世術の未熟さが言動に現れてしまう。

こんな相手の世話係として付いてくることになるとは思わなかったが、これも任務なのだから諦めるしかないのだろう。


「はぁ。色々と申し訳ない、ゼロ殿」

「ゼロでいい。ま、そのうち目も慣れるとは思うが先を急ごうかと思ってな。ホントは野営の予定だったんだが……」

「何かあったのか?」

「ああ。どうやら面倒ごとが遊びに来たらしい」

「なに? っ!?」


ゼロの言葉を肯定するかのように茂みから何かが飛び出す。

現れたその姿はあまりにも野蛮だった。

ボロボロの衣服に殺した獣の腰帯。手には研がれていない血濡れの刃を持った三人の男たちだった。


「カハッ! 明かりを見つけて来て見りゃあ獲物が4つもあんじゃねぇかよ」

「旅人4人か。あんまり持ちもんはなさそうだが」

「いいじゃねぇか。身ぐるみ剥いで使えるもんは奪って。しかも見りゃあ二人は女だ。使い道は幾らでもある」


下卑た笑いを浮かべながら、その野盗たちの立ち姿に警戒する。

刃物は危険ではあるが扱う彼らの技量は大したことはなさそうだ。

だが、それでも警戒するのに十分な髪の色をしていた。


「黒い、髪……だと?」


呟いた声は意外と響いたのか野盗の三人はさらに笑みを深める。


「そうさ! 俺らは人呼んで【黒の盗賊団】。魔法を操る大盗賊だ!」

「無理やり身ぐるみ剥がされたくなけりゃあ大人しくついてこい。嫌ならそれでもいいがなぁ?」

「たまには暴れてぇしよぉ」


ゲラゲラと嗤いながら彼らは得物の柄を握りしめる。

魔法の使い手。

話は聞いているがその力は、話してくれた相手があの方でなければ嘘としか思えないほど眉唾ものだ。

曰く、魔法とはひとつの巨大な街を簡単に滅亡させる。

そして、魔法を使用するものの共通点は髪の色が【黒い】ことなのだという。

そんな相手が三人同時に現れ、しかも協力関係にあるという運の悪さ。

身体が強張りそうになるが、使命を思い出せばこんなところで逃げ出していられない。

それに出会ったばかりの者たちを逃がせれば、こちらも本気で対応することができる。

負けるつもりは欠片もない。が、それでも手には緊張からか汗が出る。

相手はこちらを殺すことに何の躊躇いもない外道たち。容赦する必要はない。

覚悟を決め、剣の柄を掴んだ時だった。



「なんだ、この馬鹿共は?」



野盗たちを挑発するゼロの声がしたのは。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


間の抜けた顔、というもの久しぶりに見た気がする。

それは三人の黒髪の野盗たちを筆頭に、なぜかフェリーナにいたっては驚愕の表情へと変化した。

恐らく相手と自分の力量さが分からないほどではないが、根が慎重なのか心配性なのかもしれない。


「ったく。こんなザコに付き合う必要なんかない。早く行くぞ」

「なんだ、テメェ?」

「誰がザコだぁあ? あぁん?」

「横からしゃしゃり出てきてんじゃぎぃっ!?」


顔を近づけてきた野盗の一人の顔面を問答無用で殴り飛ばす。

サラが。

錐もみ回転をしながら現れた茂みへと男は舞い戻っていくのを自分を除いた誰もが唖然として見送る。


「近いです。殺しますよ?」


まるであらゆる感情が抜け落ち、それでも一つの感情だけがストレートに伝わるようだった。

低く、冷たく、底抜けに暗い負の感情が。

普段から無感情のように感じる彼女の声が、なぜかこういう時は普段と変わらないはずの声なのに時と場合も合わさって、聞く相手に恐怖を与える。


「生きてんのか、あれ?」

「ゼロ様。害虫とは存外にしぶといものです。止めを刺しましょう」

「いや。あぁ、まぁ……ん~……その、アレだ。ほかの連中しだいだな」


戦闘用のゴーレムよりも冷酷な侍従の姿に、つい否定から入ってしまったが予定では自分で行うとしていたことだ。

立つ瀬がなくなったような気はしたが、本筋は予定通りなので問題ないだろう。

いとも容易く葬られそうになった憐れな仲間の姿を見てしまった野盗たちに提案する。


「おい。どうするんだお前らは? 逃げるか? それとも続けるか?」

「ゼロ様。選択肢が違います。死ぬか、この世から消えるかでは」

「お前はちょっと静かにしとけ」


注意すれば無言で離れるサラは、わざとらしく肩をすくませる。

