第4話


「ひっ、ひゃあ!」


草むらから次々と現れる三匹の獣を見て野盗は恐怖のままに声をだす。

獣の口から見えるのが自分たちの仲間の変わり果てた姿であることを瞬時に理解できたのだろう。

ある者は足を。ある者は腕を。ある者は臓物を銜えて現れたのだから解らない筈がない。

新鮮な血肉からは血が滴り落ち、地面に真っ赤な線を作り上げる。

唸り声をあげながら、その獣たちは自分たちの成果を離そうとはせず、貪欲にさらなる獲物を睨みつける。

そして獣たちは、血によって毛色が変わっているが全体的に黒い体毛をし、額には捻じ曲がった角がある。


「魔獣か」


ラグナとフェリーナが先ほどまでの雰囲気とは打って変わり道を塞ぐように、こちらを守るように立って魔獣の群れの前に出る。

ローブの中、腰に帯びていた鞘から剣を引き抜き、二人は構えた。

その立ち姿は野盗どもとは比べ物にもならないほど様になっていて、ただの旅人にはあり得ない技量の高さを素人目から見ても解る。


「(隠す気があるんだか無いんだか)……お二人さん、任せてもいいか?」

「これも務め。我々の後ろにいるんだ。絶対に、前に出るな」

「じゃあ頼むわ。まだ成獣じゃ無さそうだし、油断しなきゃ大丈夫だろ」


血に飢えた獣に理性の色は感じられないように見えるが、しかし【餓狼種がろうしゅ】と呼ばれる彼らは他の種より比較的多く現れる魔獣だ。

新鮮な肉や血に飢え、常に血臭が漂い、狙った獲物は何処までも追いかけるという執着心の深さ。

癒えない飢えによって、奴らは常に腹を空かせている。

加えてその脚力は俊敏で、常に数頭で狩りを行う周到深さもあり、そのため商人や旅人たちの間では賊よりも要注意であるとよく言われているという。

しかし、個々の戦力は成獣でない限り大したものではなく、それ故に単独での行動を彼らはしないのだ。

理性を失った魔獣という存在でありながら、そんなやっかいな習性だけは本能として残っていた。


「ま。お手並み拝見といきたいが……サラ」

「はい」

「こんな場所で時間は取りたくない。リーダーは任せる。頭を倒せば早く終わる」

「はっ」


そっとサラに指示をだし、雑木林の奥へとその背は消えた。

これで目の前に現れた子分の魔獣の相手をするラグナたちを悠々と観れる。

手間取るようでは先がなく、圧倒するようなら自らの推察通り脅威である。


「さぁ。戦闘開始だ」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【ラグナ】


中央の魔獣が咆哮が合図となったか、両隣の魔獣が共に動く。

今まで大事そうに銜えていた野盗の腕と足を、こちらに向けて投げつけてくる。

それは動物の動きとは思えない行動、牽制だ。


「フェリっ!」

「分かっていますっ」


右と左からやってくる攻撃を二人で剣の腹で当てていなす。

その衝撃を殺すことはせずに受け流し、その勢いのままフェリと背中合わせとなって次に備える。

牽制の後にやってくるもの……本命に備える。

鋭く尖った牙が視界全てに広がり、その突進を剣によって受けとめる。


「ぐっ! 強っ!?」

「相手は魔獣! 気を緩めないようにっ!」

「解ってる!」


飛び込んできた魔獣の勢いは吊るされた木がぶつかってきたかのよう。

同程度の衝撃が背中越しにぶつかり合い、衝撃を殺す。

そしてすぐさま魔獣の爪が振りかぶられるのを、こちらも許すつもりはない。

少し振った程度では離すつもりもない奴らに、フェリとともに左右から剣の腹を打ち合うように挟み撃ちにする。

ぶつかり合う魔獣と魔獣。

二匹の魔獣が悲鳴をあげて剣を離した瞬間を狙い、振りかぶって、斬り下ろす。


「よし! まず二匹……あれっ?」


まず最初に感じたのは、当たったはず剣の感触が何もなかったことだ。

幾ら剣が鋭利であったとしても、硬い骨の感触や柔らかい肉の感触が無いのはありえない。

それではまるで何もない場所をただ斬りつけただけのようだ。


「なにが……あっ!」



そして気づく。目の前に突然現れた穴に。



「横へ跳んでっ!」


フェリの言葉に答える暇もなく、ただ横へと跳んだ。

地面から離れた足が、今まで立っていた場所から現れた魔獣の口をギリギリの所でかわす。

フェリと分断されることになったが、何とか凌いだことに安堵する。

だが、それがいけなかった。


「っ!? ラグナ様、後ろっ!」


それは左右に分かれて飛んだために起きた当然のことだった。

後方、ゼロの前へと跳んだフェリ。そしてその逆である前方に跳んだ自分。

その前に居るのは何だったか。

振り返った瞬間、そこにあったのは鮮血に塗れて染まった沢山の牙だ。


終わった。


頭を首ごと噛み千切られ、その後噛み砕かれる想像があっという間に湧く。

その後は三対一。例えフェリであっても守りながらでは無事ではすまないと思う。

たった一度のミスであっけなく死ぬ。

それを肌で実感するということは、もう自分には次がない、ということなのだと今更解った。


「ごめん」


あとに残してしまうフェリたちに謝り、すぐあとにやってくる痛みを受け入れるように目を閉じる。

だけどそれは……横から飛んできた鋭く、冷たく、そして洗練された殺意の槍によって防がれたらしい。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



