第1章 夜の世界 双子の悪魔

第2話



パチパチと篝火の音が響く静かな夜。

風が強くないとはいえ、辺りに広がる木々は時たま風に吹かれては騒ぎ始める。


「機嫌が良さそうですね、ゼロ様」

「まあな」


篝火に照らされながら、自分たちの今までに思いを馳せつつ答える。

フード付きのローブを纏い、二人分にしては少ないが所持品を入れた大きな袋を脇に置く。

旅に出てからそう経ってはいないが、そもそも初めてのことで儘ならないことは幾らでもあった。

旅人として半人前未満だが、この時間だけは旅に出て良かったと思える瞬間だ。

一時の安らぎの時間。

ただ、篝火の炎が揺らめき燃焼を維持させるための木が燃えていく。


「風の音。木々の音。火の音。時々聞こえる獣の遠吠え。これぞ旅の醍醐味だろ?」

「かもしれません。ですが、少々私には熱いですね」


フードを外して現れたのは氷で出来た彫像のような秀麗な女だ。

短く切り揃えた氷柱のようなアイスブルーの髪、瞳は水面よりもさらに青く、輝きは青い宝石よりも煌めいている。

完成された彫刻のような美しさを持った自らの付き人である女性、サラは首紐を外しローブも脱いでしまう。


「あぁ……熱い、ですね」

「おい、止めろ」


昔から変わらない抑揚がなく、他人からは感情も窺い知れない平坦な声で服さえも脱ごうとしたため釘を刺す。

すると、これ見よがしに首を振っては身なりを整える。


「朴念仁、という言葉をご存知でしょうか?」

「知らん。材木の一種か? 薪と一緒にくべてしまえばいい。それに、こんな夜は月を見ながら一杯のほうが俺好みなんだよ」


脇に置いた袋から大事にしまっておいた酒瓶を取り出す。

体の内側から温めるには重要な一品だと前に出会った旅人のドワーフは言っていたが、確かにその通りだ。


「あまり度を越して飲まれませないように。ここは一時的な休憩ですから」

「分かってるさ。けど落ち着いて飲むんだったら今だろ? 前の村じゃ―――」


ふと、妙な予感めいた何かを感じ取る。

虫の知らせと表現するべきか、それともただの直感なのか。はたまた周囲のちょっとしか変化か。

木々の揺らぎは変わらず風とともに響くが、獣の遠吠えが何故か全く聞こえなくなっていた。

時間が過ぎていくたびに妙な予感は強くなっていく。


「ゼロ様?」


サラの呼ぶ声に応えようとした時だった。

森の中から夜空を突き刺すような白い光の柱が生まれたのは。

眩しく輝き、天高く伸びる白光の柱。

今から見た者がいたならば空から何かが落ちてきているかと錯覚するだろう。

ここからそう離れていない場所に、落ちたかのように、または昇っていったかのような光の柱はある。


「行ってみますか?」

「あぁ、そうだな」


気のない返事に聞こえたかもしれない言葉が口から洩れる。

意識していなかったのだ、あの光の柱以外に。

あの下に何があるのかという疑問と、大きく高鳴り続ける鼓動音が身体を勝手に動かした。

生い茂る雑草を踏みしめ、邪魔する草花を掻き分ける。

久しぶりに感じるワクワク感が自分を急かしていることを実感しながら少しずつ注意深く近付いていく。

周りのことなどお構いなし。ただサラが付いてきていることを確認しつつ真っ直ぐに、最短距離を通っていく。


「(まるで虫だな)」


篝火に近づく虫のように、自身が謎の光に導かれていくのを他人事のように感じていると、光は徐々に細くなっていくのが見えた。

消えてしまう前兆だと察し、進むスピードをさらにあげる。

道なき道を掻き分けて、興奮を抑えることもせずに進み続け、踏み均した先に、か細く消えようとしていた光の柱に辿り着く。


そこに居たものを見つけて言葉をなくした。


光の柱を近くからよく見れば、眩しい所為で見えづらいが、透明な螺旋階段が何段も存在している。

世界を一変させかねないほどの膨大な力を、繊細かつ綺麗に整え、調整していることが近付くことによって分かる。

伝承の類に存在する災厄種と呼ばれる存在かと身構え、その階段を上ってきた者たちを視て、ぼう然としてしまう。