あれこそがサラの常套手段で、落ち込んでますアピール。

あとで多少なりとも構ってやらないと本気で落ち込む場合があるため結構面倒臭い。

そのことを考え出すと面倒臭さは増えていき、そもそもこんな事態にしてくれた奴らの肩を何故もっているのか。


「なんか、面倒臭くなってきた…………殺すか」

「「ひっ!」」

「まっ、待て! 無駄な殺生は良い行いとはいえない! 彼らはもう戦う気力もないだろう?」

「今は、な。あとでお礼参りされちゃ面倒だろう? なら今だ。今やっとけば面倒がない。そんなことに良いも悪いもないだろ?」


吹き飛ばされた際に落とした野盗が持っていた、研がれていない刃を拾って状態を確かめる。

二人か三人なら何とか斬れるだろう。ただ、綺麗にとはいかないが。


「そんな、ことだと? 他者を害することを……そんなこと?」

「普通だろ。お前んとこは野盗とは無縁だったのか?」

「ぼっ……んんっ、俺らのいた場所ではそんな奴らはいない! それに正当な理由がない殺生については重い罰を受けることになる。それに彼らにも何か理由があったかもしれないじゃないか?」

「理由ぅ? ふん、ならまぁ訊いてみようか。正直に話してみろ、嘘偽りなく」


残った二人のうち一人の首に、刃こぼれしている所為で斬りにくい刃をあてる。

研がれていない刃では首を切るのにも何度も何度も引いてやらねば相手の首を刎ねられないだろう。

その間の痛みが倍増することは改めて言うまでもない。


「さぁ言えよ。みっともない理由があるんだろう?」

「そ、そりゃあこれが一番楽で割がいいんだよっ! 旅するくらいに裕福なくせに脅してんじゃねぇよっ!」

「そうだっ! 村から追い出された一文無しの俺たちに金ぐらい出しやがれっ!」


ぎゃあぎゃあと小鳥というよりも家畜がエサを欲しがる時のような声で野盗たちは喚き散らす。

村は貧乏で彼らのようなヤンチャな連中を養う余裕は誰にも無く、また特産になるような物はない。

かといって一生村に縛られて生きていくのはご免だと村を飛び出したのだという。


「つまり、お前らは好き好んで野盗になったと」

「違う、そうするしかなかったんだっ! 俺らに魔獣を殺せる力は無いし、それに武器だって最初は持ってなかった」

「ならこの剣はなんだ? 奪ったんだろ? どっかの行商人でも襲って」

「……冒険者の連中から、貰ったんだよ。使わないからってな」

「馬鹿かお前? そんな嘘に騙されるか。冒険者だろうが旅人だろうが自分の武器をくれてやる奴が何処にいる。どうせ不意打ちでもして死体から奪ったんだろ?」


我が身可愛さの言い分に聞き飽きてきたが、彼らの返答は舌打ちとともに豹変する。


「あぁそうだよっ! 殺して奪った! 金目のもんは全部奪って。女は犯して殺したっ! それが何だってんだよ、ああ!?」

「そうだっ! そうしたかったんだから仕方がねぇじゃねぇかっ! 今までの女どもは最後は自分から俺たちに腰振って――」


野盗の一人が口汚く何かを喋ろうとしたのだろうが、それは叶わなかった。

恐らくアレはこちらが斬らないと高を括っていたのかもしれないが、聞きたいことは聞いたのでもう要らない。

喉からあふれ出す血と、口からこぼれ出す血によって地面を真っ赤に染めながら倒れ伏す。


「なんだ、やっぱりパチもんじゃんか。お前ら」

「なっ、あぁ?」

「その髪だよ。お前ら自信満々に【黒の盗賊団】とかセンスの無いゴミみたいな名前で名乗ってただろ? 俺にとってはそっちのほうが重要でな。お前らの今までのことなんて世間知らずのためにやったオマケだ。興味なんて欠片もない」


血のりでべた付く剣を、野盗の後髪を引っ張って喉元にあてる。


「だが、これは別だ」

「な、んで」

「質問は俺がする。返答しだいじゃこっちのクズのような優しい死に方は出来ねぇぞ? もし出来るとすりゃあ―――」


ガサガサと茂みが激しく揺れ、それは顔を出す。

全員がそれを見た。下唇を噛んで何かをこらえて居たフェリーナ、そしてその肩に手を置いて慰めていたラグナも。

また最初から気づいていたサラも手には氷で作られた三叉槍を用意している。

何かの内臓を加え、血走った目をし、赤黒い毛並みをした獣が現れる。


「――――あっちの寝てたゴミと同じ末路だ」





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