死を受け入れるように、気力を失っていたラグナを救ったのは雑木林から飛来した一本の氷槍だった。

ここら辺が潮時と判断したのだろう。サラがゆっくりと林から姿を現す。

その手には身動きしない餓狼種の成獣である小さな獣の姿があった。


「やったのか?」

「はい。発見するのに少々時間がかかりました」

「まぁ悪辣さがウリの成獣だからな。仕方がない」


子供の餓狼種よりも見た目が小さな成獣は、その外見からは想像もできないほどの悪辣さを持っている。

餓狼種は種族名通りに常に飢えている。

しかし成獣になると飢えを抑える程度の知性が芽生え、その外見を利用して村や街に侵入する。

彼らの生態について理解されていなかった頃は、村や街では子供が居なくなることが頻発していたらしい。

しかしある時、街を警備していた者が発見したのだ。子供を貪り喰らう成獣の姿を。

そんな餓狼種の生態に気づくまでに死んだ子供の数は数え切れず、またその強さは餓狼種の子供の時よりも当然強い。

こんな外見をしていても、街ひとつを滅ぼすと呼ばれる魔獣の一種なのだと誰もが知った時だった。


「それより、文字通りの横槍か?」

「手が滑ってしまいました。申し訳ございません」

「いや、丁度良かった。治療の手間がなくなった」


木に突き刺さった氷槍に、喉を貫かれた幼獣が動かなくなり、他の二匹が唸り声を上げながら威嚇し、完全にこちらを敵視しているのが見てわかる。

今まで戦っていた奴らより、ただのエサだと思っていたほうが脅威だったとでも思っているのだろうか?

理性はなくとも本能で理解するのだろうか。


「いったい、なにが……これは貴女がやったのか?」

「質問はあとだ。まだ戦闘は終わってないんだぞ? さっさとその重い腰をあげろ」


指摘すれば、フェリーナはすぐに起き上がって剣を構える。

いつの間にかフードは外れ、その中から現れたのは銀色の髪を後ろで束ねた女の顔。

その肌は白く、油断なく敵を見つめる瞳は剣のように鋭い灰色に染まっている。

ラグナという男もそうだったが、フェリーナという女もまた、見たことのない珍しい髪の色をしている。

お互いに訊きたいことは山ほどあっても、今はまだ悠長に話している場合ではない。


「指揮系統はすでに成獣討伐により破壊。魔獣といえども敵は幼獣。個々の能力は大したものではありません」

「サラの言う通り、精々敵の得意分野は穴掘り程度。だが油断はするなよ?」

「敵の手の内は解った。もう後れは取らない…………ラグナ! 立てッ!」


走り出したフェリーナはラグナに声をかけながら魔獣へと迫る。

ギラリと光る白刃は地中に潜った餓狼種には届かず、ただ宙を切るだけにとどまる。

だが魔獣の傍にいたラグナと合流することはできていた。


「サラ。どう見る?」

「……そうですね。現在の評価としては【よく訓練された素人】というべきでしょうか。剣筋は悪くありませんが、しかし相手の意表を突く術を知らないようです」

「ああ。それに隙も多い。二人のコンビネーションは良いのに、一人になった瞬間の対応は最悪。ラグナに至っては死ぬ寸前だった」

「酷いものです。それとも、あれさえ演技でしょうか?」

「命懸けの演技をする理由がない思うがなぁ」

「では、個人の技量では敵わない相手と戦っていたのでは?」

「…………それでも最低限の技量が低すぎる。と、思うが」


戦士だか騎士だか知らないが、どんな訓練をしているのだろうか。

まさか素振りのみとは言わないだろう。

ラグナとフェリーナの戦いを観ていると、魔獣が地中から現れてはフェリーナが囮になり、ラグナが斬りかかっていくスタイル。

ラグナの攻撃は致命傷とはいかず、多少の手傷を負わせる程度で、ジワジワと追いつめてはいるが決め手には届かない。

常に地中を動いて姿が見えない相手に、剣一本で相手をしなければならないということは、こんなにも面倒臭いものなのか。

見ていることさえ億劫になり始めたため、手を出すことに決めた。


「もういい。時間が無駄だ」


ランタンを地面に置き、杖を構える。

自分の身長と同じ木製の杖は特殊な樹から削り出し、蛇に似た生物を模して整形されている。

そして杖には、生物の目に位置する箇所に黒い宝石が埋め込まれ、持ち手以外の場所には奇怪な文字が模様のように刻まれている。


「『燃やせ』」


声に反応し、杖は呼応する。

杖に刻まれた文字の幾つかが光り、狙った場所にその現象をおこす。

地中から飛び出てきた魔獣が、その直後に燃えていく。

苦しむ余地もなく、地上に落ちる前に骨も残さず灰となって消えていく。


「まず一体。あとは……『貫け』」


地面に杖の先端を押しつけて命令すると、先程とは違う文字が輝き、その現象をおこす。

杖を中心に地面が波のようにうねり、地中に潜伏していた魔獣を空中に放り出した。

そして、地面から幾つも鋭く隆起した土が魔獣を串刺しにしてしまう。

もがき苦しんだ魔獣がこと切れるのを待ってから隆起した地面を元に戻す。


「終わったな。まったく、時間をかけすぎだ」


無力なフリをしながら、様子見に済ます予定だったが思いのほか時間を取られて手を出してしまった。

これが相手の策略なら完全にあっちの手玉に取られたということになる。

先手を打たれたのはどちらなのかと確認するため、ラグナたちの顔を見るが、そこにあったのは驚愕だった。


「お前は……聖術師せいじゅつし、なのか?」


どうやら、ここで別れるわけにはいかなくなったのかもしれない。


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