動くたびにローブの下から聞こえる金属同士がぶつかって鳴る鎧の音。加えてチラリと見えた鎧は光沢が出るほどしっかりと磨かれている。

だが、もっとも驚かせたのは現れた者たちの髪の色だった。

フードの下からはみ出している色は、一人は金。もう一人は白にも見える薄い灰色の髪。



「何者だ、あんたらは?」



白光の柱が徐々に消えてゆき、彼らと視線が絡み合った時だった。

自然と口から漏れ出た疑問が風にのり、現れた者たちの関心を寄せる。


「……キミたちこそ何者だ? 私たちはただの、ただの旅の者だ」

「旅人、ですか」


後から追いついてきたサラが、的確に彼らの立ち姿を見て言った。

全身を覆うローブによって隠されてはいるが全てを隠すことは当然できない。

それは手であり、足でもある。


「ずいぶんと重装備なんだな?」

「ああ。自衛のためだ」


白い光から感じた膨大な力の持ち主にしては、あまりにも慎重な言葉だった。

あれほどの力の持ち主ならば、弱い生物たちは漏れ出る威圧感によって軒並み近づこうとはしないだろう。

だが、目の前の彼らからはそんな力は今は感じない。

隠せるほどの実力者か、それともそんな力は持っていないのか。

はたまた、自分のような特異体質なのか。


「まぁ、旅に備えはつきものか。ふ~ん……なら、もう一つ備えを増やす気はないか?」

「それは、どういうことだ?」


一瞬、お互いの間で流れる剣呑とした雰囲気に周囲が満たされる。

恐らくローブの中では剣に手が触れているのだろう。


「変な勘繰りはよせ。別に盗賊の真似事をするつもりはない。この先の村まで暇つぶしに一緒に行かないかってだけの話さ」

「ゼロ様?」

「サラは黙っとけって。それでどうだい? 取って食おうってつもりはないぞ?」


こちらが提案すると、彼女らは小声で幾つか会話をしていく。

メリットとデメリットを天秤にかけているのが、俺には丸聞こえではあったが口を挟む野暮はしない。

無駄に警戒心を高めさせてもこちら側にメリットはないのだから。


「ゼロ、と言ったか。こちらとしてはありがたい申し出だが、さすがに正体も晒せない相手を信用することはできない」

「それはお互い様じゃないか? そっちも訳あり、こっちも訳あり。五分五分だろ」

「……詮索するなと?」

「そういうことさ。でもま、名前くらいはいいだろ? 改めて、俺はゼロだ」

「私はサラ、と申します。ゼロ様の従者をしております。無作法な主に代わりご挨拶を」


サラは片足を引いて、もう片方の足を軽く曲げて挨拶を行う。

森の中ということもあり簡単ではあったが、堂に入ったその姿は洗練されていた。


「従者とその主の旅、か。確かに訳アリのようだ。分かった。私の名はフェリーナ。親しい者からはフェリと呼ばれている。そしてこちらが……」


顔を向けて促されるよりも前に進み出て、それはフードを取り去り、金色の髪を晒して言い放つ。



「俺はラグナ! ラグナ・ワルフラーン! 勇者としてこっちの……」



声高らかに行っていた自己紹介の途中で、フェリーナの身体が動く。

背後から後頭部を狙った拳による一撃。直撃し、ひるんだ一瞬で肩を掴んで背後に引っ張りながら足を払う。

たたらを踏むことさえ許さずに後方へ倒れこむのを妨げるどころか肩を掴んでいた手で口を塞ぎ、速度を加えられて地面へと倒される。

一連の綺麗な流れによって、アッという間に取り押さえられたラグナは後頭部を強く打ち付けて、もがき苦しんでいた。


「ホントに貴方という人はっ! どうしてっ! 一瞬でっ! 流れをッ! 全て無視しての発言をッ!」

「むがーっ!? むがっ!? むが!?」


もがき苦しむバカ男と、取り押さえる苦労女の姿にそっと溜息を吐く。

全ての始まりがこんな騒々しいものだったと後になって思い出し、もう一度溜息を吐くことになるなんてこの時の自分には与り知らぬ話である。



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